名も言われぬ恋をしよう番外編



※本編とは関係ありません。


綺麗になった畑で今日はこんのすけが用意してくれた種や苗を使って作業をする事にした。
今日は刀剣達には出陣や内番もやらせずに休日としている。今日の昼食の準備は出来ているから思う存分に畑で作業が出来る。


「あれ、主?」
「…加州、どうした?」


内番姿でやって来たのは加州で隣には長曽祢がいる。同じように長曽祢も内番姿で立っている。長曽祢は俺を見ると呆れたように溜息を吐いている。内番姿なのはやっぱりそれが一番動きやすいからなんだろうか。俺がそんな事を思っていると、加州は俺の隣に座ってきて土をいじり始めた。


「加州、今日は休みだろ?」
「良いよ。何もしないっていうのも暇だし。長曽祢さんも暇だから主の手伝いでもって部屋まで来てたけど、主がいなかったから探してたんだから」

「あ、そうだったのか…」
「日頃は何かしら用事があってあちらこちらを歩いているんだが、今日は休日だから短刀達や浦島も昼寝をしていて、暇だったんだ」

「じゃあ、申し訳ないが手伝ってもらって良いか?」
「あぁ、任せておけ」


長曽祢が俺の右隣に、加州が俺の左隣に座って種を土の中に入れていく。畑作業なんて人生で一度もやった事が無かったけれど、やってみると楽しいものだ。こんのすけがくれた種の中で今の季節に合っている物だけを埋めた。立ち上がって背中を伸ばして息を吐く。少しだけ疲労が飛んで行ったような気がした。


「ありがとう、加州と長曽祢」
「いや。俺も良い暇つぶしになった。今日の作業はこれで終わりか?」


「じゃあ風呂にでも入るか」
「俺も入るー!泥たくさんついちゃったし」


畑に行く前に風呂を沸かしておいて正解だった。長曽祢と加州と別れて自分の部屋に着替えを取りに行ってから、浴場に向かった。汗をかいた作業着を脱いで浴場に入ると温かい湯気が俺を包んだ。加州と長曽祢も肩の力が抜けたのか穏やかに息を吐いた。


「はぁー…気持ち良い」
「やっぱりお風呂は良いよね」

「疲れが取れるな」


しばらくそのまま三人で湯で温まってから先に浴場を出た。更衣室に置かれた時計を確認すると思っていたよりも長く風呂に入ってしまっていたみたいで、もう夕食の時間になってしまっている。慌てて服を着替えてキッチンに向かうとそこには燭台切と大倶利伽羅が立っていた。


「燭台切、大倶利伽羅…悪い、食事の準備も俺がする予定だったのに」
「良いよ、良いよ。気にしないで。主は今日一日畑仕事や他の仕事で忙しかったでしょ?僕達はゆっくり休めたからね。夕食くらいは準備させて」

「…無理はするな」
「ありがとう、二人とも」


燭台切と大倶利伽羅、風呂から上がってきた加州、長曽祢の四人で料理の仕上げや盛り付け、配膳までを行って賑わう食堂の定位置に皆が着いた。皆が穏やかに笑いながら料理に手をつけている。まだ心の傷が癒えていない者達もいるかしもしれないが、少しずつそういった物も無くしていけたら良いなと思う。


「主、何考え込んでんの?」


少し考え事をして箸が止まっていると、加州が俺の顔を心配そうに覗いてきた。加州は俺の顔色の変化や表情の変化を読み取るのが上手い。少しの変化も見逃さない。加州が現代の政界で普通の男として生活していたら、とても女性にモテそうだなと感じた。余計な事だろうから言いはしないけれど。
加州の言葉に首を左右に振って返事を返す。


「何でもない。少しぼーっとしてただけだ」
「そう…今日は主、色々動き回ってから疲れてるのかなと思ってさ」

「大丈夫だよ。加州達はいつもこれくらい動き回ってるだろ?」
「俺達はちゃんと鍛えてるから。主はただの人間なんだから。……急に倒れちゃったりしたら、俺泣くから」

「まぁ、加州の目の前で倒れた事はあったよな」
「ほんと。あ、主…はい」


日本号達から拝借してきたのか加州と俺の間には盆が置かれていて、その盆には徳利とお猪口が置かれている。お猪口を持つと加州がそこに酒を注いでくれる。とても絵になる光景だった。俺も加州が持っているお猪口に酒を入れて、お互い静かにお猪口を合わせてから口をつけた。酒の香りが鼻を刺激して喉を通っていく。


「ん、美味い」
「俺、いまいち酒の美味しさって分かんないんだよね」

「そうか…まぁ、酒は好き嫌いがあるからなぁ…」
「主、飲んでいるか?」


徳利とお猪口を片手に声を掛けてきたのは、さっき一緒に風呂に入った長曽祢だった。俺達の所に来る前にかなり飲んだのか、少し頬と耳が赤くなっている。


「まぁ、ぼちぼち飲んでる。俺は酒はあんまり強い方じゃないから」
「そうか、なら訓練していくか」

「え?」


ようやく空になった俺のお猪口にまた酒が並々と注がれて、思わず眉間に皺が寄った。


「ちょっと長曽祢さん!」
「入れすぎたか?」

「これで最後だからな」


加州が止めに入るがせっかく注いでくれたのだからとそれを何とか飲み干して、息を吐く。その時、視界が揺れて顔が熱くなってくる。飲むならさっさと飲み切ろうとほぼ一気に近い状態で飲み干してしまったからだろうか。何とかお猪口は盆の上に置いて、加州に体を預けた。


「ちょっと…長曽祢さん…」
「まさかここまで弱いとはな」


長曽祢は自分が持っていた酒を同じように盆に置き、なるべく振動を加えないように静かに抱き上げた。仄かに酒の匂いに交じって名前の匂いを感じながら、食堂を出た。長曽祢は冷えた本丸の廊下を歩きながら、審神者の部屋の戸を開けた。悲惨な状態だった頃から良くここまで直した物だと感心するが直接それを名前に言ったりはしない。
名前を一度、畳に寝かせてから布団を敷く。


「な、がそね?……ごめん、だいじょうぶ」


小さな声でそんな言葉が聞こえてきて、長曽祢は苦笑いしながら名前の頭を撫でた。


「俺が飲ませすぎたせいだ。すまなかった」
「でも…あの酒、美味しかったから良かった」

「そうか。それなら良かった。加州が今、水を持ってきてくれるそうだからそれを飲んで、今日はゆっくり休んでくれ」
「ごめんな、ありがとう。

「主、水持ってきたよ」
「あぁ、ありがとな。加州」


俺は長曽祢が敷いてくれた布団から起き上がって、加州が持ってきた水を飲んだ。独特のアルコールの違和感が喉にずっと残っていたのが流されていく。空になったコップを加州に渡して、布団にもぐった。


「今日は迷惑ばかりかけて悪かったな」
「別に良いよ。俺、主の刀なんだし」

「これから一緒に生活をしていくんだから、何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」


長曽祢から心強い言葉をもらって、目を閉じた。部屋の中に加州と長曽祢がいてくれたおかげか、いつもよりゆっくり安心して寝れるようになったと思う。



名も言われぬ…番外編。ほのぼの。加州ともう一振り