トランペットと君



吹奏楽部に所属する俺は楽器と楽譜を片手にいつもの練習場所へと向かう。一人で集中できる俺が見つけた穴場のような場所


体育館の裏の少し離れた場所。屋内で活動している部活の声も聞こえてこない。今度のコンクールの課題曲となっている曲を演奏する。


「名前?」


名前を呼ばれて楽器を口から離すと、そこにはバレーボールを持った京治の姿があった。


「京治。あ、そうか…この体育館はバレー部が使ってんのか」
「うん、トランペットの音がしたから行ってみたらやっぱり名前だった」


「ごめん、耳障りだった?」
「いや、全然。木兎さんとか俺の応援歌だとか言ってたし」


「何だそれ」


思わず笑って京治を見たら視線が合って、吸い寄せられるようにキスをした。何度もそれを繰り返して唇が離れると、京治は俺の首筋にキスをする。


「名前、あんまり気抜かないでね」
「え?」


「じゃあ、俺そろそろ行くから」
「うん、じゃあね」


京治に手を振って別れて、時計を確認する。俺もそろそろ音楽室に帰らないといけない時間だ。
音楽室に帰って楽器の片付けを済ませて、鞄を持って音楽室を出る。部員はもうほとんど帰っているから鍵は顧問の先生に任せた。


「京治、まだかな」


自分のクラスの教室の席に座って、読書をしながらそんな事を呟く。誰も聞いてないと思っていたその言葉をクラスメイトの仲の良い友達が聞いていた。


「苗字。今日も赤葦待ってんの?」
「うん、帰る約束してるから」


「そういえばさこの前、赤葦…吹奏楽部の女子に告白されてたな」
「へぇ、そうなんだ」


そんな話は聞いてなかった。それにしても吹奏楽部に京治の事が好きな人がいたとは知らなかった。何故か部員の子達は俺が数少ない男子部員だからなのか恋愛相談をされる事が多くて、ほぼ全ての部員の好きな人を知っていると言っても良い位のレベルだった。


「その子と付き合うんだったらさ、もうあんまり一緒に帰れなくなるな」
「あー、そうだね。まぁいつまでも友達と帰るよりは女子と帰った方が良いかもね」


「だろ?だからさ…」
「告白なんてされてないから何も気にしなくて良い」


そんな抑揚のない淡々とした声が教室の中に響いて、俺は本から視線を上げる。机の中に読み掛けの本を突っ込んで鞄を持ち京治の方に向かう。


「お疲れさま、京治」
「遅くなってごめん」


「良いよ、読みたい本読めたし」
「そっか」


京治が俺の肩を抱くようにして教室から出た時、俺の友達に何か言ったのか友達の声が聞こえてきたけど無視した。


「気抜かないでって言ったのに」
「気抜いてないよ」


「俺、告白なんてされてないから」
「知ってるよ。聞くのが楽しかったから流しながら聞いてただけ」


呆れたような溜め息が聞こえてきて、京治を見る。俺がこんな性格のせいか京治は苦労しているらしい。らしいっていうのは京治の部活の先輩から聞いた話だから。


「京治、ごめんね。疲れてる?」
「え?や、別に…部活終わりだから疲れてると言えば疲れるけど」


「京治、今度の部活休みの日にさデートしようよ家で」
「良いよ。ゆっくり映画でも見ようか」


「うん。楽しみにしてる」
「あー!赤葦が名前くんとイチャイチャしてる!」


そんなデカい声が聞こえてきて、思わず吹き出した。少し不機嫌そうに眉を寄せた京治が振り返るとそこにはやっぱり三年の先輩方がいた。


「お疲れさまです」
「おー!お疲れ!名前くん!」


ヘイヘイヘーイ!なんて言いながらテンションの高い木兎さんがかなり低い位置にある俺の頭を撫でる。


「ぼ、木兎さん!痛い!」
「おお!悪い悪い」


豪快に笑う木兎さんの勢いに飲まれてしまって、一緒になって笑うと京治もため息を吐きながらも笑った。