秘密のつまみ食い



仕事も落ち着いて来て、今日予定していた書類や刀剣達の当番も終わった。たまには俺が皆のご飯でも作るかなと自室を出た。廊下を通っている間に刀剣達の部屋を通ると暑いからか部屋の戸がほとんど開いていて、皆内番着姿で眠っていた。珍しく一期もその中に入っていた。弟達にはしっかりと布団を掛けている所はさすが粟田口の兄さんというところか。


「あ…光忠」
「主、どうしたの?」


刀剣達の言い方で言うと厨。俺は普通に台所って言ってるけど。そこに着くともう既に台所の主みたいになっている光忠がいた。不思議そうに俺を見る光忠の前には今晩の準備なのか獲れたての野菜や調味料が置かれている。


「あー…うん、ちょっと来るのが遅かったかな」
「え?」

「夕飯、今日は俺が作ろうかなと思って」
「主って料理できるの?」

「まぁ、人並みにだけどな。いつもは歌仙や光忠が楽しそうに作ってくれてるから邪魔しちゃ不味いかなと思ってあまり入らないようにしてたんだけど、今日は仕事も早く終わったから」
「そっか。なら僕の手伝いしてくれないかな?」

「分かった。何でも言ってくれよ」
「よろしくね」


とりあえず主食から作ろうかと材料を切る事になった。きっと光忠の事だから俺が聞いた事もないような洒落た料理を出すのかと思っていたら、今日はハンバーグらしい。俺としては、何を手伝ったら良いのか分からないような状態よりは良いから何度も作った事のあるハンバーグで助かった。指示された材料を切って、ボールに移す。


「あ…そういえば…エプロンした方が良いよね」
「あぁ、そうだな。歌仙のでも…」

「歌仙くんのは僕がつけるから、主は僕のをつけてよ」
「あぁ、うん。分かった」


壁に掛かっている歌仙の割烹着を光忠に渡して、俺は光忠からエプロンを受け取ろうと手を伸ばしたら何故かその手に渡されずに光忠が直接、俺にエプロンをつけた。腰に腕が回って、紐を結ばれる。短刀達にはいつもこんな事をしているんだろうか。


「はい、出来たよ」
「…エプロンくらい自分でつけられる」

「ごめんね、僕が主につけてみたかったんだ。良く似合ってるよ」
「そうか?まぁ、似合ってるなら良いけど」


俺が切った玉ねぎを炒めて、冷ましている間に次の料理に取り掛かる。まぁ、メインがハンバーグだけじゃ満足するような奴等じゃないしな…。ふと視線を壁に掛けてある時計に目を向ける。夕食には少しだけ早いけれど全て完成して盛り付ける頃にはきっと、ちょうど良い時間になっているだろう。


「なぁ、光忠はいつもこんな時間から夕飯の準備してるのか?」
「そうだよ」

「……ごめんな。いつも」
「どうして主が謝るんだい?」

「だって…普段はあまり俺は手伝えないし、今日は歌仙も出陣に出てもらったから一人で作るつもりだったんだろ?」
「うん、でも…主が頑張ってるのは僕達みんな知ってるよ?」


優しい言葉を掛けてくれる光忠だけど、手は相変わらず止まらずに動いている。さすがだなぁと思いながら、その手つきを見つめていたら光忠から声を掛けられた。


「主、手が止まってるよ」
「えっ、あ…ごめん…」

「どうかした?」
「いや、その…光忠はいつもこうやって俺達のご飯作ってくれてるんだなと思ったら凄いなって思って。あっという間に料理が出来ていくから」


頭の中で何とか今の自分に適した言葉を絞り出すようにして口にする。もっと伝えたい事はあるけど、上手く言葉になってくれない。こういう時に学校の先生や両親に言われていた「本を読みなさい」を実行しておけば良かったと思う。


「主もすぐに出来るようになるよ」
「俺は光忠の料理が食べたいからあんまり作りたくないなぁ」

「えぇ、僕は主の作る料理が食べたいけどな」
「じゃあ今度、俺の知ってるお菓子作るから一緒に食べよう」

「本当?楽しみにしてるね」


そんな話をしている間に俺はハンバーグを作り終えて、皿に盛りつける。時間も丁度良くなっている。短刀達にお願いして広間に皿を運んでもらっていると、光忠が俺の肩を叩いた。


「どうした?」
「主、これ味見してみてくれる?」

「え?でもこれ…」
「ちょっと余っちゃったんだ」


光忠が差し出すスプーンに乗っているのは今日のデザートでさっき光忠が作っているのを見ていた。味見なんて必要ないような物で…。光忠は微笑んで俺を見ているだけで、何も言わない。差し出されたスプーンをくわえた。控えめな甘さが口の中一杯に広がる。


「これ…」
「主はあんまり甘い物が好きじゃなかったみたいだから。甘さ控えめにしてみたよ」

「ありがとう、わざわざ作ってくれたんだな」
「うん、しばらく気付いてあげられなくてごめんね」

「いや、全部美味しかったから大丈夫だ」
「短刀の子達に合わせていたからついつい甘めに作っちゃうんだよね」


楽しそうに話をしている光忠に手を伸ばそうとして、台所に短刀達が入ってきた。すぐに手を引っ込めて、そちらに視線を向ける。


「もう運ぶものは無いか?」
「あぁ、ありがとな。薬研。先に行っててくれ」

「分かった。大将も燭台切の旦那も早く来いよ」
「うん、すぐ行くよ」

「じゃあ行くか」
「その前に主、さっき僕に何かしようとした?」


俺の反応を見て楽しそうにしている光忠は俺が何か言うまで広間に行く気はないみたいだ。戸惑いながらも俺は光忠を見上げて、手を伸ばす。少しだけ膝を曲げてくれた光忠に近づいて、触り心地の良い頭を撫でる。何かされるとは思っていたみたいだけど、そんな事だとは思わなかったのか少し驚いた表情をしていた。


「予想外だったか?」
「うん、少しね」

「いつも頑張ってくれてるから」
「…主は優しいね」

「お前もな。ほら早く行こう」
「うん、行こうか」



光忠×審神者 ほのぼのお料理