「はい、コレ。食後に飲んで下さいね」

 言いつつ小さな白い紙袋に入れた胃薬を、大きな身体を申し訳なさそうに縮こまらせて座るリーダーに差し出し、他にも細かい注意を連ねていく。
 定期的に訪れる彼へと毎度している同じ説明。抜群の記憶力を有する彼には不要だろうが、形式なので仕方ない。

「質問は?」
「いや」

 彼は小さく頭を振ってから袋を手にし、謝罪の言葉を口にする。

「すまない、クレア」
「何を謝る必要があるんですか。コレが私のお仕事ですよ」
「……しかし」

 眉をハの字にしながら目線を合わせられ、耳と尻尾の幻覚が見えた気がした。
 実は本当に生えてるんじゃないだろうか?
 そう思うことが度々ある。
 嬉しい時には周りに花を咲かせ、しょんぼりした時には今みたいに犬のようになり。普段顔が怖いと揶揄される事が多い彼だが、そういうところを見ていると怖さなど吹き飛んでしまう。
 …………まぁ、見慣れただけかもしれないが。
 思っていることが顔に出やすいのは交渉事には向いてないかもしれないけど、この実直さがリーダーの良さであり、言葉に嘘は無いのだと信じさせてくれる。
 それはそれで貴重なものだ。
 それに仕事に関しては何を考えているのか分からない例の副官がちゃんとフォローしてくれている事だろうし。
 リーダーと足して2で割れば相当付き合いやすくなるんだけどなぁ、あの副官。
 取りあえず花と尻尾に関しては今度レオナルド君に確認してみよう。
 そんな事を考えつつ、今後の対策を提示する。

「リーダーは考え過ぎなんですよ。思慮深い所も魅力的ですけど、少しは肩の力を抜いた方が良いですよ?」
「……う、む」
「ザップさん……は、ちょっと行き過ぎだから……そうですねぇ、副官……スティーブンさんを見習ってデートでもしてみたらどうですか?」

 彼の場合は仕事の延長が主なんだろうけど。
 そのあたりの細かい事はこの際気にしなくてもいいだろう。要はリーダーに休息をもたらしてくれれば良いだけなのだから。

「……デート」
「恋人じゃなくても仲の良い人とのお出かけは良い気分転換になりますよ、きっと」

 引きこもりの私が言うと説得力に欠けるかもしれないけど。
 とは言え、この紳士の事だ。相手に気を遣って、気分転換になるかは怪しい所である。
 そこで他にも案を上げていく。

「それかレオナルド君達みたくお昼をみんなでワイワイ食べたり、お酒を飲んだり」

 堅苦しい会合やら何やらではなく、仲間内の食事ならばそこまで気疲れもしないであろう。

「いっそのこと何も考えずにぼーっとしてみるのも手ですね」
「……うむ。試してみよう」
「その際は気兼ねなくここを使ってください」

 執務室は常に人の出入りがあるし、ザップさん辺りは平気でリーダーに絡んでいくだろう。

「そこのベッドも好きに使って構いませんし」
「しかしそれでは君の邪魔になるのでは……」
「のーぷろぶれむ、です。と言うかそういう気遣いはこの際忘れて下さい」
「だが……」
だが(・・)しかし(・・・)もいりません。そういうのは胃の調子が良くなってから考えて下さい」
「…………」

 ぴしゃりと言い放てば、それ以上彼の言葉は続かなかった。代わりとでも言うように『困ってます!』という空気を体全身で表している。
 その様子に私は小さく息を吐き、苦笑を漏らした。

「リーダーはもう少し我儘になっても良いと思います」
「……そう、だろうか?」
「そうですよ」

 迷いを見せる表情に、こくりと力強く頷く。
 普段から溜め込みすぎるからいけないのだ。世界の均衡は確かに大事だろうが、たまには自身の為に動くのも必要だ。
 その助言に何か思うところがあったのか、リーダーはふむ、と考える仕草を見せてから私を直視してきた。

「ならば一つ、我儘を言っても良いだろうか?」

 至極真面目な顔で告げられ、良い傾向だと首を縦に振りながら、うんうんと聞き入れる。

「一つと言わず何個でもどうぞ」
 
 今までが今までなので、この際とことんまでストレス発散に付き合ってあげよう。
 言っても育ちの良い人だし。無茶な要求もしてこないだろう。
 そう高を括って、安請け合いをしたのが間違いだった。

「私と一緒にデートをしてくれないだろうか?」
「……は?」
「一緒に食事をして、お酒を飲んでくれはしないだろうか?」
「いや、ちょっと待っ……」

 前のめり気味に鬼気迫る顔で告げられ、思わず体が反り返る。
 前言撤回。やっぱりこの顔は迫力がある。

「共に何気ない時間を過ごしてはくれないだろうか」

 いつの間にか握られていた右手に力を込められ、額に汗が流れた。
 私はリーダーの興奮を鎮めるように、掴んで離さない彼の手をポンポンと叩きながら早々に白旗を上げる。

「わ、わかりました。わかりましたので、お付き合いするので、一旦ちょっと落ち着きましょうかっ」
「す、すまない」
「……いえ」

 言ってすぐに距離を取ってくれるところは流石紳士だ。
 対して私はと言えば急な発熱をどうやり過ごそうかと考える、淑女には程遠い一般人。

「……私で良いのか?」

 その当然の疑問を何とはなしに呟けば、それを聞きつけた彼は「クレアが良いのだ」と顔を綻ばせ花を飛ばすのだから、ほんと心臓に悪い。
 まったくもって物好きな御仁である。
 



大変な人に気に入られたもんです

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