バレー部の練習を覗きに行って澤村君くんと鉢合わせてからちょっと経ったある日。昼休みに菅原くんに声をかけられて振り返ると、そのままちょっとこっち来てと手を取られて廊下を走ることになってしまった。

 私の足を考えて走ってくれているのは分かるけど、何があったんだろう。ちょっと人目を引いているから早く到着して欲しいと思いながらそのまま着いて行った先は中庭だった。

「名字。お前、今度のダンス部の発表のこと大地に話してなかったのか?」
「え」

 当然話なんてしていない。話しかけられないんだから教えることも出来ないのに、どうして菅原くんはそんなことを、しかもちょっと経ってから言ったんだろう。

 それがよく分からなくて首を傾げたら、菅原くんは額に手をあててあちゃーと呟くと苦笑いをしてため息をついた。何だかよく分からないけど、呆れられているのかな……?

「あのなあ、もういい加減話しかけないと駄目だって」
「で、でも……」
「でもじゃない!」
「!!」

 ちょっと意地悪だけど何時もは穏やかな菅原くんが大きな声を出したからびっくりした。確かに菅原君が言っている事は何も間違っていないし、私もそうするべきだと思ってる。でも……できない。

 きっとこの気持ちは誰にも分からない。好きだから、本当に好きだから近くに行きたくても行けないしいたくてもいられないの。息が出来なくなりそうだし声なんて絶対震えてまともにお話なんてできるはずがない。

「名字は知ってるか分からないけど、大地は結構モテるんだよ。面倒見良いし女子から見たら頼りがいあるし!」

 それは、よく知ってる。

「運動部だけどその、何て言うか清潔感? もあるし」

 うん、分かるよ。

「だからさ、もういい加減話かけてちょっとでも仲良くなっておかないと――」

 誰かに取られちゃうと思うんだけど。

「……っ」
「あっ」

 分かってる、そんなの分かってる。澤村くんは素敵な人だしとても格好良い。頼りがいもあって、部活でもクラスでも皆の中心にいる。そんなの分かってる。

 だけど、私が意気地なしで臆病でどうしようもなく自信がないから。声をかけて失礼にならないなんて言えないから。

「っ私が、私が悪いの。私が駄目だから、お話なんて、できない……!」
「あ……ご、ごめん! 泣かせるつもりじゃなかったんだ……」

 自分が情けなくて菅原くんの前で泣いてしまった。止めようと思うと余計に涙は溢れてきて、さっきまでちょっと怖かった菅原くんは何時も通りになっていて心の何処かで少し安心した。このままじゃ教室にも帰れないしどうしようと思っていたら、頭の上に菅原くんの手が乗った。

「ごめん。ちょっと強く言い過ぎた」
「う、ううん……菅原くんは悪くない……」
「いや、俺が悪いから。取り敢えずさ、ちょっと落ち着いて……あ、ほら深呼吸!」



 今日はツイてない。昼休みに名字が何か興味深そうに本を読んでいた所を少し見ていた時にスガに声をかけられたと思ったら、名前も知らない女子に呼び出された。……まあ所謂告白というやつだった。

 名字しか見ていない俺にはもう答えが出ていて、それを告げた帰り道にふと中庭に目が止まった。

「あれは……名字とスガ?」

 あんな所で何を話してるんだ?

 少し目を凝らして見ても此処の窓じゃよく見えない。少し先を歩いて別の窓に移動した俺が改めて二人を見下ろした時、思わず目を見開いた。

 名字が泣いていた。それにスガが名字の頭を撫でて、背中を擦っている。

「……」

 理由は分からない。俺が目を離した間に何かがあって名字が泣いて、それを慰める為にスガが頭を撫でて背中を擦ってやっている。それは直ぐに予想がついた。でも何でスガなんだと理不尽な嫉妬が俺の胸の中に渦巻いて思わず両手を強く握り締めた。

「くそ……っ」

 俺には話しかけてこない癖に、俺のことは避けるのに――スガには頼るのか。

 こんなに俺の目を惹き付けておいて、俺を夢中にさせておいて。

「何で、俺がこんな想いしないといけないんだ……!」

 周りに人がいないことが幸いだった。でも俺の苛々は収まりそうにない。名字が悪いわけじゃない。でも俺はそれが凄く気に入らない。

「……どういう関係なんだ」

 今までスガに聞かないでいた名字との関係。今更ながら聞いておけば良かったと後悔した。こんなことがあった後だと増々聞きにくくなる。

 暇があれば名字に声をかけて話をして、早朝練習に名字が窓から偶に顔を覗かせていることや掲示板にも貼られていないダンスの発表のことを知っている。それに今はああして名字を慰めて、小さな体に触れている。

 俺が触れたのは、あれ以来――あの小さな手を握ったほんの僅かな時間だけだったっていうのに。

「こんなに臆病だったのか、俺は」

 本気だから、怖くなる。

 そんなの自分でもとっくに分かっている。怖がられている気がして、知らない内に名字に何かをしたのかと思って話しかけられずに此処まで来てしまった。そんな間にスガはああして名字と一緒にいる。悔しくて仕方がない。

「名字……」

 この行き場のない想いを抱えた俺を知らないお前は、今の俺の顔を見たら驚くんだろうな。

  

prev next