「怪談かァ……そう呼ばれたこともあったねえ…」
鬼灯様と烏天狗警察へ行く途中。散歩中の白くんと出会い、ついてきたいと言うので一緒にタクシーに乗って、お団子片手に運転手である朧車さんに怪談話を聞いていたら、どこからともなく声が聞こえ、私達は辺りをきょろきょろと見回した。
「?」
「アタシさ、アタシ」
「……あぁ」
「提灯がしゃべった!」
声の主は車内に吊るされた提灯で、於岩と名乗った彼女は昔を懐かしむ様に話し始める。
「今でこそタクシーの明かりだけどさァ、昔ァ別嬪だったンだよォ。アンタのその涼しい顔。アタシの夫、伊右衛門様に似てるねェ」
別嬪と言うより、別人だね。と言う白くんの至極失礼なツッコミを聞き流しながら、うっとりと昔に思いを馳せる於岩さん。
そんな彼女の言葉に、ちらりと隣の上司を盗み見る。鬼灯様の場合、涼しい顔と言うより無表情なだけだと思うのだけど。
その上、鉄面皮で覆われていて……って。
「いひゃいれふ」
「失礼な事を考えてると、それ返してもらいますよ」
右頬を摘まみながら睨むように手元のお団子をさし示され、私は慌てて謝罪を口にした。
「ごめんなさい」
そう素直に謝れば、「やはり考えていたんですね」と眉間に深い皺が寄る。
「ぁ……」
「やはりコレは没収です」
そう言うが早いか、鬼灯様は私の手を取ると自分の口元まで運び、ぱくりとお団子を食べてしまった。
「ひ、酷い、鬼灯様……」
もぐもぐと咀嚼される様を見て、思わず恨み言が零れ出る。まだ一口しか食べてなかったのに……。
「酷いのはどちらです。ひとの事を鉄面皮だの厚顔無恥の傍若無人だの」
「そ、そこまで思ってませんよ!」
ブンブンと首を横に振り否定するも、鬼灯様の目は「本当ですか?」と疑っている。無言で見下ろされ、尚且つ手は掴まれたままと言う逃げ場のないこの状況。
白くんは私達がじゃれ合っていると思っているのか、尻尾をぱたぱた振りながら興味津々でこちらを見ているだけだし、助けを呼ぼうにも於岩さんと朧車さんはしんみりとしていて声をかけにくい。
───と、その時。
突然朧車さんが急停止し、ぐらりと身体が前のめりになった。
「ひゃぁ!?」
壁に激突しそうになり、反射的にぎゅっと目を瞑る。しかし思ったほどの衝撃はなく、不思議に思いながらも私はそろりと目を開けた。
「?」
目の前は黒で覆われ、身動きはできず。状況が理解できなくて固まっていると、真上から声が降ってきた。
「大丈夫ですか?」
「っ!?」
かなり近くで響いた低音に恐る恐る顔を上げれば、そこには見慣れたご尊顔。
不本意とは言え、鬼灯様に手を掴まれたままだったので、壁に激突する前に抱き留めてくれたらしい。
「す、すみません……」
謝罪を口にしながら慌てて離れようとし、動けない事に動揺してしまう。
それとなくもがいてみるも右手は鬼灯様に掴まれたままだし、抱き留めてくれた時に回されたであろう腰の手もがっしりと掴んだまま離れてくれない。
なにコレ、新手の嫌がらせ?
「あ、あの……?」
「あぁ、失礼。こんな機会めったに無いので……」
窺うように声をかければ、何でもなかったかの様に解放してくれたのだけど……。
そ、それはどうイジメようか吟味してたってことですかっ!?
