1.送り犬
最近、誰かにつけられてる気がするの。学校帰りに、友達と別れてから家までの道を。振り向いても、誰も居ないんだけど、私が歩き出すと後ろから足音がするの。気の所為…じゃないと思う。走っても走っても追いかけてきて、でも後ろを振り向くとやっぱり何も居ないの。
顔色を悪くした津美紀が、俯きながらそう言った。そっと手を伸ばし、津美紀の頭に触れる。びくり、と津美紀は身体を揺らしたが、しっかりと俺の顔を確認すると強張っていた身体の力を抜いた。くしゃり、頭を撫でる。薄っすらと目の下に隈ができていた。不安で寝れないのだろう。目を細めて、その隈を睨む。
「わかった、なんとかする」
「ありがとう恵。…今日、帰ってこれない?」
「留守番任されてるけど…そういうことならあの人に連絡取って、帰れるようにする」
「ごめんね…」
「いい。一緒に帰るからちょっと待ってろ」
立ち上がり、部屋を出る。
あの人と連絡を取る時は少々特殊で、この家にある黒電話から電話を掛けないとあの人と連絡がつかない。前もってそのことは聞いていたのだが、そのことを疑ってスマホから預かった電話番号に連絡しても「この番号は現在■ガ■■ァ■■ギ■■■■ィ■■ヴァああア」繋がらなかった。変なノイズが入ったのは気にしないことにしている。勿論この家の黒電話から掛ければ問題なくあの人と連絡が取れる。緊急事態のときはどうするんだと聞けば「烏にでも頼めばいいさ」とのほほんと言われた。その時、偶然にも俺の側に居た烏はなんとなく迷惑そうな雰囲気を醸し出していた。
玄関近くの廊下にある漆塗りの階段箪笥、その3段目に黒電話が設置されている。電話の番号は覚えている。ジーッジーッと音を立ててダイヤルを回す。耳に受話器を当てれば、2秒くらいで『はい』と受話器の向こう側から声が聞こえた。
「伏黒です。今大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫だよ。どうしたの?』
「姉の津美紀が、よくない奴につかれてるみたいで。留守を任されてるのに、申し訳ないんですが」
『ああ、うん良いよ。お姉さんとお帰り。ちなみに手は必要かい?』
「要らないです。というか始末していいですか?」
『[[rb:どちら > ・・・]]にしても、君の好きにすると良い』
「ありがとうございます。多分明日には片付くんで、そしたら戻ります」
『ああ、それなんだけどね。こちらの仕事が思ったより早く終わってね、明日には帰れそうなんだ。もう留守を任せなくても大丈夫だし、そのまま家に帰って大丈夫だよ』
予定をきっちり組むあの人が、前倒しで帰ってくるなんて珍しい。俺の心情を察したのか、電話の向こうでくすくすと笑い『いやね、美々子と菜々子が明日新発売のスタバが飲みたいから早く帰ろうって言うんだ』と言う。とんでもなくくだらない話だった。『ちょっと恵ィ!今アンタ絶対くだらないって思ったでしょ!』電話の向こう、遠くの方で女の声が聞こえた。相変わらず煩いやつ。『こらこら菜々子』どうやらあの人から電話を奪い取ったらしい菜々子が声を荒げる。うるさ、受話器を少し耳から離す。
『今回のは本当に美味しそうなんだって!絶対に発売日に飲みたいの!』
「いつも言ってる」
『いつも言ってる』
『美々子だっていつも美味しいって一緒に言ってんじゃん!』
『いつも美味しい』
「よくあんな甘いもん飽きずに飲めるなお前ら」
『アンタはいつも珈琲ばっか!カッコつけてんじゃないわよ!』
『やーいカッコつけー』
「つけてねぇよ」
『美々子菜々子、そこらへんにして。仕事片付けないと明日中に戻れなくなるよ』
『うっ、はーい!じゃあまたね恵!』
『またねー』
「…相変わらず元気いいっすね」
『はは、二人の明るさに救われてるよ。まぁ、そういうわけだから』
「はいわかりました、夏油さん」
