電車とヒーロー



「っ!?」


電車に乗っていたら突然、尻を触られた。俺は誰が見ても男でしかも制服だってきっちり着てるのに…
手すりを強く掴んで早く学校の近くの駅に着けと念じる。学校の三つ前の駅に着いた時だった。今まで尻を撫でるだけだった手が突然、前に回ってくる。


「うっ……」


ズボンの隙間から手が入ってきて、慌ててその手を掴む。


「やめっ…」
「降りるぞ」


突然、そんな声が聞こえてきて俺の手を掴んで誰かが一緒に電車を降りた。視線を上げるとそこには真っ赤な顔をした龍がいた。


「りゅう…」
「大丈夫か?」


「…ごめん」


体が震えてきて龍に手を引かれて、椅子に座る。周囲にあまり人はいないから変に思われる事もなくて安堵する。


「名前、いつもあんなことされてんのか?」
「いつもじゃないけど…最近、多くなってた。車両変えたり電車変えたりしても駄目だった」


「今度から迎えに行く」
「えっ、良いって…龍は部活で忙しいんだしっ!?…ちょっ!」


俺を抱き締めてきた龍に俺は思わず周囲に視線を向ける。こんな時は自分が女っぽい顔で良かったと思う。戸惑いながら何度か龍を呼ぶと、耳元で小さく龍が声を漏らした。


「早く気付かなくてごめん」


掠れた声が俺の耳元に届いて、龍の肩に顔を隠すようにして制服を掴んだ。


「じゃあ頑張って早起きして朝練付き合おうかな」
「おう!」


体を離した龍はいつものように笑っていて俺の腕を引いて、やって来た電車に乗り込んだ。少し空いていたおかげで二人で椅子に座って学校近くの駅で降りた。


「…………」
「…………」


お互いに無言になってしまって、視線を上げると龍と目があった。視線を泳がせて話題を探していたら龍が俺の手を握った。


「おい、龍…」
「誰もいねぇから!」


耳まで真っ赤にした龍が俺の手を握ったまま歩き出す。我慢しようと思ったけど無理で思わず笑ってしまった。


「ぶはっ!…龍、顔真っ赤!」
「うっせぇ!名前が悪ぃ!」


「俺のせいにすっ…んっ!」


龍の癖に、俺の後頭部に手を回したりなんかして格好良くキスをしてきた。すぐに唇は離れたけれど龍は俺から距離を取って歩いていく。何歩か前を歩く龍に追い付こうとしたら、背後から聞き覚えのある声が俺と龍を呼んだ。


「名前!龍!」
「おー!ノヤっさん!」


「はよー!夕!」


俺に背後から飛び付いてきた夕を軽々と受け止めて、そのまま歩き出す。


「もうすぐテストだけどさお前ら勉強してんの?」
「聞くな、名前」


二人同時にそんな声が返ってきて思わず吹き出した。今度のテストもバレー部二年総出で二人の面倒を見ないといけないなぁとのんきに思った。