貴方と共に眠りたい



「大将のことが好きだ」


泣きそうな顔をしながら薬研が俺に向かってそんな言葉を言ってきたのはつい1週間前程で俺はその時、初めて刀剣男士を泣かせてしまった。薬研は声を上げる事もなく、ただ涙を拭っていてそんな薬研に手を差し伸べることも頭を撫でてやる事も出来ずに俺はその日の内に近侍を変えた。薬研が泣き腫らした顔で俺を見ていて、何も言えなかった。
新しく近侍にした一期は弟が迷惑を掛けてしまい、すみませんでしたと謝ってきた。


「……何で謝るんだよ」
「え?」

「ほんとお前らは優しいな」


困惑した表情の一期は何と声を掛ければ良いのか分からないのか俺を見たまま、何も言わない。俺は何も告げないままにお前達の恋慕という感情を捨てさせてしまったというのに。俺は正面で座っている一期に近づいて笑った。


「俺はお前達の事をただの刀としてしか扱っていなかった。だから好きだという感情を向けられて嫌悪感すら感じてしまった」
「主のその考えは間違ってはいませんよ。私達はただの刀ですから」

「一期」
「はい、何でしょうか?」

「お前、相当怒ってるだろ?」
「ええ、それはもう」


笑顔でそんな事をいう一期はいつも以上に笑顔で俺を見つめている。そうだよな、自分の弟だもんな。そういえば何で俺、一期を近侍にしたんだろう。めちゃくちゃ喧嘩売ってるように見られたんじゃないだろうか。


「主の気持ちは私には到底、分かりません。色恋についてあまり深く考えた事がありませんから。ただ薬研が軽い気持ちで主に気持ちを打ち明けたという訳では無いことを知っておいていただければと思います」
「そんな事は分かってるよ」


だから困ってるんだ。現代に居た頃のようにただの悪ふざけで告白されるような感じで済んでいれば良かったのに、そんな事をするような刀達ではないことは俺が一番よく分かっているから…。だから余計に薬研に対して申し訳なく思ってしまう。でも俺は薬研の気持には答えられないのだから、どうせ薬研を悲しませることになってしまうんだけれど。


「主、薬研は主が思っているよりも大人ですよ」
「え…?」


その日から新しい近侍の一期と共に仕事を行う。薬研もそうだったけれど、一期も細かい所に気付くのが早くて助かる。報告書を書きながらそんな事を思っていると障子越しに声が掛かった。


「大将といち兄、夕飯だってよ」
「分かった。ありがとう、薬研。主…私は先に行っておきますので」

「あぁ、分かった。ちょっと区切りの良い所までやってから行く」
「はい、分かりました」


一期が先に部屋を出て俺は報告書を進めていく。何でこんなにデジタル化が進んでいるのに、報告書は手書きじゃないと駄目なんだと何度も思ったがどうやら近侍の仕事として報告書の確認などがあり刀剣男士達はパソコンを扱えないからという事らしい。という事は刀剣男士達にパソコンを教えたら良いのか。そんな事を考えていたら障子が開いた。俺が手を止めて振り返ると、そこには一期と一緒に夕飯を食べに行ったと思っていた薬研が立っている。


「どうした?薬研」
「……大将、あのな聞いてほしい事があるんだが」

「何だ?俺に聞けることなら良いぞ」
「キスってやつをしてほしいんだ」


顔を赤くして言ってきた薬研の言った言葉を俺は思わず聞き返しそうになったが、多分何度聞き返しても、キスしてほしいと言ってくるんだろう。俺の目の前に座った薬研は俺を見つめてくる。


「それをしたら薬研は満足するのか?」
「ああ、この気持ちを諦める」


俺を見つめてくる薬研の色白な頬に触れると、薬研は目を閉じて俺がキスしてくるのを待っている。言われた通りに触れるだけのキスを唇にすると突然、薬研が俺の肩を掴んで畳に押し倒した。俺がキスした薄い唇を舐めた薬研は楽しそうに笑って見下ろしてくる。


「大将は優しいなぁ。キスしろって言ったって別に唇にしなくても良かっただろ?」
「え?あ…」

「それともただ馬鹿なだけか?」


薬研が俺の着流しの合わせを掴んで広げた。俺が戸惑っているのを気にもしないまま、薬研は俺の首筋に舌を這わせ時々、吸い付いて痕を残してくる。段々と火照ってくる自分の体が嫌でしょうがない。男にこんな事をされて反応しているだなんて思いたくもなかった。せめて札だけでもあれば、力を込めて俺の言う事をきかせることだって出来るのに。


「やげん…や、めろって…」
「一期一振の方が好きなのか?大将は」


顔を上げた薬研は今にも泣きだしそうな表情をしていて、俺は言葉に詰まった。それを肯定と捉えたのか薬研は俺の首を両手で掴んだ。


「なぁ、俺さ…大将の名前知ってるんだぜ?」
「え…」


「名前って言うんだろ?大将に良く似合ってるな」


審神者になる人間は神である付喪神に本当の名前を知られてはならない。それを媒介にして、神の世界へと連れ去られてしまうから。政府の人間に一番最初に教えられたその言葉。薬研が言ったのは確かに俺の名前だ。どこでそんな事を知ったのか分からないが、俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。そして首に置かれた薬研の手が何を意味しているのかも、そして今から薬研が何を言おうとしているのかも手に取るように分かってしまって、思わず耳を手で塞ぐ。


「やめろっ!薬研…嫌だ」
「良いだろ?大将。俺とあっちの世界に行こう。それとも死の世界に行くか?」


刀剣男士達は自分の本体である刀と審神者の霊力、そして自分達の元来所持している霊力を使用して神の世界へと強制的に連れ去ってしまう事が可能。
頭の中に書面で書かれたその文章が蘇り、開け放された障子に向かって助けを求めようと口を開く。だがどれだけ助けを求めようと声を出そうとしてもそれが音にはならない。


「一足遅かったな、大将」
「薬研…まさかお前…」

「これで大将は俺の物だ」


第千二百五十一番目 本丸内にて神隠し発生
刀剣保護法に基づき、該当本丸の刀剣男士達の本丸内での記憶を消去。早急に新しい審神者を派遣。
神隠しを行った刀剣ならびに審神者は見つけ次第、審神者は記憶消去、刀剣は刀解処分とする。
なお、神隠し後に発見された例は無い。