油断していた恋心



「苗字さんが好きです!俺と付き合ってくれませんか?」

バレー部にハーフの男の子が入ってきたという話は聞いていたけれど、俺はバレー部では無いから関わる事は無いと思っていたのに…まさかこんな状況で知り合う事になるとは思ってもいなかった。
目の前にいる灰羽リエーフと名乗ったバレー部所属の男は俺が恋人その1の子と話をしている最中にも関わらず、堂々と俺に告白をしてきた。

「何言ってんの?」

隣にいた女子が灰羽に向かって声を掛けた。そいつは灰羽を嫌悪感を露にした表情で見ている。そんな女子の表情を見たのか灰羽の視線が揺れ始めた。そんな姿を見て傍にいた女子の腕を払って、灰羽の手を握った。

「じゃあ、これからよろしく」
「えっ!は、はい!」

灰羽の手を握ったまましばらく歩いて、後ろから叫んでいた女子の声が聞こえなくなった所で手を離した。俺より少し高い位置にある顔を見上げる。俺の事が好きだと言っているけれど、何か別の感情とごちゃまぜになっている可能性もある気がする。純粋そうな目で女子にもモテそうな顔なのに。

「ほんとに俺の事、好きなの?」
「はい、好きです!」

「俺、灰羽の事一番には出来ないと思うけど…それでも良い?」
「俺を一番にしてみせます!」

自信満々に言い切ってくる灰羽は本当に馬鹿なんだなぁとのんきに思った。



「お前…リエーフと付き合ってんの?」
「うん、何…バレー部の部員と付き合うのにお前の許可がいるの?」

俺の席の前に座っている黒尾はどこか不機嫌そうな顔をして、唇を尖らせている。全く可愛くない。黒尾から借りたノートを写しながら、話を流すようにして聞いていく。どうやら黒尾からしてみたら俺みたいなヤリチンに大事な部員を預けられないとのこと。

「しょうがないだろ、灰羽が俺に惚れたんだから」
「何でこんなのを好きになるんだよ、あいつは」

「灰羽の事一番になれたら良いなぁ」

のんきな言葉を口にすると思い切り頭を叩かれて、黒尾が離れて行った。あいつは俺に何を求めているんだろうか。ノートを写し終えて自分のノートを机に入れて窓から外を眺めていると、体育の授業なのか灰羽がクラスメイトと一緒に歩いているのが見えた。思わず目で追っていると急に灰羽が振り返った。

「苗字さーん!!」
「は…」

デカい声で俺を呼んで両手を振ってくる灰羽に前の席に座っていた女子が俺を見て、笑っている。本当に周りの事を良く見てないというか…
まぁ、恋人になったんだしと適当に手を振り返すと明るい笑顔を見せて更に手を激しく振ってきた。それと同時に予鈴が鳴って次の授業の担当教師が現れた。その音を聞いたのか灰羽は他の奴らが並んでいる方へと走って向かっている。
授業の間、暇になれば視線を外に向けて灰羽を見ていたら時々目が合った。その度に嬉しそうに笑う姿が印象的だった。

「苗字さん!お昼一緒に食べましょ!」
「俺、食堂なんだけど」

「俺もです!弁当持ってきたけど先に食べました!」
「分かった。んじゃ、行くか」

そういえば今日は弁当作ってきたとかいう女子がいたような気がするけど、まぁ良いか。食堂に行くといつも頼んでいる定食を注文して灰羽が俺の正面に座った。するとそんな灰羽の隣に食券を片手に黒尾が座ってきた。

「お前…隣のクラスの女子が泣いてたぞ。弁当片手に」
「俺、別に作って来てって言ったわけじゃないし。俺は食堂のご飯が食べたくて食堂に来てるんだから」

「食堂の料理美味しいですよね!」
「うん、俺…魚料理が好き」

「お前、そんな性格してんのに魚食べるのだけは綺麗だよな」
「性格と魚の食べ方は関係ないだろ」

その後、結局黒尾も一緒に昼飯を食べたけど灰羽は少しそれが不満らしかった。実際に言ってはこなかったけれど、顔が分かりやすい。黒尾が少し先に席を離れて不満そうに黒尾の背中が見えなくなるのを灰羽が見送っているのを眺めていたら、思わず吹き出すようにして笑ってしまった。

