「頼むよ」
目の前に立った伊達男に押し付けられた、有無を言わさぬ笑みと大小様々な箱。
「手筈はさっき説明した通り。なに、今回は様子見だ。危険も少ないだろうし、中に入ってしまえばあとは好きにしてくれて構わない」
「……はぁ」
「とは言え、あまり羽目は外さないように」
念を押すようにそれだけ言うと、彼は颯爽と医務室から出て行った。
私と高価なドレス達を残して。
それがお昼過ぎの事。
鏡の前に座り、仕上げられていく様を見ながら溜息を吐く。
「……行かなきゃダメですよねぇ」
「たまには外の空気を吸ってみても良いんじゃない?」
行きたくないオーラ全開で呟けば、髪を結ってくれながらK・Kさんが困ったように笑った。それに続き化粧を施してくれているチェインさんが疑問を投げかけてくる。
「いつから出てないんですか?」
「んー? 大崩落の後からだから2、3年?」
「………………不便じゃないですか?」
「全然! むしろ快適だよー。基本危ない目には合わないし、食料とか生活必需品はギルベルトさんが揃えてくれるし」
たまに新作のお菓子なんかも買ってきてくれるし。
「そうは言ってもねぇ、やっぱり少しくらい外に出ないと体に悪いわよ」
「肌も真っ白……というか青白いですしね」
「羨ましいを通り越して、ちょっと病的よ?」
「うぅ、それに関しては返す言葉もございません」
確かに。ただでさえ年中霧に覆われているのに、外に出ないもんだから日焼けの機会も無くて、お化けと間違われる程の青白さだったりする。
「今回の事だって、アイツなりに心配しての事なんじゃない?」
「………………」
「私もそう思います」
「だとしても引きこもりに突然パーティーに出ろって難易度高すぎますよぉ」
両手で顔を覆い、泣き言を漏らす。
副官曰く、出席するには男女一組が条件の格式高いパーティーで、闇取引が行われている可能性がある。君にはその数合わせの為に参加してもらいたい、との事だったが……。
「クレアっちなら大丈夫よ」
「そうですよ、それにそのドレスとっても似合ってます」
顔を上げれば、ぐっ、と親指を立てるチェインさんが居た。
「ほんと、こういうのだけは外さないわよね……アイツ」
複雑そうな表情を浮かべながら呟くK・Kさん。お世辞だったとしても2人がこう言ってくれているのだから、変ではないのだろうが……。
何が一番嫌だって、彼に渡されたドレスが私にピッタリだった事だ。
なんでサイズを知ってるんですか、スティーブンさんっ!
とは言え、ここで私が嫌だとゴネて聞いてくれるような男でもなければ、ボイコットを許すような男でもない。
「まぁ、そんなに難しく考えないでさ。ちょっとした息抜きだと思いなさいな」
「……はい」
そうしてK・Kさんに促されるまま、私は数合わせのパーティーへと繰り出す事になったのだが───。
「……帰りたい」
ついて早々に、私は後悔する事となった。
慣れない衣装に、慣れない空気。知り合いは全て『潜入捜査』という、何とも手持ち無沙汰な状況。
それでも皆の邪魔にならないようパーティー会場の壁の花を決め込んでいたのだが、知らない人に声を掛けられるは、ダンスに誘われるはで息抜きどころではない。
これはもうアレだ。アレしかない。
ばっくれよう。
この場への潜入には成功したんだし、ここに居る意味もないし。怒られることもないだろう。
……………………たぶん。
とにもかくにも、この場からとっとと退散する事にする。目指すはトイレと言う名の避難場所。個室に籠ってしまえば文句も言われまい。
静かな廊下を歩き、目的の場所まであと少し───と言うところで視界に入る一組の男女。
そのお2人さんは事もあろうにトイレの入り口の直ぐ横で愛を囁きあっていた。
「………………」
え、何コレ。どうすりゃいいの? スルー? スルーでOK?
体を密着させ、お互いにスーツの内側やドレスのスリットへと手を滑らせている。って、これって格式高いパーティーなんじゃなかったんですか? こんな事してて良いんですか?