そんな内なる声は返事が怖くて発せずにいると、鬼灯様が外の様子を確かめるために簾をよけた。
その隙間から、前方にふらふらと不安定に空を飛ぶ一台の朧車さんが見て取れる。
さらにはこちらと並走するように飛ぶ烏天狗の姿まで。
「烏天狗警察じゃないですか」
「これは鬼灯様」
「何かあったんですか?」
「実は先ほど、指名手配犯があのタクシーに乗ったのを見たという通報が入りまして」
「指名手配って誰?」
警察の説明に対し、無邪気に尋ねる白くん。
その問いに、烏天狗さんは1人の男性が描かれた手配書をこちらに見せてくれながら名前を口にする。
「はい、民谷伊右衛門という亡者で……」
「い、伊右衛門様っ!?」
その名に於岩さんが驚きの声を上げた。
「こうしちゃおれないよ! 朧の旦那ァ、あの車の後を追ってくんなァ!!」
「イヤあの、堂々と勝手なマネされると困るんですが……」
1人盛り上がる於岩さんに烏天狗さんが冷静なツッコミを入るが、愛しの人を前に公務執行妨害などお構いなしなのだろう。彼女は朧車さんを急かし、けれどそれより先にこちらの騒ぎに気付いた伊右衛門が朧車さんから身を乗り出しながら叫んだ。
「ゴチャゴチャうるせェぞ警察!! 俺はネコバスに乗るのが夢だったんだ!!」
「……ねこ、ばす?」
そう言えば朧車さん達も自身の事を乗り物界のアイドルと言っていたが……。
「意外とアホですね」
「残念なイケメンだ」
そんな外野の評価には一切目もくれず、彼の声を聞いた於岩さんは身を震わせながら、一目散に外へと飛び出してしまった。
伊右衛門様、伊右衛門様と何度も名前を呼びながら。
「伊右衛門様アンタやっぱイイ男だよォ! 鬼灯様の100倍! イイ男だよォ!!」
旦那さんの胸へと涙ながらに飛び込む於岩さん。一方で彼女が口にした言葉に、額に青筋を浮かべる鬼灯様。
そして───。
「あ」
と思った時には、鬼灯様の手から金棒が消えており、それは於岩さんの後頭部ごと民谷伊右衛門を貫いていた。
「口は禍の元ですねぇ」
まぁ私の場合、口にしなくても禍がやって来るけど。鬼神と言う禍が。
その鬼神様も今回ばかりは余程腹に据えかねたのか、「そいつら家庭裁判所に連れて行け」と吐き捨てている。
そのいつもの鬼灯様らしからぬ言葉遣いに、苦笑が浮かんだ。
「…………」
しかし───蓼食う虫も好き好きとは言え、毒を盛られて殺されて。それでも今なお恋い焦がれるほどの彼の魅力とは一体何なのだろうか?
私だったら自分の欲望の為に伴侶を手にかけた犯罪者より、自身をも厳しく律する鬼灯様の方がイイ男だと思うけど……。
ちらり、と横を見れば幾分かは気が済んだのか、いつもの無表情に戻った鬼灯様と目が合った。
「? どうかしましたか?」
「あぁ、いえ……」
そこでふと思った事を口にしてみる。
「鬼灯様は結婚しても不誠実な事はしないんでしょうね」
───と。
その言葉に驚いたのか、鬼灯様が目を見開いた。
普段驚かされてばかりなので新鮮な気持ちでその表情を見ていたのだけれど、あまりにも無言のまま凝視され、ちょっと気恥ずかしくなった私は照れ笑いを浮かべながら、「なんて」と付け加える。
すると、真顔になった鬼灯様から「実証してみますか?」と投げかけられた。
「……はい?」
「ですから、私が不誠実な事をしないか雪乃さんが身をもって」
「え、えーと?」
鬼灯様の真意を測りかね、言葉に詰まる。
実証してみますかって、それは結婚しても不誠実を働かないかということで。私の身をもって、と言うことはつまり私と鬼灯様が……。
そこまで考えて思考が停止しかける。
なんだこれは? どうしてこうなった?
私はただ、あの伊右衛門という人より鬼灯様の方が素敵だと言いたかっただけなのに。
微動だにしない鬼灯様に、返す言葉が見つからず視線を彷徨わせていると、頭の上で空気が揺れた気配がした。
そろり、とビクビクしながら視線を上げれば口元に手をやり、何かを堪えているかのような鬼灯様の姿。
その様子を怪訝に思うこと数秒。
すぐに合点がいき、私は声を荒げた。
「拘束プレイの次は精神的に追い詰める気ですか!?」
「…………は?」
鉄面皮の事なら謝ったのに。冗談で追い詰めて笑っていただなんて。
「いくらなんでも度が過ぎます!」
「………………」
わんわん喚く私と「鬼灯様はイジメっ子なんだね!」と明るい声の白くん。
そんな私たちの声を聞いた鬼灯様が深い深いため息を吐いていた事に気付いたのは、朧車さんだけだったそうな。