かれこれ数十分。無言のままゆるく、縋るように抱きしめられたままだったクレアは、疲れを隠しもせずに後ろの上官へと声をかけた。
「もう終わりにしませんか」
医務室のソファに深く腰掛けた彼は、その言葉に対し腕に力を籠め、拒否の意を示す。
「スティーブンさん」
「……い、やだ」
呼びかけに、かすれた返事が返ってくる。クレアからはどんな表情をしているのか分からないが、笑顔ではない事だけは確かだった。
「そうは言ってもですね」
「いやだ」
「…………」
「…………」
「いつまでもこんな事を続けることに何の意味があるんですか」
まるで別れ話みたいだ。
そんな風に思いながら一つの恋の終わりの様なやり取りに、彼女は小さく息を吐きだした。
「いい加減離してください。仕事の邪魔です」
言っても聞かないスティーブンに焦れ、クレアが無理やり立ち去ろうとすれば更に腕の力が強まり、結局はソファへと逆戻りしてしまう。
「……だって」
「だって何ですか」
「だって、こんなに抱き心地の良い君が悪い!」
言ってスティーブンはぎゅうぎゅうとクレアを抱きしめ、肩口に額を擦り付ける。
「この柔らかさと適度な弾力!」
マシュマロみたいだと呟くスティーブンに、「食べないでくださいね」と念を押すクレアの顔は心底疲れ切っていた。
そして何を言っても無駄だろうな、と思うほどの彼のネジのぶっ飛び様に嘆息した。
「そういう事は抱き枕でも買ってして下さいよ」
「抱き枕は温かくないじゃないか」
「ホッカイロでも張り付けたら良いじゃないですか」
「僕は別に暖を取りたい訳じゃないんだ」
要するにあれか、人肌が恋しいってことか。
そう判断したクレアは肩にある、癖のある髪をぽふぽふと撫でながら天井を見上げる。
「じゃあ他の人を当たって下さい。スティーブンさんなら選り取り見取りでしょう?」
「なんで好きでもない女性を抱いて寝なきゃならないんだ」
やり取りが面倒になってきて、クレアはぼーっとしながら彼の言葉を反芻した。
この場合の抱いては抱き枕の意味なんだろうか。
「それに、たまのちゃんとした睡眠くらい命の危険を感じずにとりたい」
「どれだけ恨まれてるんですか」
「いっぱい」
「そうかー、いっぱいかー」
それなら仕方ない。
クレアは本日何度目かの溜息を吐いた。
この部屋に来るなり、ソファへと沈んだスティーブンはしばらく何も言わずにその場に座っていただけだった。何を言うでもなくそこに居る彼が気にならない訳ではなかったが、比較的急ぎの仕事があったのでそのまま放置。
その後、用があってソファの近くを横切った際に腕を引かれ、気が付いたら拘束されていた。
最初こそ抵抗してみたものの徒労に終わりそうだったので、それなら気の済むまで抱き着かせておこうかと思ったのだが……。
それから早数十分。今のやり取りを入れれば一時間近くになる。
これ以上このままと言う訳にもいかなかった。何よりこの体制は疲れるのだ。
一向に離してくれる気配がないスティーブンに対し、クレアはタッチセラピーを終了させようと言葉を選ぶ。
「取りあえず、たまのちゃんとした睡眠を取るならベッドで寝た方が良いんじゃないですかね」
「抱き枕になってくれるのかい?」
「仕事が残ってるんでお断りします」
「……つれないなぁ」
そう言ってスティーブンは再度腕の檻から抜け出そうと前かがみになったクレアの背に、頭をぐりぐりと押し付けた。
「そのマーキングも止めてもらえませんかね」
「やだ」
「あーもー、あれもヤダこれもヤダって」
「それはお互い様だろ?」
「…………」
普段から寝不足気味のこの副官に、質の良い眠りを提供出来るのであれば協力するのもやぶさかではない。
相当疲弊しているのか、条件反射だけで答えている彼に呆れと保護欲を掻き立てられるのも事実だ。
何だかんだと言いながら、それくらいにはクレアもスティーブンを心配していたし、少なからず好意も寄せていた。
それが恋愛のそれであるかは、また別の話ではあるが。
兎にも角にも、クレアとしてもこのままぐだぐだと絡まれるより、彼に寝てもらった方が有り難い事にはかわりなかった。
……が、拘束されるのは回避したい。
先程からクレアが言っているように、彼女は仕事中なのだ。
「せめて手を付けた仕事だけでも終わらせたいんですけど」
「明日で良いよ」
「お薬の発注なのでそういう訳にもいかないでしょう」
「急ぐのかい?」
「切迫した状況ではないですけど、備えとくに越したことはないでしょう?」
「あー、じゃあ大丈夫、大丈夫。どうしてもって言うなら、僕の方から早く納品してもらえるように圧りょ……お願いしとくし」
「今圧力って……」
「お願いだってば」
諦めてくれるまでの根比べの勝敗は、勿論彼女の負けだった。
嫌じゃないからこそ困る
ALICE+