リップクリームの答え



「おーい…いい加減にしろよ。サボりクソ坊主」
「頭が痛いって言ってるでしょ」

「お前の相手ばかりしてる暇はねぇんだよ、こっちは」
「暇なくせに」

いちいち俺の言葉に返事を返してくるこの生意気なガキは最近、俺の勤務先である保健室に通ってくるようになった月島蛍だ。突然、頭が痛いだのダルいだのと適当な理由をつけて、サボっている。バレー部に所属しているらしく、顧問の武ちゃんがかなり心配をしていた。その度にただのサボりだと返している。

「苗字先生」
「あ?何?」

最近、ハマっている小説から視線を月島に向けると月島の視線は俺が持っている小説に向いている。中身は官能小説だ。
月島は俺の持っている小説を奪って、中身を見る。何ページか捲った後にそれを床に叩きつける。

「最低」
「おこちゃまな童貞にはこの美しさが分かんねぇだろうな」

小説を拾って続きを読もうとしたら突然、月島に腕を掴まれた。ガキ扱いすると嫌がるくせにすぐに拗ねる所がガキそのものなんだが…頭は良いのにそんな事も気付けないなんてなぁとぼんやりと考えていたら、拗ねた顔をした月島が俺に顔を近づけてきた。

「っ…おーい、冗談はほどほどにしとけよ。こんなおっさんじゃなく近くに可愛いのが幾らでもいるだろうが」

俺の唇に触れた少しかさついた感触はきっと月島の唇で色白な顔が赤く染まっているのを見て、少し申し訳なく思った。どうやらいじめすぎてしまったみたいだ。月島の唇を俺のハンカチで拭って、保健室のドアを指さす。

「俺の相手してる暇あったらバレーするか勉強するか女とどっかデートでもしてろ」
「僕は…」

「てめえの反論なんざ聞いてねぇ。病人でもねぇなら早く出ろ。本当に怪我して来たやつが迷惑だろうが」
「……失礼しました」

言葉を飲み込んだ月島が走って保健室を出て行った。やっと静かになった。小説を拾って続きを読み始める。保険医という職業は楽で良い。薬も処方する事が出来ないからとりあえず寝かせておけばいい。手に負えなかったら、病院に連れて行く役を任される。




「苗字先生」
「あー…何?」

聞き覚えのある声がして振り返るとそこには武ちゃんがいた。ほぼ同じ時期にこの高校にやってきた俺達はそこそこ仲が良い。俺はバレーをやっていたから、細かいルールの説明なんかも教えてあげたりしていた。ついでにいえば武ちゃんに着いて行って烏養をコーチにしてもらうようにお願いしてやった。拳で

「月島くんと何かありましたか?」
「は?」

小説に栞を挟み、武ちゃんを見ると冗談のつもりではなく真面目な話をしているらしい。月島が何か言ったという事は無いと思う。なら部活で何かヘマでもやらかしたのか。小説を白衣のポケットに入れて近くにあった椅子を引き寄せて、それに武ちゃんを座らせる。
何から話をしてもらおうかと俺が口を開こうとしたら、保健室のドアが開いた。月島が一人で立っていて、指を抑えている。

「どうした?突き指でもしたか?」
「僕はまたにしますね」

武ちゃんが何か気を遣ったのか席を外して、月島と二人きりになる。さっきまで武ちゃんが座っていた椅子に座るように促してテーピングを取り出す。こういう行為はマネージャーの清水の方が慣れているだろうに…何でわざわざ俺の所に来たのか…。何か言うつもりなんだろうか。

「僕は…貴方の中ではいつまでもガキのままですか?」

テーピングを何とか終わらせた俺は月島を見る。俯いているせいかどんな表情をしているのかは分からないが、泣くような奴じゃない事は分かっている。

「お前は俺に何を求めてるんだ?俺は保険医でお前はこの高校の生徒だろ?」
「……僕は苗字先生が好きなんです」

「……あー…」

静かな保健室でなければ聞こえなくなってしまいそうな程に小さい声で相変わらず俯いたまま、想いを告げてきた。何度か生徒に告白をされた事はあるが男に告白された事はあまりない。大抵の男共は月島と同じように、言ってはいけない事だと認識したうえで告白をしてくるから必然的に視線が俺と合う事は無かった。女は視線だけは真っすぐに俺を見つめて、告白をしてくる。

「答えは聞きたくないので良いです」
「あー、そうか。それなら満足しただろ?治療もしたし、部活に戻れ」

月島の顔ははっきり言って今まで告白された男よりも女よりも綺麗に見えた。この学校の女生徒に告白をされている現場も良く見る。相手には困らない筈の男が何で俺を選んだのか、興味本位で聞いてみたい気持ちはあるけれど、絶対に言わないだろう事は分かり切っていたら聞かなかった。
ようやく顔を上げた月島は唇を噛んでいて、そこから少し血が滲んでいた。

「おい、唇から血出てんぞ」
「え…」

デスクに置いてあるティッシュを取って、唇を拭ってやると血がついた。引き出しにしまっておいたリップクリームを取り出してそれを月島に押し付けるように無理矢理渡した。

「それやるから。女にキスするときにそんな唇じゃ笑われんぞ」
「女とキスする予定無いので」

すぐに返ってきた返事に思わず、言葉に詰まる。さっきまで余裕が無さそうにしていた月島がいつものように微笑んで、あげたばかりのリップクリームを唇に塗った。少し潤った月島の唇に思わず目がいった時にはまた俺の唇にそれが触れていた。

「僕の初めて全部もらってください」
「……おっさんに押し付けるにしては重過ぎるんじゃねぇの」

「こんな恥ずかしいこと言わせたんですから、ちゃんと責任とってください」
「もうちょっとお前が素直になったらな」





月島相手受け主