察しろよ



「は?」
「は?じゃないから。僕と別れてって言ってるの」


俺から視線を逸らして言ってくる蛍は俺の恋人で高校時代の後輩だ。俺は大学生になって忙しい毎日を過ごしているけれど、連絡は欠かさなかったしデートもしてた。


「何で?」
「それ聞く時点で最低だよね」


そんな言葉を俺に浴びせて去って行った蛍に俺は呆然として、振られた理由も分からないままに日々を過ごしていた。少し経ってから蛍が少し過激なファンの女の子に俺との関係をバラすと脅されていた事を知った。
だからなのかあちらから振ってきたのに、一ヶ月に一度は愛想のないメッセージが届いてきた。全て無視したけれど。


「あ……」


町中を歩いていたら突然、そんな声が耳に届いて思わず視線を上げた。そこには烏野の練習着を着た蛍がいた。今にも泣き出しそうに表情を歪めた蛍は俺の腕を掴んだ。


「ちょっと来て」
「嫌だ」


その腕を振り払って蛍を見る。傷ついたような表情をしている所が腹が立つ。振ったのはお前だ。どんな理由があるにしろ俺を振ったのは蛍からだ。


「………………ごめんなさい」


小さな子どもが謝るみたいな口調でそれだけを告げた蛍は俺から走って逃げて行った。それからはあの鬱陶しいメッセージも来なくなった。


「何か悩んでんのか?」
「え、あー…岩泉か。ちょっとな…」


大学の講義の席で隣に座ってきた岩泉が小さな声で話しかけてきた。そんなに俺は分かりやすい顔をしていたんだろうかと心配になる。


「なぁ、俺がホモだって言ったらどうする?」
「はっ!?」


小さな声に抑えた岩泉の驚いた声が俺に届く。まぁ普通はそんな反応だよな。前の席に座っている仲の良い女子が少し露出の高い服を着ていたけれど、何とも思わない。


「お前、それ…」
「本当。岩泉に嘘吐いた事なんて無いだろ。俺」


ため息を吐く音が聞こえて、岩泉が頭を乱暴に掻いた。


「で、俺は何を聞きゃ良いんだ?安心しろよ。大事な友達の事だ。べらべら喋ったりしねぇ」
「ほんと男前だな」


「うるせぇ、で?」
「んー、何かな。高校の時の後輩と付き合ってたんだけどさ……突然別れ告げられて今、突然復縁迫られてる」


岩泉の様子を見るとぽかんと口を開けたまま、俺を見て固まっている。そして次には眉を寄せて大きくため息を吐いた。


「何かそいつにも理由あるんじゃねぇの?」
「まさか岩泉がそっちの味方をするとは思わなかった」


そのままの流れで今日はサークルも無かったから、夕方から居酒屋で飲むことになって俺は岩泉と共に個室で飲んでいた。お猪口に注がれた酒を飲みながら延々と俺の喋る愚痴と蛍に対する文句を言う。適当に相槌を打ちながらもちゃんと話を聞いてくれているのは岩泉の優しい所だ。






「名前さん」
「んー…」


「名前さん、ほら水」


俺の家に帰ってきたのか覚束ない足取りで慣れた匂いのする場所に座り込む。聞こえてきた声は妙に耳に馴染んで、安心する。


「んっ、んっく…」


口に水が流れ込んできてそれをゆっくりと飲み込む。唇に柔らかな感触がして思わず目を開けた。そこにいたのは眼鏡を掛けた金髪の男ー蛍だった。


「は…?何でお前がいるんだよ」
「岩泉さんが名前さんの携帯使って連絡してきてくれて」


「余計な事してんじゃねぇよ、岩泉…」


ゆっくりと立ち上がって周囲を見るとここは俺の家じゃなくて蛍の家だった。靴を履いて玄関のドアを開けたその時、蛍が俺を抱き締めた。


「なんだよ」
「……自分勝手だって分かってるけど、僕はまだ名前さんが好き」


震えた声が聞こえてきて泣きたいのはこっちだと言いたくなるけれど、上手く口が動かない。痛む頭と体の中を掻き回されるような気持ち悪さに俺は思わずその場に座り込んだ。


「うっ……」
「水、飲める?」


俺の背中を支えるようにして蛍はペットボトルの口を俺の唇に当てた。それを押し退けて、蛍を見る。


「みず……はやく…」


蛍の服を何度か引っ張って言うとようやく意図が理解出来たのか、水を含んだ蛍が俺にキスをしてきた。口移しでそれを飲んで蛍の気持ちに答えるように、それだけでは終わらせずに舌を絡ませる。


「んっ、ふ……ぁ……んっ…」
「名前さん」


俺の唇を舌でなぞって蛍は俺を抱き上げた。久しぶりに近くで感じる蛍の温もりと匂いに安心して、いつの間にか眠りについていた。