「私、地縛霊なの」

 僕の何気ない質問に彼女は、何でもない事のように、そう事もなげに言ってのけた。





「クレアさんが医務室から出た所って見た事ないんすけど、皆と食べに行ったりとかしないんすか?」

 事の始まりはそんな僕の、本当に何気ない疑問だった。
 ここに来てからというもの、ほぼ毎日の様にクレアさんにお世話になっているのだが、顔を合わせるのは必ずここ医務室。それ以外の場所で彼女を見かけた事は皆無だった。
 しかし、である。いくら医務室勤務とは言え、そんな事がありえるのだろうか? 生きている以上食事だってするし、生理現象だってあるだろう。
 そう思って聞いてみれば、彼女はキョトンとした後、首を傾げた。

「あれ、言ってなかったっけ?」
「え?」
「私、ここから出れないの」
「……は?」

 それはどういう事なのか。理解出来ない僕に、彼女は冒頭の言葉を口にしたのだ。





「いやー、流石『神々の義眼』の持ち主だよねぇ。こんなにハッキリと認識してくれるんだもん。嬉しい限りだよ」

 って、いやいやいやっ!
 にっこり楽しそうに笑うクレアさんに対し、僕の背筋に嫌な汗がダラダラと流れていく。
 あれか? 皆には見えていないのか? 幽霊だから? だから食事もしなくて良いし、トイレにも行かなくて良いのか? いやでもソニックにも見えてたし……。

「動物は鋭いからねぇ」
「…………」
 
 ぐるぐると回る思考に、眩暈を覚えて額に手をやる。
 今まで生きてると思っていた人が、実は幽霊だったとか……。

「何でも起こるにしたって限度があるだろ、ヘルサレムズ・ロットっ!」

 思わず飛び出たのは、そんな言葉だった。決して他意があった訳じゃない。けれど彼女にはそう聞こえなかったのだろう。

「あー、そうだね。君がお人好しな事を考慮すべきだったよ」
「いやっ、クレアさんを責めている訳じゃっ……」

 申し訳なさそうに、困ったように笑う彼女に慌てて否定の言葉を口にする。
 どうして地縛霊になってしまったのか、この世にどんな未練を残したのか。聞きたい事は次々溢れてくるけど、それはクレアさんにとって面白い話では無いことくらい僕にだって分かる。
 けれどクレアさんは自身を責めた。

「いや、これは私の過失だよ。まさか本気にするとは思わなかったから、ごめんね」
「いえ、クレアさんが謝る事ないっす! 僕も全然気づかなくて、だからそんな事はっ……て、ん?」

 あれ? 今何か聞き捨てならない言葉があったような……?
 そう思ってクレアさんを見ると、彼女はこくんと一つ頷き、僕の手を掴むと事もあろうに自身の胸へと押し当てた。

「な、なななななっ!? 何してんすか、クレアさんっ!?」
「落ち着いて、ゆっくり深呼吸して」
「こ、この状況で落ち着いてなんかいられませんよっ!」
「いいから深呼吸」

 慌てふためく俺をじっと見つめ、凛と言い放つクレアさん。その有無を言わせぬ瞳にたじろぎ、言われるままに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 何度かそうする事で段々落ち着きを取り戻す。

「落ち着いた?」
「えぇ、まぁ……」

 まだ心臓はドキドキしてるけど。
 対してクレアさんの心臓はとくん、とくん、と規則正しく穏やかに動いている。
 …………え、動いて? それに温かいし……って言うか触れてますよね俺たち。

「私は生きた人間だよ、レオナルド君」
「…………」

 その俺の思考を読んだかのような言葉に、ぴしりと音がしそうな勢いで固まった。
 『生きた人間』。そのフレーズにホッとしたような、振り回されて情けないような思いに(さいな)まれる。
 そんな俺の心情を知ってか知らずか、手を放したクレアさんは首を傾げながら呟いた。

「何度も治療で触れてるんだけどな?」
「…………ですよねー」





医務室の引きこもり
 解放された手に残る温もりが、彼女の存在を確かに証明していた。

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