「えっ!」
「ふっ、ははっ!…俺、言ってもらわないとあんまりわかんない方だけど…灰羽は本当に分かりやすいな。顔が」

「………苗字さん」
「んー?」

定食に向けていた視線を灰羽に戻すと風邪でも引いたのかというくらいに真っ赤な顔をした灰羽と目が合う。俺は別に何か変な事を言ったわけではないのに。

「何でそんな真っ赤なんだよ?」
「苗字さん…普段、そんな声出して笑わないじゃないですか。だから…その…不意打ちっていうか」

「俺が笑ったの見てもっと好きになった?」
「なりました」

すぐに返事をしてきた灰羽にまた笑いそうになったけど、そんなに貴重だと思われているなら少し我慢してみよう。
その日はそのまま食堂で昼休憩を過ごしてその場で別れた。それからは授業と部活で会う事は無かった。俺は自分の部活には行ったり行かなかったりって感じだし…それを誰かに文句は言われないから、自由にやらせてもらっている。

「あ…」

たまたま体育館の近くを通った時、灰羽が女子と話をしていた。俺と同じクラスだったような気がする女子だ。何となく足を止めてその様子を見ていたら、二人の邪魔をしたくなった。俺の頭に浮かんだその感情は良く女子が俺に向けてくる物で、俺が女子に向けた事なんて一度も無かった。それに俺はそうやって束縛する女子が嫌いだった。

「っ…違うだろ、大丈夫」

告白された時に相手にあんな言葉を浴びせておきながら、大して日も経っていないのにこんな状態になるだなんて。男だから好きになるだなんて絶対に無いと思っていたからだろうか?
さっさとバレないうちに通り過ぎようと体育館を通った。灰羽には見つからなかったけど、何故か黒尾にまた声を掛けられた。

「うちのリエーフくん大事にしてくれよ?」

まるで全て分かっているように俺を見上げて笑う黒尾のその表情に無性に苛ついて、休憩時間に俺にやって来たように思い切り、頭を叩いておいた。大げさに声を上げた黒尾の声に気付いたのか灰羽が俺の傍までやって来た。

「あ!黒尾さん!苗字さんにちょっかい出さないでくださいよ!」
「へいへい。じゃあお邪魔しました」

「ちょっ、黒尾!」
「苗字さん、部活行かないんですか?」

俺とこいつを今、二人きりにするな!と声を上げる事はさすがに出来ないから黒尾を呼んだけど振り返る事もせずに、のんきに手を振ってきてもう諦めて灰羽の隣に並んだ。

「俺、練習しなくても勝てるから」
「えっ!?何部なんですか?」

「テニス部」
「大会あったら教えてくださいね。応援に行きますから」

「うん。あ、そうだ…灰羽は何か料理作れるの?」
「え…まぁ、簡単な物なら」

「じゃあ今度の大会の時に弁当作って来てよ。全部手作りじゃなくて良いからさ」
「ま、任せてください!」

何度も頷いて返事をしてきた灰羽が可愛く見えて、灰羽の頬に手を伸ばす。指で触れてみるとハーフだからなのか物凄く白くて触り心地も良い。吸い寄せられるように顔を近づけようとした所で、灰羽に名前を呼ばれた。

「苗字さん!あの…」
「…あー…ごめん。何でもなっ…んっ…」

俺の後頭部に手が回ったのが分かって、それと同時に灰羽の唇が俺のに触れた。すぐに離れたけど、確かに顔を近づけた俺が悪かったのかもしれないけどキスをされるとは思わなかった。灰羽が何か言っているけど、良く聞こえなくて気づいたら灰羽が体育館に戻って練習を再開していた。

「うちの大事な選手のメンタルぶっ壊すなよ」
「うるせぇ、クソ」

通り掛かった黒尾に声を掛けられて、何とかそんな返事を返して逃げるようにテニス部の部室へと向かった。








灰羽夢