それぞれの事情



「名前って及川と仲良いの?」
「あー、まぁ…普通に会話する程度には」

「ふーん…何か今までつるんでたタイプと違うよね」
「俺も真面目になったんだよ」

「休みになったらあんな格好する奴が真面目な訳ないだろ」


幼馴染みの女子と他愛もない会話をして、外に視線を向けるとグラウンドには及川がいた。クラスメイトと楽しそうに話をしている。
俺はというと、品行方正を装ってスポーツもそれなりに得意だから球技大会で活躍してから声を掛けられるようになったただのモブAくらいの立ち位置だ。
ストーブをつけているのに換気だからと時々、窓を開けているせいで教室内の空気は冷えきっている。俺は腕を組んで背中を丸めて顔を伏せた。机も冷えきっていて、更に俺の体温を奪う。


「救われねぇ」


清楚な子が好きとかいう噂を聞いて、茶色が入っていた髪を完璧に黒にしたけど長期の休みになったら染めてしまう。その程度の優先事項の小さな片想いだった。小学生の恋みたいに見てるだけで満足で、少しでも視線をくれただけでその日は何があってもハッピー!くらいに気分は良くなる。


「…………」


次の授業のチャイムが鳴る直前に教室を出て、近くにあったトイレに入る。個室に入って携帯をいじっていたら及川の声が聞こえてきた。


「及川、あいつと付き合ってんのか?」
「付き合ってないよ、告られはしたけど……好きな人いるからって断ったし。岩ちゃんがそんな事、聞いてくるなんて珍しいね」

「クラスのやつに聞けって言われたんだよ、面倒くせえ」
「じゃあ俺の事も相談に乗ってよ」

「どうせあいつの事だろ。何の進歩もしてねぇくせに、とっとと当たって砕けろ」
「砕けたくないから慎重になってんじゃん!」


あいつって誰だ?そんなに及川が慎重になる相手なんて、今までとは違って本気の相手なんだろうか。耳を澄ませて最後まで聞いていようかと思ったけれど、"あいつ"の話題で盛り上がる二人の会話を聞きたくなくてとりあえず、水を流して個室のドアを開けた。


「えっ!?」
「あ……」


今まで静かにしていたし、奥の個室に入っていたからまさか人がいたなんて思わなかったんだろう二人は驚いた顔をして固まっている。そんな二人を無視して、俺はトイレから出た。


「えっ…今の聞かれてた?」
「別にちょうど良いんじゃねぇの」

「このタイミングじゃないから!」


授業も途中から入るのも嫌だから屋上にでも行くか。なんて思って階段を上がる。ゆっくり階段を上がっていたら携帯がバイブで震えた。何が来たのかと携帯を確認すると岩泉からメッセージが届いていた。


岩泉一 及川がお前に用があるってよ。お前等、いい加減鬱陶しいからさっさと済ませろ


「は?」


今からこっちに来るつもりなのか。俺は携帯をポケットに入れて、逃げるように階段を降りて荷物を置いて学校を出た。
さっさと済ませろって何を?お前等って俺と及川ってこと?俺、岩泉に及川の事が好きだとか話したことは一度も無いし、周囲からもそんな事を言われていない。


「…………」


明日から三連休だ。及川達はきっとバレー漬けの筈だし、気分転換にまた髪でも染めよう。
家に帰って慣れた手順で髪を染めて、部屋からでると母親からあんたはやっぱその色ね。と安心された。染めた方が安心するとかどんな親だよ。


「ちょっと買い物行ってくる」
「行ってらっしゃい」


家を出て近くのゲームセンターにでも行こうかと思って歩いていたら、何故か目の前から青葉城西の制服を着た集団が歩いてくる。その中に何故か岩泉がいるように見える。


苗字名前 こんなとこで何やってんの?

岩泉一 及川がお前にどうしても会いたいっつーから。つーか、お前その頭どうした?

苗字名前 明日から連休だから気分転換


それを打ち終わって送信した時に視線を携帯から上げると、何故か岩泉が俺の方を見て手を振ってきている。ふざけんなよ、お前。
背を向けて家に帰る方向へ歩き出そうとしたら、腕を掴まれた。


「ねぇ、もしかして……苗字くん?」
「…………」

「髪……」
「…………何か用?」

「その髪も似合ってるね」
「何か用?」


引きつったような笑顔を見せている及川に、あぁ。失敗したなと感じた。進学クラスで頭が良くて、スポーツもそれなりに出来て普通の容姿。それくらいに思っていただろう相手が突然、髪を銀にして耳にはピアス、指にはリング付けていたらドン引きだろう。
優先事項の低い小さな片想いだった筈なのに、及川の視線に心臓が痛くて苦しい。


「黒髪の方が好きだよ、俺は」
「そうだろうな。今までその辺の女子が話しているのを聞いた及川の好みに合わせてたから」

「え?」
「これが本来の俺だし…………別に及川にどう思われようが気にならなくなってきたし」


男を好きになると嘘ばかり得意になる気がする。
好みのタイプには適当に周りが盛り上がりそうな事を言って、女優やモデルの話は及川に似てる所があるやつを好みだと言った。
男に恋なんてするものじゃない。


「もじもじしてんじゃねぇ!気持ち悪ぃ!さっさとしろ!このクソ川!」
「いった!」


岩泉が及川の頭を叩いて、及川は俺を見てくる。まだ何か用があるのか。何を言うつもりだ?
こんな事をしてこないで欲しいとか、気持ち悪いからとか、近づくなとかそんな事をわざわざ言うつもりなんだろうか。
及川は俺から少しだけ視線を逸らして、自分の後頭部に手を回して言葉を選んでいる。


「何…気持ち悪いとか近付くなとか言うつもりなら、分かってるからもう…」
「違うから!むしろ逆!」

「逆?」
「俺は…苗字くんの事、好きなんだけど。そりゃこんな髪の毛になったのはビックリしたけど、苗字くんは苗字くんだし」


さっきまで言葉を選んでいた人間とは思えないくらいに、突然一気に話を始めてきて着いて行けない。隣に立っている岩泉を見るとまだ苛々した顔をしている。


「聞いてる!?俺の話!」
「……聞いてる。……俺も及川のこと、好き」


俺が自分の気持ちを及川に告げてすぐに、及川は俺を抱き締めた。逃げ出さないようにするみたいに強く抱き締められて、及川も俺みたいに少し悩んだりしたこともあったのかなと思った。


「やっとくっついたか!お前ら、二人揃ってバレー部公認だな。喜べ」
「は!?」


岩泉の言葉に驚いて、及川から離れる。俺からの視線に及川は気まずそうに視線を逸らした。それでも俺がずっと及川を見つめていたら観念したように、口を開いた。


「バレー部の皆に相談に乗ってもらってた」
「お前、モテるんだから相談なんかしなくても良いだろ」

「女の子はあっちから積極的に寄ってくるから…別に、俺から何かしなくても大丈夫だったから…」


小さな声でモテ自慢を言ってきた及川に呆れて溜め息を吐く。まぁ、俺も男に恋をしたり、男の恋人が出来たりするのは初めてだから戸惑うのは分かる。


「及川…女扱いしたら殴るからな」
「……努力します」