忘れられない想い
いつから好きだったのかとか
いつから好きだなぁから愛してるなぁに変わったかとか
もう何年も前で考える事すら馬鹿らしくなって忘れた振りをしていた
「ふふ、名前ちゃーん」
目の前で酔っぱらってデロデロになっている及川を見て、こいつのことキスして犯してめちゃくちゃにしてやりたいと何度も思った。でもそれと今の関係を天秤にかけたら簡単に今の関係を選択した。
「何でお前なんだよ」
小さな声で言った言葉も及川には届かない。届かなくて良いけれど。
こいつはチームメイトの事を全て知っているような風で振る舞うけれど、俺の事はバレー以外は何も分かってない。
「すぐ岩泉呼ぶから」
「ええー!何で岩ちゃん?」
俺が携帯をポケットから取り出して、電話をしようとしたらそれを止めるように及川が俺の腕を掴んだ。たったそれだけの行為なのにアルコールもプラスしているからか、心臓がうるさい。
「どうせお前らまだ近くに住んでんだろ」
「そうだけどぉー!」
「なら慣れてる岩泉に回収してもらった方が良いだろ」
「でも…あー…うぅ…」
テーブルに頭を預けた及川はそれ以上、何も喋らなくなった。珍しく駄々をこねるようにしている及川に少し苛つく。
「もしもし」
「もしもし、苗字か。どうした?」
電話に出てきた岩泉が今、どこにいるのかは分からないけれど少しうるさい。俺達が今いるのは個室制の静かな居酒屋だ。
「及川のこと、引き取ってくれねぇ?」
「あ?あぁー…今日、一緒に飲んでんのか?」
「うん、潰れたから慣れた岩泉に回収させた方が良いかと思って」
「俺も飲んでんだよ。花巻達と」
「あぁ、そっか。分かった…じゃあ適当にタクシーにでも乗っけとくわ」
「あ、あいつ…酔うと家の場所分かんねぇし脱ぐぞ。まぁ気を付けろよ。じゃあな」
それを言うと岩泉が一方的に電話を切った。その言葉はまるでお前が最後まで面倒みろと言われているようで…また苛つく。
「及川、帰るぞ」
「名前ちゃ…」
「名前ちゃんって呼ぶなって毎回言ってんだろ」
及川の腕を引きながら会計を済ませて、覚束ない足取りの及川を支えながらタクシーを拾って及川の家まで向かう。
「及川、着いたぞ」
「んー…ありがとー」
へらへら笑う及川を支えて、及川の鞄を探って部屋のドアの鍵を開ける。寝室に置かれている大きめのベッドに及川を寝かせて布団を掛ける。
「じゃあな。ちゃんと寝とけよ」
「……………」
及川から離れて部屋を出ようとしたら、すぐに及川が俺の服を掴んだ。そんな行為にも苛ついて、乱暴にそれを振り払う。
「っ…さっさと寝とけ」
一瞬見えた及川の顔が悲しんでいるように見えたのはただの俺の都合の良い妄想だ。
及川の部屋のドアを開けたら何故かそこに眉間に皺を寄せた岩泉が立っていた。
「及川なら今、ベッドで寝てるから」
「で…お前は?」
「は?」
「お前はどうするつもりなんだよ」
「俺はもう自分の家に帰るけど」
「本気でそんな事思ってんのか?今、及川に何したいのか言ってみろ」
静かに俺を真っ直ぐに見て言う岩泉から視線を逸らす。何もかもこいつにバレてしまっている。誰にも言った事のない気持ちが。
「だから俺は今から家に帰っ…いっ!」
「てめぇ、本気でそう思ってんのか!」
胸ぐらを掴まれてドアに背中を思いきり打ちつけられる。突然、感情的に怒鳴り始めた岩泉に俺もつい学生の時のように感情的になってしまった。
「お前に俺の何が分かるんだよ!お前は良いよな!社会人になっても何の理由もなく及川の傍にいられて!っ…クソ…離せ。お前が来たならお前が介抱してやれば良いだろ」
緩んだ岩泉の腕を無理矢理離して、マンションのエレベーターの方へ向かう。ポケットに突っ込んでいた煙草は飲んでいる最中に切らしてしまったのを思い出した。
「お前じゃないと駄目だから言ってんだろうが!このクソ苗字!」
岩泉からの暴言も無視して、及川のマンションを出た。苛々した感情は全くおさまらずに俺の頭の中を支配している。
「…………分かったような言い方しやがって」
何も知らないくせに。