ぶつん、夏油さんとの電話は切れた。受話器を戻す。許可はもらったし、問題なく家に帰れるな。…そもそも俺が夏油さんの家で留守番をする意味は有ったのだろうか?盗まれて困るものは多いが、普通の人間が安々と入れる場所でも無いだろうに。同業者でも警戒してんのか?疑問は尽きないがまぁ良い。
あ、家に帰る前に庭の池にきゅうりを供えて、油揚げも用意しなきゃな。と思い台所へ向かう。
「…あ、成程。アイツらの世話係か俺」
と、納得した。
台所に向かう途中、津美紀の居る部屋に顔を出し「夏油さんの許可もらった。ちょっと帰る前にやることあるからもうちょっと」「あ、ご飯あげるの?私もあげたい」そわそわとした感じで津美紀が立ち上がる。お前も好きだよな。一緒に台所へ向かう。
冷蔵庫を開けてタッパーに入った含め煮を渡す。「もう出来上がってる」「朝の内に仕込んどいたからな」蓋を開けると良い感じのきつね色の油揚げ。きゅうり、2本もあればいいか?やりすぎは良くないだろ多分。あとの奴らは適当に生肉でもあげておけば良いと言われている。冷蔵庫にある肉の塊を取る。牛じゃなくて豚な辺り、安く済ませようとしてるなと察する。適当に包丁でぶつ切り、そんでもって適当に更に乗せて庭へ向かう。
夏油さんの家の庭は立派だ。庭だけじゃなく家もであるが。大きな池には大きな亀やら錦鯉やら[[rb:河童 > ・・]]やらが居る。鯉には普通に鯉の餌を。亀も鯉の餌を食べるので良し。きゅうりを乗せた皿は適当に池の淵の近くに置いておく。
ぱしゃん
鯉が水面を叩く。目を向けてドキリとする。いつになってもこれは慣れない。ぱしゃんぱしゃんと水しぶきを上げる鯉の[[rb:背中の顔 > ・・・・]]と目が合う。所謂人面魚というやつ。しかもここのヤツは表情が変わる。今は少し怒った表情。早く餌寄越せってか。適当に餌を巻けばバシャバシャと鯉たちが餌に食らいつく。
ふと、気づくと池の淵に置いた皿の上のきゅうりが無くなっていた。
「めぐみー!竹筒どこー?」
生肉を乗せた皿を適当に庭の真ん中へ置く。遠くから聞こえる津美紀の声に「…どこ、やったっけ」と考える。暇だったから家の掃除をして…竹筒…。ああ、思い出した。
「そこの隣の部屋の机に置いてある!」
「わかったー!」
パサッ、烏が俺の肩に乗る。お前は何を食うんだ、と烏の頭を指で撫でる。大人しく撫でられる烏は、まぁ可愛いと思う。足が三本じゃなければ。本当は気安く触れるもんじゃねえんだよな。割と気に入られてるらしいそれは、俺に撫でられてご満悦な様子。
さて、津美紀んとこ行くか。と家の方に身体を向けると、背後からずるりずるりと重い何かが地を這う音がした。うわ、思わず肩に居た烏を腕の中に隠す。
「これはお前の食いモンじゃねぇぞ。肉ならあっちだ」
ずるり、ずるり。背後から音が近づく。ここに居るヤツらは人間は食わないって夏油さんからは聞いてるけど、それにしたって。しゅるり、細い舌が、おれの 頬を 舐、て。ずるり、俺の身体に覆いかぶさる、俺より数倍デカイ影。普通に俺なんかは丸呑みされそうな、おおきなおおきな影。振り向いて、目を合わせようものなら絶対に食われるだろこれ。目線を下に落とす。ずるり、大きく太い立派な鱗を持った白い胴が、足元を這う。なんか、巻き付かれそうな雰囲気なんだが。走って逃げるか、逃げられるのか?そう考えた時「ガァ!!」腕の中の烏が啼いた。「ガァ!!ガーッ!」バサバサと翼を動かす烏に「バッ、暴れるな!」と叱咤するが、そのままするりと腕から逃れる。そしてそのまま俺の背後――[[rb:大蛇 > だいじゃ]]が居るだろう方へ飛んでいく。
蛇って鳥普通に食うだろ!?ばっと振り向くと、烏は大蛇の頭に止まっていた。「ガァ!ガーッ!!」鋭いくちばしで何度も蛇の頭を突く。おい馬鹿食われるぞ!?はらはらしながら見守ると、大蛇は頭を垂れた。そしてそのまま、ずるりずるりと俺から離れていった。…やっぱアイツらって互いに会話出来てるんだろうか。
ひらり、烏が俺の方へと戻ってくる。「ありがとな」と言えば「カァ!」と一啼きした。
ハァ…重い息を吐く。
「…同じ白蛇でも、俺の[[rb:大蛇 > オロチ]]のほうがずっと可愛げある…」
