無口な京谷兄と国見
「え、あぁ……良いよ」
「ごめんな、ありがとう!」
掃除当番を変わってくれと言われて今日は用事も何もないから頷いて机に伏せると、机をノックするように叩く人物がいた。ふと顔を上げると呆れた表情をした及川と視線が合う。
「名前ちゃんまた変わってあげたの?」
頷くと大きなため息を吐かれた。及川は最近になって席替えで近くになり一気に距離が縮まった。俺も弟が世話になっているから部活での話を聞くのは楽しかった。
「俺も手伝うからさっさと終わらせて名前ちゃんも部活行きなよ」
「良い……行かなくて」
「行かないとまた狂犬ちゃんに怒られちゃうよ?」
「…………」
それは困るけれど最近はあまり怒られて無いし、賢太郎も賢太郎で何か忙しい事でもあるのかあまり会話をしていない。まぁ俺があまり喋らないからっていうのもあるけれど。
「及川、あんま名前をいじくり回してんじゃねぇ」
「いじくり回してはないからっ!」
岩泉が及川の席に座ってこっちを振り返る。
「お前大丈夫なのか?部活は」
「…………」
何度も頷いてはみるものの誰にも信用されない。何でだろう。確かに前は大丈夫大丈夫と言っていたら予選で負けそうになってしまったんだけれど…
「…………心配してたぞ。国見が」
「えっ…」
思わず岩泉の顔を見ると、携帯の画面を見せてくれて英とのやり取りの中に幾つか俺に関する事が書いてあるのを見た。俺には何も聞いてこないのに。
「ズルい」
「聞いたってお前が喋んねぇことくらい分かってんだろ」
「…………」
無意識に拗ねた表情になってしまっていたのか岩泉が困ったように頭を掻いている。いつの間にか隣にいた及川がいなくなっていた。
「何なんですか、及川さん」
「良いから良いから」
そんな二人の声が聞こえてきて後ろを振り返る。いなくなっていた及川と英が教室に入ってこようとしていた。俺と視線が合うと英は観念したように及川に連れられて俺の横に来た。
「…………ちゃんと喋るから」
「え?」
何の事を言っているのか分からないのか英が首を傾げる。英の腰に腕を回して引き寄せる。
「ちょ、名前さん!」
教室が少し騒がしくなってしまったけど、それに気づかない振りをして英の温もりと香りを楽しむ。
「あー、国見。俺がお前とのやり取り見せたんだよ。そしたらこれだ」
「えっ、見せたんですか?」
「…………」
顔を上げて英を見る。すぐに視線が合って英が小さくため息を吐いたのが分かった。ズキズキと胸が痛んで英を抱き締めるようにして顔を隠した。
「名前さん」
「…………」
「少しずつで良いんで自分の事、喋ってくれますか?」
「…………英は俺の事、知りたいの?」
「教えてもらえたら嬉しいです」
「分かった」
力を込めて英を抱き締めると俺の膝に英が座った。向かい合わせになって英は恥ずかしくなったのか俺の肩に手を置いて離れようとしてくるけど、それを許さずに腰に腕を回したまま英の肩に額を乗せた。
「おい、お前ら……ここ教室だからな」
「名前さん、あの……」
「あきら」
「っ!」
耳元で名前を呼ぶと英は固まってしまって、可愛いなぁと思う。英の反応を楽しみながらこのまま休憩が終わらなければ良いのになんて考えたけれど、チャイムが鳴った。
「英、また後で」
「はい、また」
英の体を離して教室を出ていくのを見送って、岩泉や及川が移動していくのを視線で追ってから机に伏せた。女子が何か俺の方を見ながら騒いでるけど、無視しとく。
掃除を終わらせて部活の本拠地とでも言えば良いのか練習場所であるプールにやって来た。更衣室で着替えて準備運動をしっかりやって、飛び込む。一度、水の中に入ってしまえば時間を忘れた。
しばらくして部活が終わり、俺はのんびりと自分のペースで着替えを済ませ更衣室を出た。
「えっ……」
「お疲れ様です」
無表情でそう言ってきた英
まさか待っていてくれるなんて思ってもいなくて、慌てて英の傍に近付く。長い間外で待っていたのか鼻が赤くなっている。
「ごめん」
「俺が勝手に待ってただけなので」
微笑んだ英に余裕もなく胸がうるさく鳴って、俺は英の手を握って少し前を歩く。
「名前さん離してください」
「人が来るまで」
校門を出ていつもの道を歩く。珍しくあまり人に出会わなかった。会話は時々しかないけれど、俺にとってはそれくらいが丁度良い。
「あき…」
名前を呼ぼうとした時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。誰からなのかを確認すると弟の賢太郎からだった。
「もしもし」
「名前、今日学校で何やった?」
低い声でそれだけを言われ俺は何も思い当たる事が無かったから黙っていた。賢太郎の声が聞こえていたのか英が俺の手を握る力を少し強くした。
「本当に何もしてねぇのか?」
「してないよ」
「分かった」
電話が切れてポケットにおさめて、英を見るとあまり表情は変わらないけれど少し不安そうな顔をしているのが分かって何を言えば格好良く慰められるのか俺には分からなかったから、無言で頭を撫でた。