「ワシが貴殿に下す判決は……衆合地獄!」
法廷に閻魔様の声が響くと、判決を言い渡された亡者は獄卒に両脇を抱えられ、引きずられる様に法廷を後にしながら「慈悲をー!!」と叫び始めた。けれどこの判決が覆されることは無い。
それもこれも裁判をスムーズに進行させる為に、記録課がまとめた生前の行いを綿密に審査しているからだ。その数たるや、かなりの量になり残業になる事も少なくないが、亡者の今後を左右する判決に手は抜けない。
「全くどいつもこいつも下着ドロだの何だの……なげかわしい。つーか中身に興味持てよ」
「臓物に興味を持たれると、それはそれで残虐な事件を起こしそうですけどね」
「いやいや、そういう意味じゃなくてね……」
「閻魔大王」
「あ、鬼灯様。お帰りなさい」
裁判の合間に取りとめのない話をしていると、鬼灯様が視察から戻られた。普段なら秘書の私もついて行くのだけれど今回は訳ありの為、留守番だったのだ。
「三途の川は特に問題ありませんでした」
「おお鬼灯君、君に貰ったオーストラリア土産ちゃんと飾ったよ」
「ああ、魔除けだそうです。綺麗でしょう」
「うん、ワシ魔除ける必要ないけどね」
あぁ、あれ鬼灯様のお土産だったのか。先程から気にはなっていたのだ。法廷の柱にある、異彩を放つ怪しげなお面。
オーストラリアのお土産ならアボリジニのものだろうか……?
確かに色彩豊かではあるのだけれど、『綺麗』の一言で片づけてしまう鬼灯様のセンスは相変わらず良く分からない。
「夜中に見たら眠れなくなりそうですよね……」
「え、鬼灯君。雪乃ちゃんにもこのお面をあげたの?」
「いえ、雪乃さんにはちゃんと別の物を選びましたよ」
「ちゃんとって……君ねぇ」
しれっと言い放つ鬼灯様に苦笑しつつ、閻魔様を仰ぎ見る。
「オパールのネックレスを頂いたんです」
オーストラリアのオパール産出量は世界の95%を占めているらしく、お土産品としてアクセサリーなどが取り揃えられているんだとか。
「ただ、せっかく頂いたのに付ける機会が無くて……」
光に当たると虹色に輝きとても綺麗なのだけど、地獄では着物で過ごしている為まだ一度も付けていないのだ。
今度現世へ視察に行った時にでも付けてみよう。
箱の中で眠るネックレスにそんな想いを馳せながらこっそりと楽しみを見出していると、鬼灯様がおもむろにこちらを向き、口を開いた。
「今度現世へ視察しに行った時にでも付けて見せて下さい」
………………。
「え、と……」
「嫌ですか?」
相変わらずの無表情で見下ろされ、言葉に詰まる───と、その時。
『閻魔様ーっ』
「ひゃあっ!?」
「ぅおっ!?」
「おおうっ!?」
突然の声にびくりと体が飛び跳ね、その際の悲鳴の所為で声の主達を驚かせて叫び声の連鎖を生んでしまった。
それを見ていた鬼灯様に呆れた視線を投げかけられる。
「何やってるんですか貴女方」
「い、いえ……すみません。心の準備が出来ていなかったもので……ごめんなさいね。茄子くん、唐瓜くん」
声の主である小鬼の2人に謝れば、きりりと吊り上った瞳とは対照的に垂れ下げられた眉の唐瓜くんが申し訳なさそうに謝罪してくれる。
「いえ……こっちこそスミマセン。急に声をかけて」
「雪乃さんって意外と小心者だよね!」
「おい、茄子! 失礼だろっ!」
たれ目が特徴的な茄子くんが、いつもの天真爛漫さを発揮しながら思った事を素直に口にしてくれた。それに慌てたのは唐瓜くんだ。
私は唐瓜くんの心労を減らすべくその話題をスルーする事にした。
「それはそうと、閻魔様にご用だったんですよね?」
「あ、はい。三途の川の掃除が終わったと報告に」
「ああ、お疲れ様」
「そうだ! 脱衣婆が賃金上げろってキレてました」
そのついでの報告に思わず苦笑が漏れる。お給料の事を唐瓜くん達に言っても仕方ないだろうに……。
と言うか、その話の為に視察へ行かれたはずだけど……?