ぼそり、言葉を落とした。やっぱり自分の式神に愛着は湧くし可愛いものだ。
どっと疲れた身体を引き摺るように家の方へ向かう。
家に近づくと「ふふ、やっぱり可愛い」と津美紀の声が聞こえる。部屋を覗き込めば津美紀と、細長い狐が戯れていた。一瞬蛇に見えて心臓が凍る。落ち着け自分。ふぅ、と息を吐くと俺に気づいた津美紀が顔を上げる。
「あ、恵終わった?」
「ああ」
「少し時間掛かったね。私も庭の方の手伝い」
「しなくていい」
「…でも二人でやったほうが早く」
「マジで心臓が持たないから津美紀は管狐だけに餌やっててくれ…頼む」
「う、うん。わかった」
津美紀になにかあったら俺の心臓が持たない、本当に。
「今日はもうさよならだね」と言う津美紀に、管狐が不満そうに津美紀の腕に巻き付く。流石に夏油さんの持ち物だから連れて帰れない。…今度夏油さんに譲ってもらえないか聞いてみるか。
机の上に置いてあった竹筒を手に取る。
「ほら管狐、戻れ」
「……」
「…津美紀」
「ごめんね管狐、またすぐ来るから今日は戻って?」
管狐はめちゃくちゃ不満そうにしながら、最終的には大人しく竹筒の中に入っていった。
これで全部終わったな。
「帰るか」
「うん」
立ち上がり、二人で玄関へ向かう。途中の廊下でコロコロと金平糖が転がっていた。「…流石に、落ちてるヤツは食えねぇから」とぼやき歩みを進めると、玄関に瓶に入った金平糖がそのまま置かれていた。
「津美紀、土産だって」
「私に?えっと…ありがとう!」
津美紀のお礼に喜んだ連中が気分を良くする。バラバラバラ!何処からともなく沢山の金平糖が雨のように降り床に転がる。タタタタタ、と天井裏から足音が響く。ここの小さい連中は本当に津美紀の事好きだよな。しかし廊下の惨状がよろしくない。廊下に散らばる金平糖。
「おいお前ら、俺らはもう帰るから片付けねぇぞ。夏油さんに怒られたくなかったら大人しく掃除するんだな」
ぴたり、響いていた足音は止まり金平糖の雨も止む。
「今度こそ帰るぞ」
「うん、金平糖ありがとうね。大事に食べる!」
「ばいばーい」
「またきてねぇ」
「■■■■■■!」
玄関から外に出る。引き戸の玄関を閉めれば、鍵すら付いていない扉は何かに固定されたように動かなくなる。
津美紀に「ん」と手を差し出す。少し恥ずかしそうに俺の手を取る。俺まで恥ずかしくなってくるからやめろ。そうやって二人で手をつなぎ、歩き出す。
玄関を出てすぐにある鳥居を潜る。
さっきまで青空が広がっていた夏油さんの家の景色とは一変して、暗闇の道と鳥居が続く。ぎゅっと、津美紀の手に力が籠もる。津美紀の場合、俺と違って迷ったら自力では戻れなくなる。「離すなよ」「…うん」余計にひっつかれた。
「かわいいかわいいお嬢さん、此方へいらっしゃい。とてもきれいな簪があるの」
「…おいしそうな、ヒトのにおい」
「オトモダチに、なろう?」
「ほしぃ、ほしいなァ」
「やめておけ、隣の男は呪術師だ」
「夏油の所の」
「あの調子に乗っている半、」
魑魅魍魎が煩い。腕にしがみつく津美紀。少し震えている。
両手を、合わせる。
「うるせぇ、お前ら玉犬の餌にして」
「カァ!」
…、カァ?恐る恐る自分の肩に目を向ける。烏が当たり前のように乗っかっていた。喧しかった小物は烏の一啼きで何処かへ逃げていった。それは良い。が、良くない。
「津美紀、いつから俺の肩に八咫烏乗っかってた?」
「…もうずっと乗っかってたよ?管狐と居た時から」
「マジかお前、ずっと肩に居たのか」
「もうすっかり定位置だねぇ八咫烏」
カァ!とまた一啼き。いや、お前は夏油さんの家の八咫烏だろ。帰れ、助かったけど帰れ!勝手に連れてきても、いや勝手に付いてきたんだが、夏油さんは特に怒りもしないだろう。でも、八咫烏だぞ?そこら辺に居る妖怪とはわけが違う。
「頼む、帰ってくれ」
「カァ」
「私達が家に着くまで、付いてきてくれるの?」
「ッ津美紀!」
「カァ!!」
「だって!」
「だって、じゃねぇよ…」.