次々にツッコミが沸き上がるがどうする事も出来ず途方に暮れていると、ふと女性を抱き寄せている男性の視線がコチラを向いていることに気が付いた。
まずい、不躾な視線をぶつけ過ぎたか。
取りあえず愛想笑いを浮かべて回れ右。
仕方ない、ここは一旦出直そう。そう思って広間へと引き返したのだが……。何故か後ろから付いてくる一つの足音。
あ、なんかヤバいかも。
妙な胸騒ぎを覚え足早に廊下を歩く。そうして広間の扉まであと数歩というところで───。
「失礼、お嬢さん」
「っ!?」
腕を取られ、息を呑む。とっさに振り向けば先程の男性がそこに居た。
「な、何か?」
「えぇ、少しお話でもいかがです?」
「申し訳ないのですが、彼が待ってますので……」
何とか穏便にこの場を立ち去ろうとするも、男は聞いちゃいなかった。
「すぐ済みますよ」
にこり、と笑うその顔とは裏腹に、掴まれた腕に力が込められる。苦痛で眉間に皺が寄るが男が気にする様子は一切なく、更には強引に引っ張られる始末。
「こちらで話しましょう」
広間から遠ざかるように歩いて行く男に、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
これは本格的にマズい。何がどうマズいのかは分からないが、とにかくマズい。ここは三十六計逃げるに如かず。とにかく一刻も早くこの場を離れなければ。多少のお転婆には目を瞑ってもらおう。
意を決し、私は手にしていたハンドバッグを男の後頭部目がけて振り下ろす。
「ぐあっ!?」
こちらの行動を予想だにしていなかった男は私の腕から手を離し、前につんのめる形になった。しかし、それだけで倒れるまでには至らない。
「このっ!!」
男は直ぐに態勢を整えると私に向かって腕を伸ばしてきた。その怒りに染まる顔にハンドバッグを投げつけ、踵を返して走り出す。
「待ちやがれ、くそアマっ!!」
待てと言われて待てるはずもない。とにかくこの場から離れる事だけを優先事項に廊下を、階段を駆け抜けた。
広間に戻って助けを求めるのが一番安全だったのかもしれないが、ここへ来た理由を考えればそれは得策とは言えない。
途中靴が脱げ、転びそうになりつつも、履きなおしてる暇もなく、もう片方を脱ぎ捨て男に向かって投げつけ牽制したり、隠れたり。
そうしてようやく一息付いたのは、パーティー会場をあとにし夜霧に煙る人気の無い公園へ辿り着いた時だった。
辺りを見回してみても男の姿は確認できない。どうやらこの霧が逃走に一役買ってくれたらしい。
湿気った草の上にへたり込み、荒くなっていた息と、破裂しそうな鼓動を落ち着かせながらこの後の事を考える。
無我夢中で走ったからここが何処かも分からないし、連絡手段やお金は投げつけたバッグの中。歩いて帰ろうにもライブラの事務所の場所も分からない。自業自得とは言え、これでは打つ手がない。
「うわー、怒られるんだろうなぁ……」
それも無事に合流できればの話ではあるけれど。はてさて、どうしたものか。
八方ふさがりに苦笑が浮かび、取りあえず何処か休める場所を探そうと立ち上がりかけた、その時。
「この靴、お前のだろ?」
背後からかけられた声に、びくりと肩が跳ねた。
恐る恐る振り向けば、前髪を横に流したトレンチコート姿の男の人が、ハイヒールの片方を手に佇んでいる。
「えっ……と、あの?」
「お嬢ちゃんを追っかけてた奴ならあっちで伸びてるから安心しな」
「…………はぁ。ありがとう、ございます?」
「一応被害届出すか? 戻るついでに署まで乗っけてってやるぞ」
「ショ?」
「あぁ、警察署だ」
「え?」
急速に進む会話に、一瞬固まる。が、硬直している場合ではない。
一応私もライブラの端くれ。バレたら後が怖い。もちろん副官的な意味で。
私は不自然じゃない程度に首を横に振り、拒否の意を伝えた。
「いえ。追いかけられただけなので」
「そうか? まぁ、被害届を出したところで、まともな対応してくれるとは限らんがな」
そう言って男の人は苦々しそうな顔をしたが、非日常が日常なこの街では、それも致し方ないように思う。
特に大怪我をした訳でもなく、命に別状は無い。あった所で個人の事件は後回しにされてしまうだろう。
「んじゃ、家までで良いか?」
「は?」
「その足じゃ、歩いて帰るのも辛いだろ。送ってくぜ?」