不思議に思い、こ首を傾げながら上司を見上げると、それに気づいた鬼灯様が淡々と報告する。
「その件ですが、賃金据え置きで納得して頂きました」
その内容に、唐瓜くんがうんざりしたような表情を浮かべながら呟く。
「脱衣婆って相手の男によって態度違ぇよな」
「うん」
だからこそ今回は鬼灯様一人で視察に行かれたのだ。私が居ると交渉しづらいと言う理由で。その甲斐あってか、据え置きでまとまってくれたようで一安心である。
「ところで……」
と、一旦言葉を区切った鬼灯様はその切れ長の目で、流し見る様に法廷の入口を見る。そこにはつい先程判決を言い渡した亡者が柱によじ登り、蝉のように鳴いている姿があった。
「あの亡者は何をしたのですか? 随分わめいてますが」
「ああ……生前、女性の下着を盗み……あまつさえそれを誇らしくかざして捕まった、まぁ変態だね」
「……その性癖はともかく、窃盗ですね。何が彼をそうさせたのか」
そう冷静に分析しつつ投げつけた鬼灯様愛用の金棒は寸分違わず亡者にぶち当たり、変態さんはあえなく御用となる。
「……うん、ストレス社会の歪みかな……」
「ストレス発散で下着を盗まれた方は堪った物じゃないですけどね」
金銭的な意味でも、精神的な意味でも。
「雪乃ちゃんも女の子の一人暮らしだから気を付けるんだよ? 下着とか外に干してない?」
「大王、それセクハラです」
「えっ!?」
静かに閻魔様を見上げる鬼灯様の目がちっとも笑っておらず、私は慌ててフォローする。いや、普段から笑ってはいないんだけれど……。
「いえ、私は気にしていないので大丈夫です」
「貴女は少し気にしなさい」
「言われるほど無頓着なつもりは無いですよ」
むうっと顔を顰めれば、鬼灯様に溜め息を吐かれた。
……何故だ。
そんなに無頓着だろうか? 一々セクハラだ何だと問題視していたら付き合えない方が周りに居るだけで、その中には鬼灯様だって含まれているのに。
それに洗濯物にしたってちゃんと下着は室内干しだし……と言うかお隣さんが鬼灯様なので外に干すのが気恥ずかしいと言うのも理由の一つなのだけど。
納得いかないと悶々と考えていると、鬼灯様が再度溜め息を吐いた。
「それにしても今日はパンツの話題ばかりです」
「?」
ぼやく鬼灯様に首を傾げる。
「下着の好みの話でもしていたんですか?」
「違います」
「じゃあ好みの色とか?」
「違いますよ。何です? そんなに私の好みを知りたいんですか? 着て見せてくれるんですか?」
真正面からガン見され返答に困る。
「君の方がよっぽどセクハラだよ、鬼灯くん」
全くだ。
呆れる閻魔様に同意を示すべく、コクコクと頷く───と、入口の方から艶のある声が聞こえてきた。
「鬼灯様ァー」
その声に振り返れば、こちらに小走りで駆け寄ってくるお香さんの姿。
「どうしました?」
「衆合地獄の武器庫の用具数が記録と違うんですけどォ」
広げられた巻物を確認しつつ、私達は顔を見合わせた。
「……? 変ですね」
「記入漏れですかね?」
「コレ記録したの誰かしらー?」
頬に手を当て首を傾げるお香さんは困っていても品がある。どうしたらそんな立ち振る舞いが出来るようになるのだろうか?
そんな場違いな事を考えていると、思い当たる節があったのか、唐瓜くんから「あっ!」と声が上がった。
「すいません、コイツですっ! オイお前だよお前っ!」
「えっ? 俺また何かしちゃった?」
襟をつかんで引きずる様に引っ張り出された茄子くんは訳が分からずおどおどしている。そんな彼の頭を押え一緒に頭を下げる唐瓜くんを見て、お香さんは優しく微笑むと労いの言葉を口にした。
「大変だけど、直し頑張って」
茄子くんが差し出された巻物を受け取り、しゅん……と項垂れる。
「次からは気を付けてね」
「は、はいっ!」
手を振り去ってゆくお香さんに、緊張した面持ちで返事をする唐瓜くん。その頬には若干の赤みがさしていた。
うん。お香さんに憧れる気持ちは良く分かる。
「おとがめ小さくてよかったね」
「お前、ホンットうっかりしすぎ!」
「うー……ごめん……」
「はぁあ、俺も手伝うから」
呆れながらも手伝いを申し出る唐瓜くんは本当に面倒見が良いと思う。そこに響く茄子くんのお腹の虫。時計を確認すればそろそろ夕飯の時間だ。
「仕方ねーなァ」
「まずは夕食でも食べなさい」
「はーい!」
鬼灯様の申し出に元気に手を上げる茄子くんと、再度溜め息を吐きながら項垂れる唐瓜くん。そんな微笑ましい2人に、自然と笑みが零れる。片付けがあるので先に2人を食堂へと送り出し、ふと視線を上げると鬼灯様と目があった。
あれ? なんか見られてた?
「……どうかされましたか?」
「いえ」
「そうですか?」
何となく釈然としないものを感じつつ、それ以上聞いたところで話してくれるとも思えない。それならばさっさと仕事を終わらせて夕飯にしようと、使い終わった巻物を手に片付け始める。
「ところで雪乃さん、今度の休みは空いてますか?」
「? えぇ、特に用事は無いですけど」
「では買い物に付き合っていただけませんか?」
「良いですよ」
特に断る理由も無いので二つ返事で答えれば、何故か鬼灯様に念を押される。
「約束しましたからね」
「?」
その後鬼灯様も食堂へと行かれ、私は疑問に思う事無く仕事を片付けた。
───数日後。
女性の下着売り場で淡々と好みの下着を選ぶ地獄のナンバー2と、辟易している秘書官が居たと噂が流れたのは……また別の話。