答えを出したくない



プロになってそれなりに通用してた俺は突然、壁にぶち当たった。人間なんてものは意図も簡単にこっちの都合なんて省みずに体をぶっ壊していく。


「こんなのあんまりだろ」


震えた声は病院の一人部屋に溶けて消える。後少しだった。後少し手が届いていたらあの試合は勝てた。優勝出来た。いつだって俺の体は俺の都合なんて考えなかった。


「苗字さーん、リハビリ行きましょ」
「はい」


病室に入ってきた看護師の案内で車椅子に座って、理学療法室へと向かう。俺と同じように足を痛めた人もいるけれど、こんなに絶望的なのは俺だけだ。なんて思って、苦笑いする。


「苗字さんのリハビリの先生は高校と大学でバレーやってた人なんですよ」
「へぇ、そうなんすか」


適当に返事を返しながら自分の足を見つめていた。


「及川くん、よろしくね」
「あ、新しい患者さ……えっ!」


男の声に俺も自分の足から顔を上げた。そこにいたのは高校時代に一緒にバレーをやってきた男だった。


あの後、看護師と別れて未だに戸惑っている及川からリハビリの説明をされた。


「まだ……バレーやってたんだね」
「俺、牛島と一緒にプレイしてるから」


「え、牛若ちゃんと?」


表情が固まったのが分かって、俺の足を優しく動かしていた及川の手も止まる。そして突然、肩を掴まれた。


「何で牛若ちゃんなの?」
「は?」


何故か傷ついたような顔をする及川に俺は何を答えれば良いのか分からずに、目の前の及川を見つめる事しか出来なかった。翌日から俺は病室でリハビリをする事になった。


「っ!て、めっ……離せ!どけよ!」
「うるさい」


ベッドに押し倒されて、俺の体には及川が乗っていた。痛む足を庇うように上半身だけを動かして、抵抗するがほぼ無意味だった。


「んっ……!」


及川が俺にキスをしてきて服を掴んで抵抗する。慣れたように舌が入ってきて思いきりそれを噛んだ。


「痛いよ、名前ちゃん」
「だったらやめろ」


「別に牛若ちゃんと付き合ってる訳じゃ無いんでしょ?」
「お前みたいなホモと牛島を一緒にするな!」


及川を睨み付けて枕元にあったナースコールに手を伸ばそうとしたら、すぐに及川が俺の体から退いた。


「仕事はちゃんとするよ」
「当たり前だろ、ボゲッ!」


「んじゃ、ちょっと触るよ」


及川が俺の膝に触れると少し痛みが襲う。思わず顔を歪めてしまってシーツを握りしめた。真剣な顔で俺の足に触れる及川にこいつもバレー以外でこんな顔するんだなと少し感心した。


「痛い?」
「痛い。動かしたらかなり」


「リハビリ結構長くなりそうだけど大丈夫?」
「やらなきゃバレー出来ねぇだろ。若利だって待ってるし」


普段から呼んでいる名前で呼ぶと及川の表情が歪んだ。そんな分かりやすい反応に思わず笑ってしまう。


「何で笑うの!」
「ふふっ、ごめんごめん…だってお前…本当に俺のこと好きだよな」


「何年片想いしてると思ってんの?」
「6年くらいか?」


高校の時からの事を思い返してそう返事を返すと、視線を逸らされて拗ねたように及川が唇を尖らせた。


「分かってるなら返事くらいくれたって良いじゃん」
「この対応を見て好かれてると思う方がどうかと思うけどな」


「ただのツンデレかもしれないでしょ!」
「…………そんな訳ないだろ、お前は馬鹿か?」


呆れて思わずため息を吐く。こいつは昔からこんな奴だった。へらへら笑いながら女子とも適当に付き合って、大抵は及川がフラれて。


「お前、いつまでたっても変わんねぇな」
「だって高校時代から想ってる事が未だに叶ってないから、変わろうと思っても変われない」


真っ直ぐに突然、真剣な顔でそんな事を言ってきた及川に俺は戸惑って思わず視線を逸らす。この無駄に速くなった心臓に気付かない振りをして、また及川と視線を合わせた。


「俺はお前みたいなヤリチンに惚れたりしねぇよ、バーカ」
「ヤッ、ヤリチンじゃないし!」


「説得力ねぇっつーの」
「真面目に仕事してます!」


顔を真っ赤にして怒りだした及川に学生の時を思い出して、懐かしくなる。こいつから向けられる淡い優しい視線とか感情とか何も変わっていない。俺はいつまでそんなこいつの想いに答えずにいられるだろうか。