視線だけで指示され、足に目をやる。ストッキングは破れ、足裏からは血が滲み出していた。
その事を認識した途端じわじわとした痛みが走るが、泣き言を言っている場合じゃない。
「あー、いえ。大丈夫です」
「あ? 遠慮ならしなくて良いからな?」
「いえ、その遠慮と言うか……」
送ってもらおうにも、まずアジトの場所が分からない。
「ずっと外に出てなくて、今日2、3年ぶりに表に出たので……」
「…………監禁でもされてたのか?」
「いえ。そういう訳じゃ」
眉間に深い皺が刻まれるのを見て、慌てて否定する。折角警察署に行くことを回避できたのに、わざわざ自分から飛び込む事もない。
「快適な引きこもり生活を送っていたんですけど、久しぶりにやむを得ず外に出たら街並みが変わってて……」
「あー、つまり?」
「帰るところが分からないのです」
正直に伝えれば胡散臭そうにしていた表情が、みるみるうちに呆れたそれへと変わっていく。
うん、仕方ないよね。私でもどうかと思う。
「……家族はいるのか?」
「いえ」
「でも引きこもりで生活できてたんだよな?」
住み込みで働いていたので。
そう答えようとして慌てて口をつぐむ。「それじゃあ、その職場まで送れば良いんだな」などと言われれば私に答える術はなくなってしまう。
「あー、何と言うか親の遺産で……」
「……そうか」
「………………」
「………………」
そして落ちる沈黙。気まずくなって座ったままの膝に視線を落とした。
どれくらいの間そうしていただろうか?
ついた嘘に居たたまれなくなっていたせいで、数十秒ほどの時間がその何倍にも感じる。
その静寂を破ったのは、「じゃあ俺のとこに来るか?」という思いもよらない一言だった。
「は?」
「その様子じゃ行く当ても金も無ぇんだろ?」
「そ、れは……そうなんですけど」
かと言って見ず知らずの人の家に上がり込むほど非常識でも、警戒心が無い訳でもない。
「あの、いざとなったらその辺で寝るので大じょ……」
『大丈夫』。その言葉を言い終わるより早く、
「馬っ鹿お前、よりにもよってこのヘルサレムズ・ロットで野宿とかありえねぇだろ! そんな事してみろ、瞬時に自分の内臓と永遠にお別れだぞっ!?」
もっと危機感を持てと言われ、返す言葉が見つからない。
「まぁ、安心しろ……って言う方が無理かもしれねぇが、どっちかっつーと俺は正義の味方だ」
そう冗談交じりに話す彼は、お世辞にもヒーローには見えなかった。
……いや、人を見かけで判断するのは良くないけど。
ボスのような事例もあるけど。
「……それは安心に値するのでしょうか?」
「おう、ならこれでどうだ?」
尚も不安を吐露すれば、彼はコートの内側からある物を取り出し、こちらに提示する。
それは顔写真付きの手帳で、ダニエル・ロウと文字が書かれていた。
「けい、さつ?」
「あぁ……まぁ、言っといてなんだが人を招待できるほど片付いてねぇが、野宿に比べりゃ天国だろ」
死んでるっ!?
って、いやいやいやいや。突っ込むところも危惧するべきもそこじゃない。
警察に借りを作ったなどとバレたら、それこそ身の危険である。
私は丁重にお断りの言葉を述べようと顔を上げ、
「立てるか?」
そんなこちらの葛藤をお構いなしに、右手を差し出してくるロウさん。
「え、と……あの」
「無理そうか?」
「いや、その……」
「つっても靴が片方じゃ歩けねぇか……」
言ってロウさんは私の手を引き、そのまま担ぎ上げた。
「!?」
「ちょっと我慢しろよ」
「……え、あのっ!」
私を無造作に担ぎ上げた状態で、しっかりとした足取りのまま歩き始める彼に異議を唱える。
「お、降ろして下さいっ! 歩けますっ! 歩きますからっ!」
「へーへー。不満なら後で聞いてやる」
「後ではなく! 今! 今聞いてっ!」
「聞くに値するならな」
「っ!?」
それはつまりアレですかっ? 私の言葉が聞くに値しないとっ!?
なんと返したものかと硬直していると、彼はこちらを振り向き、
「取りあえず怪我の手当てくらいさせろ。見てて痛々しい」
そう言って自称正義の味方はニヤリと笑ったのだった。
わかりやすいシンデレラ
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