呪術師だけど呪術師じゃない恵の話。
ホラーチックにしたかった。夏ですし。怖くないけど。
妖怪ものだいすきなんです本当に。
送り犬
夜中に山道を歩いていると後ろから付いてくる。送り犬の前で転ぶとたちまち食い殺される。
作中では恵の使役している妖怪。津美紀の護衛役として変質者の処理をした。
玉犬と仲が良くサンコイチの場面が良く見られる。
[[rb:八咫烏 > やたがらす]]
夏油の家に居る三本足の烏。太陽の化身。導きの神。
恵を気に入っていて、しょっちゅう恵の肩に止まる。
[[rb:白蛇 > はくじゃ]]
夏油の家に居る巨大な白い蛇。水神。
ミミナナと白蛇は仲が良いので、同じくらいの年の人間がいるなー仲良くなりたいなーと思って恵に近づいた。が、意図は伝わらなかった。八咫烏に「脅かすな!」と怒られる。
[[rb:管狐 > くだぎつね]]
竹筒に入るほどの細長く小さい狐の妖怪。
夏油の所持妖怪だが、津美紀に良く懐いている。津美紀も管狐がお気に入り。
人に取り憑き悪さをするものだが、この管狐は式神寄り。
河童
夏油の家の池に住む。いつの間にか勝手に住み着いていた。
照れ屋で滅多に姿は見れない。
人面魚
頭部が人の顔に見えるのではなく、背中に人の顔がある錦鯉。
錦鯉の気分によって表情が変わる。めちゃくちゃ恵に気味悪がられている。
亀
池の主
家
夏油の家。現世と幽世の間にある(幽世寄り)
家に許可されている者のみが辿り着ける。
なんか妖怪やら神やらがうようよ居る。
鈴
津美紀が持っている鈴。夏油から貰った。
[[rb:呪 > まじな]]い付き。霊力呪力が無いので、夏油の『家』の通行証の役割も果たしている。
妖怪
呪霊とは全く異なるもの。大昔から存在する魑魅魍魎。
知能が高ければ思考もするし会話も可能。霊力の無い人間にも見える妖怪も存在する。
呪霊と混同されては「あんな人間から生まれた呪と一緒にするな!」と憤っている。
呪霊が見えるから妖怪も見える、というわけではない模様。
[[rb:穢 > けがれ]]
妖怪達の言うところの呪霊
ある程度なら平気だが、穢に飲まれると『堕ちる』ので妖怪たちのほとんどは穢を嫌う。
伏黒恵
呪力、霊力持ちの人間。式神使いの呪術師。
ここで言う呪術師は呪霊を祓うそれではなく、[[rb:妖怪> あやかし]]や神に纏る神道や陰陽道に通ずる者を指す。
昔から妖怪が見えていた。両親が帰ってこなくなったタイミングで夏油と出会い、それ以降夏油にお世話になっている。
夏油の助言により引っ越しをした。その直後に五条悟が恵を引き取りに来たが既に蛻の殻。「えっ」となる五条。影から爆笑する夏油。何も知らずのんびり津美紀と暮らす恵。平和である。
妖怪或いは神に好かれる体質。
伏黒津美紀
呪力、霊力無しの人間。恵の義理姉。
夏油の貰った鈴で日常生活でも妖怪や呪霊が見えるようになった。
夏油の家に居る管狐がお気に入り。管狐と相思相愛なので多分もうちょっとしたら夏油が管狐くれる。
夏油傑
呪力、霊力持ちの二重の意味の呪術師。
幼少期から妖怪と一緒に居た。妖怪達から『穢』について聞き、ついでに呪霊を祓う方の呪術師の噂も聞き呪霊を祓う呪術師に興味を持つ。結局、御上サマの腐った思想に呆れ、そして任務先で出会ったミミナナに対する非術師の行いにも呆れ「人間は愚か者ばかりだな」と現世から姿を消す。術師、非術師関係なく腐った人間は嫌い。お気に入りには優しく接する。五条とは悪ノリできる友達。結局ばいばいはするけど。
気まぐれにふらりと現世に姿を現す。
美々子・菜々子
呪力・霊力持ち。夏油に拾われた。
村人達に山神の捧げもの(という体)として森の奥深くに捨てられたが、山神が「村へお帰り(人間なぞ要らぬわ)」と追い返したため、村人に檻に入れられる。酷い仕打ちを受けているところ、夏油に発見され保護される。
夏油家、なんか変なのがいっぱいいる。と最初は怯えていたが、慣れてくると一緒に遊ぶようになる。
■■村
夏油の告げ口により山神の祟りを受けて全滅した。
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