『デートをしてくれないだろうか?』
そう言われたのはつい先日の事。
いつも世界の平和の為に動く彼に、たまには自分の為に我儘に動いてみてはどうかと提案したところ、そんなお言葉が返ってきた。
いや、厳密には他にも色々あったけど。
一つ我儘を言っても良いだろうかと問われ、何個でもどうぞと言った手前断れなかった事柄たち。
本日はその内の一つであったデートを決行する事になり、只今リーダーの育てている温室の花々を眺めながらお茶を頂いていたりする。
と言うのも、普段から外に出たがらない私の為に、お家デートならぬ職場(にある温室)デートを申し出てくれたのだ。
彼のこういう心配りには頭の下がる思いだが、これで良いのかと思わずにはいられない。何と言ってもこれはリーダーのストレス解消が目的なのだ。彼の淹れてくれたお茶を片手に、至れり尽くせりなこの状況を満喫していたのでは意味が無い。
現に目の前にある表情は硬く、とてもリラックスしているようには見えなかった。
「あの、リーダー?」
「何だね?」
「いえ……その、楽しいですか?」
「む、す、すまない。はしゃぎ過ぎぬよう注意されていたので、少し緊張していたようだ」
そう言って焦るリーダーに固まる事、数瞬。
もっと大仰そうなお茶会にも参加しているであろう彼が緊張するとは。
と言うかリーダーがはしゃぐ様子って想像出来ないのだけれど……。
「気を張っていただけで、楽しくない訳では決してないのだ」
「そうですか?」
「あぁ、こうしてクレアと居れて嬉しく思う」
「……………」
穏やかな笑み付きでの直球に、対応に困った私は視線をそらしながら顔を隠すようにカップを傾けた。
まぁ、彼なりに楽しんでくれているのであれば、何も言う事はない。
「リーダーが楽しいのであれば、良いんです」
「…………」
しかし楽しいと言ったのにも関わらず、カップからチラリと視線を上げ見たのは、眉間に皺を寄せる彼の姿だった。
「……リーダー?」
「………………」
「どうかしました?」
「うむ……いや、その」
「?」
言い淀む彼に首を傾げる。
するとリーダーは意を決したかのようにこちらを直視し、思い詰めた表情のまま口を開いた。
「名を……」
「?」
「名を呼んでは貰えないだろうか?」
「はい?」
「クレアに名を呼んでほしい」
「いや、聞こえなかった訳じゃないんですけど」
思いもよらない事を言われ反射的に聞き返してしまっただけで。
ちゃんと聞こえたし、意味も理解できている───けれど。
「えーと、リーダー呼びだと何か不都合が?」
「不都合、ではないが……」
言ってきまり悪げに視線をそらすリーダー。
そりゃあそうだろう。ザップさんやギルベルトさんもリーダーの事は旦那や坊ちゃまと呼んでたりするし……。
まぁ、ギルベルトさんとは主従の関係だから、私達と一緒にするのもなんだけど。
けれどその他の構成員達も、私と同じくリーダーやボス等と呼んでいたりするし、都合も何も今更の話である。
「呼び方なんて誰か分かれば良いと思いますけどねぇ」
「……だが、それでは名付けてくれた者の意思を蔑ろにしているのでは?」
「そう言われると……まぁ」
そんな気もしないでもないが。
私自身、普段から医務室の引きこもりや幽霊等と呼ばれ慣れているので、別段呼び名に執着がなかったりする。
でもまぁ……今更とか、呼び慣れているからとか、それは私の言い分であって、リーダー呼びがお気に召さないと言うのであれば、それを貫くほどの理由もない。
名前で呼んでほしいというのであれば、付き合うくらいお安い御用だ。
そう思って口を開こうとしたら───
「それに折角のデートなのだ。クレアに名を呼んで欲しいと思うのは可笑しな事だろうか?」
「…………」
さらりと言ってのけた彼に面映い気持ちになり、自然とカップを手にうつ向いてしまった。
どうしてこの人は恥ずかしげもなくそんな事が言えるかな。
せっかく素直に名前を呼べそうだったのに、何となく気まずくなって逡巡してしまう。
「クレア?」
「………………」
急に黙った私を不思議に思ったのか、心配そうに名を呼ばれた。
視線を上げれば、彼の顔には「どうしたのだ?」とはっきり書いてある。
その優れた頭脳を以ってして、微妙な女心を少しでも理解して頂けないものだろうか。
そこまで考え、無理か……と結論付ける。
だってリーダーだし。
女心を熟知したリーダなんてリーダーじゃない。
とは言え、さっきからあたふたさせられてばかりだった私は、何とかこの人に意趣返し出来ないものだろうかと考えを巡らせる。
と、そこでふと思いついたままを口に出してみた。
「何だったらくーちゃんって呼びますか?」
冗談交じりにニヤリと笑いながら言えば、リーダーは一瞬瞠目し、そして次の瞬間。
顔がぱあぁっと明るくなった。
「って、ちょ……」
この反応は……。
「冗談ですからねっ!?」
「クレアにそう呼んでほしい」
「いや、だからっ」
「クレアは我儘になるべきだと勧めてくれた」
「いや、言いましたけど物には限度があるでしょうが!」
何の罰ゲームだ!?
「そんなに呼びたくないのかね?」
「呼びたい呼びたくないで言えば圧倒的に呼びたくないですよ! 第一、威厳も何もあったもんじゃないですか!」
「しかし、提案したのはクレアだ」
「あーあー分かりました。クラウスさん。これからはクラウスさんと呼ばせていただきます! これで良いでしょう? 可決! 決定! 審議不可! 異議は認めませんっ!」
「…………」
「……そんなしょんぼりしてみせてもダメです」
「…………」
「だ、ダメですからねっ!」
危うく要求を飲んでしまいそうになる自分自身に言い聞かせるように、NOをはっきり突きつける。
すると───。
「ふむ、ならば今はそれで良しとしよう」
以外にもリーダー……クラウスさんはすんなりと頷いてくれた。
その言葉にホッと胸を撫でおろすも『ある部分』が引っ掛かり、恐る恐る顔を上げる。
「……今、は?」
「いつかクレアだけの呼び方をしてくれたら嬉しい」
「…………」
真剣な面持ちで告げられたそれに言葉を失う。
その意味を深く考えたら負けだ。
私は冗談でも言って良い事と悪い事があるのだと、つくづく思い知らされたのだった。
真顔で言うから困った奴だ
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