痛みの感覚



「名前!」


元気良く俺を呼ぶ声が嬉しくて、落ち込んでいるお前の表情も可愛くて全て好きだと気付いた時に年甲斐も無く焦って、久しぶりにビンタをくらった。


「っ!」
「帰る」


「夕!」


荒々しく家のドアを閉められて、追い掛けようとして止めた。俺に向けて笑顔を見せてくれて部活の事を話す夕の言葉の中に最近、増えた人物の名前
翔陽
旭さんは前から言ってたし、どんな人かも知ってるから何も気にしてなかった。


彼の名前が出る度に汚い感情が溢れて俺は我慢できずに夕を押し倒して
キスをした。舌を入れた時に思いきり噛まれてビンタをされた。


「……何やってるんだ…」


掠れた情けない声が出て、ソファに座り込む。小さくて女の子みたいに細い体だった。舌を入れた時に漏れた声が俺を急かした。


「…………これじゃ強姦だ」


涙目で俺を睨んでいた夕に胸が痛んだ。罪悪感に襲われたけれどもう遅い。


「あ……」


ソファに立て掛けるようにして置かれているのは夕が部活で使っているスポーツバックだった。確か明日も部活があった筈
でもきっと俺には会いたくないだろう。


「…………」


苗字名前 俺の部屋にスポーツバック忘れてるから、管理人さんに渡してるから受け取って。ごめんな、夕


それだけを送って管理人さんに夕のバックを渡して、部屋に帰った。ベランダに出て折り畳みの椅子に座って煙草を吸う。灰皿に吸い殻がかなり溜まってきた。


「……あ」


送ったメッセージが既読と表示されているのを確認して、安心する。煙草を消して一階まで降りて管理人さんに会いに行くとマンションの入り口に夕が立っていた。その横にはスポーツバックが置かれている。きちんとスポーツバックを受け取った事を確認して、部屋に戻ろうとしたら名前を呼ばれた。


「名前!」


俺を睨みながら歩いてくる夕から視線を逸らさずに夕がやってくるのを待っていると手を掴まれて、マンションの外へと出ていく。


「夕、どこに……」
「うっせえ!」


マンションの近くにある公園のベンチに座ってすぐに俺と夕の間に沈黙が流れる。


「…………夕、ごめんな。あんなことするべきじゃなかった」
「もう良い」


俯いたままの夕に俺はもう掛ける言葉が見つからずに地面を見つめていた視線を、少し上に上げる。風で木が揺れていた。


「…………名前」
「何?」


「ごめん」
「何で夕が謝るんだよ。悪いのは俺だ」


夕が首を左右に振ったのが分かって、俺は意味が分からずに夕を見つめる。


「名前のこと叩いただろ。でも…俺、名前にされたの嫌じゃなかった。これって…俺が名前のこと好きだからだろ?」
「えっ……」


立ち上がった夕は俺の正面に立って、俺の唇に自分のを触れさせた。楽しそうに笑っておれの頬を両手で包み込む。


「名前、俺な名前の事が好きだ」
「……お、れも…夕の事が好きだ」


「両想いだな!」
「うん、そうだな」


微笑んで夕に返事を返すとさっきビンタをされた頬に夕がキスをしてくる。眉を下げて俺を見つめる夕は俺以上に気にしてしまっているみたいで、俺の方が悪い事をしてしまったのに申し訳なくなる。


「ごめんな」
「夕、俺がいけなかったんだから気にしてないよ。寒いから夕はもう家に帰った方が良い。部活終わりでも…もう結構、遅い時間だから」


「分かった!じゃあまた明日な名前!」


手を振って公園から出ていった夕を見送って俺はベンチに座り込んだ。一気に顔が熱くなって、落ち着かない。煙草を取り出して火をつける。すぐに紫煙を吐き出してビンタされた頬に自分で触れてみる。


「両想い」


あまりにも話が上手く行きすぎて夕は本当に意味が分かって言っているのか不安になってくる。これが普通とは違うということも全て分かっているんだろうか。


「…………」


煙草を潰して家への道を歩く。部屋に戻り、暖房をつけてテレビを見ていたら夕から電話が掛かってきた。


「もしもし」
「もしもし!名前の声聞きたくなったから電話したけど、電話したら会いたくなってきた」


「明日も学校だろ?」
「そうだけど」


少し拗ねたような声が聞こえてくる。まぁ感情のままに行動しそうだもんな。夕は


「部活終わってからゆっくりおいで。俺も明日はそこまで遅くならないと思うし」
「分かった!待ってるからな!」


元気良く返ってきた返事に安堵して電話を切った。