長すぎた想い



部活の帰りに好きな人がとても綺麗な女の人と歩いていた。俺は男だし、後輩としてしか見られていない事も分かっていたから見ない振りをした。バッチリ視線は合っていたけれど。 


「苗字、明日木兎さんと練習するんだけど来れそう?」
「あ、はい。行きます。部活の後ですよね」


「うん、よろしく」
「はい、お願いします」 


赤葦さんはそれだけを言うと俺のクラスの教室から去っていく。聞いてみたい事や話したいことがたくさんあるけど、ただの部活の後輩でしか無い俺にそんな時間を取らせたくない。
ただの部活の後輩。ずっとそのままでいようと思っていた。


「あ、君」
「えっ?」


その日の放課後、部活が終わり校門を出ようとしていたら女の人に声を掛けられた。その人は赤葦さんの隣を歩いていた女の人。


「昨日、京治のこと見てたでしょ?」
「そりゃ先輩ですから目が合うくらいはあるんじゃないですか?」


何が言いたいんだろうか。この人は
意地悪そうに微笑んだ女の人は俺に向かって手を伸ばしてくる。


「苗字」
「京治、待ってた」


女の人の腕を掴んだのは赤葦さんで胸が痛んだ。そんなにこの人の事が好きなのかとまた理解した。傷ばかり増えていって、治す術を俺は知らない。


「お疲れ様でした」
「苗字、あのさ…この人は…」


「京治、待ってたんだから早くして」


赤葦さんの言葉を遮るようにして手を握った女の人は綺麗に微笑んで赤葦さんを魅了させる。綺麗な茶髪、色白な肌、華奢な体つき
俺には無いものを全て持ち合わせている。


赤葦さんと女の人の二人に背を向けて、家までの道を急ぐ。何で男なんて好きになったんだろう。これが女バレの人だったら良かったのに。早足で家までの道を歩いたら、曲がり角で誰かとぶつかった。


「すいませんっ!」


俺が慌てて顔を上げるとそこには見覚えのあるユニフォームを着た集団がいた。ぶつかったのは音駒の弧爪さんだった。


「すいません、大丈夫ですか?」
「うん、こっちこそごめん」


「だから前ちゃんと見て歩けって言っただろ研磨」


黒尾さんが弧爪さんに声を掛けても特に聞いてはいないみたいで、変わらずゲーム機に視線が向いている。


「すいませんでした…失礼します」


音駒の皆さんに声を掛けてから急いで家までの道のりを歩く。


「ねぇ、クロ」
「何だよ?」


「何でさっきの…名前……泣いてたの?」
「さぁな。まぁ、部活で何かあったんだろ」






両親は仕事で帰りは朝方になるみたいだった。二階の自室に入ってベッドに倒れ込む。


「……好きになんてなるんじゃなかった」


どう頑張っても平凡で華奢でもなくて胸やくびれも無い体。それどころか傷の方が多い気さえしてくる。


「…………」


目を擦って時計を確認する。部活が終わってから早足で真っ直ぐ家に帰ってきたからいつもよりはまだ少し時間に余裕がある。服を着替えて、適当にいる物を持ってから家を出た。


本屋で目当ての本を買って、木兎さんや木葉さんから来ていたメッセージに返事を返す。


「あの…今、お一人ですか?」
「え?」


携帯から顔を上げるとそこには大人しそうな女の人が立っていた。


「良かったらどこかで遊びませんか?」
「良いですよ」


微笑んで返事を返すと、慣れたように女の人が俺の手を握って腕を絡ませてくる。普通の恋人同士ってこういう事をするんだろうな。なんて考えて、女の人が歩いていく方向に着いて行く。


「何か好きな物とかある?」
「甘いものが好きです」


「じゃあ私と一緒だ。美味しいケーキの店があるんだけどね。そこに行こっか?」
「そうですね」


気づけば喫茶店でケーキを食べてそれなりに会話も弾むようになっていた。笑顔で話をしながら店を出て、女の人が歩く方向に着いて行くと突然立ち止まった。


「ねぇ、キスして」
「えっ…」


「駄目?ねぇ、一回だけで良いから」


俺の腕を引いて甘えるよう声を出す。綺麗な色をした唇がもう一度、俺に声を掛ける。それに引き寄せられるようにキスをしようとしたら聞こえてくる筈のない声が聞こえてきた。


「苗字!」
「いっ!」


痛いくらいに手首を掴まれて女の人と距離が離れる。振り返るとそこにはさっきの女の人と赤葦さんがいた。


「何ですか赤葦さん。俺、今この人と一緒にいるんですけど」
「あー、ほら誤解しちゃってる」


赤葦さんの隣にいた女の人が呆れた声を漏らす。俺の服を軽く引っ張ってきた女の人の手を握って、背を向ける。


「明日の練習よろしくお願いします。それじゃ」
「っ……俺は苗字が好きなんだよ」


静かに告げられたその言葉に立ち止まって固まってしまった。女の人の手を自然と離していた。赤葦さんを見つめると恥ずかしそうにしながらも、俺を見つめていて。俺はどう答えたら良いのか分からずに、何故か助けを求めるように赤葦さんの隣にいた女の人を見つめる。


「私、京治のいとこなの」
「えっ!?」


「ほら、やっぱり誤解してた!」
「や、その……すみません…」


いつの間にか隣にいた女の人は消えていた。このいとこの女の人が全部説明してくれて、思わず恥ずかしくなって顔を隠した。


「あの……何か本当にすみません…でも、その…」
「あなたは気にしなくて良いの!全部京治が悪いんだから」


じゃあね!と元気に言って赤葦さんのいとこは去っていく。俺が赤葦さんを見上げると視線が合って勢い良く視線を外した。


「苗字、何かそれ凄く傷つくからやめて」
「すみません…」


「手繋いで良い?」
「はい」


指を絡ませるように手を繋いで赤葦さんの隣を歩く。


「誤解させてごめん」
「いえ、俺が勝手に勘違いしただけなので赤葦さんは気にしないでください。俺の方こそすみませんでした…」


「大丈夫」


微笑んだ赤葦さんが真っ直ぐに俺を見つめていた。