自害を促す刀
いつもいつもそうだった。俺は大事な人を殺す役割の刀だった。いつしか俺は自害を促すときの刀として用いられるようになった。
そんな俺が新しい主の元に降りたとき、主の隣にいたのは薬研藤四郎という刀だった。
「しばらく薬研の世話になるといい」
「分かりました」
主が部屋に帰っていく背中を見届けて振り返ると薬研が穏やかに笑っている。
「俺っちは薬研藤四郎だ」
「……名前です。よろしくお願いします」
差し出された手を握って挨拶を交わすと薬研は自嘲気味に笑う。
「大将も人が悪いよな。主をきちんと自害させることが出来なかった俺とお前を一緒に行動させるなんて」
「えっ……」
「ほぼ同じ時代を生きてきたんだぜ?これでも」
「そ、そうだったのか……悪い。もしかしたら顔でも合わせてたかもしれないな」
「合わせてたぜ。あんたは俺の事、視界にも入れてなかったみたいだけどな」
突然顔を近づけてきた薬研から距離を取ろうとするけれど、薬研の手が俺の腰を引いてきてそれ以上の抵抗が出来ない。
「や、やげ…」
「薬研、何をしているんだ?お前は…」
外から聞こえてきた声に視線を向けると、そこには呆れた表情で俺達を見る男の人がいた。
「大将から新人の面倒見るの頼まれてたんだよ」
「主命をきちんとこなせ。お前が新しい刀か。俺はへし切長谷部だ」
「名前です。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
挨拶を済ませると早々に長谷部さんはどこかに歩いて行ってしまった。また二人きりになり、気まずさが襲ってくる。俺は外に視線を向けたまま、何も言わなかった。
「……まずはこの屋敷を案内する」
「あぁ、わかった」
時々登場する聞きなれない文字に戸惑いながらも、案内されるがままに建物の中の構造を頭に叩き込んでいく。トイレやキッチンなんて言葉は初めて聞いた。
この建物は外から見たら和風な作りだが中は畳では無いし、障子なんかもない。
「まぁ、こんなもんだな」
「わかった。案内してくれてありがとう」
あまり薬研に良い感情を持たれてはいないが、きちんと案内をしてくれた事に関しては礼を言った。すると薬研は少し驚いたような表情をしてから頭を掻く。
「さっきはすまなかった」
「いや、俺も会ったことのある奴の顔を覚えていなかったんだから悪かった」
「違うんだ。あれは…本当に俺が少しだけ見ただけだから。綺麗な刀だと思って見惚れてた」
「えっ…あ、ありがとうな。そんなの言われた事が無かったから」
廊下を歩く薬研の後ろを着いて歩くと薬研は縁側に座り、隣を軽く叩いた。それに従って隣に座る。どこかに飾ってある風鈴の音が聞こえてくる。
「俺は前の大将を自害させられなかったんだ」
「…俺みたいな刀もどうかと思うけどな。部下に渡して自害を促すんだぞ?短刀だから戦にたくさん出れるなんて思ってはいなかったけど…こんな生き方少し嫌だったな」
「俺たちは人間じゃねぇのに他人の持ってる物を欲しがっちまうなぁ。嫌なもんだ」
「そうだな」
そこからは何て事のない話をしながら食事の声が掛かるまでの時間を過ごした。
皆に紹介をされてから薬研に手招きをされて、隣に座る。
「すっかり仲良くなったみたいだな」
主がそう言ってくれて俺も笑って返す。仲良くなったのかどうかは分からないけれど、他の人から見てそう思われるということはそうなんだろう。
「名前、風呂行くか?」
「風呂……行く」
薬研に指示された物を持って風呂場に行くと、俺と薬研しかいなかった。広い風呂場で服を脱いで鏡の前に座る。
「…………」
薬研が慣れたように手を動かしているのを真似するようにしながら、俺は頭を洗う。髪を洗い流してから次は何をするのかと見ていたら薬研と目があった。
「背中洗うぞ」
「今度は体か」
泡を立てた布を持った薬研が俺の背後に回ってくる。何をするつもりなのかと思ったら俺の背中を薬研が洗ってくれている。
「薬研?」
「後で俺の背中も洗ってくれよ」
「分かった」
丁度良い強さで擦ってくれているせいか気持ちが良い。少しうとうとしてしまっていたら、薬研が背中の泡を落としてくれていた。
「名前?」
「ん…次は俺か」
「何だ?気持ち良かったか?」
「ん、薬研の手が気持ち良かった」
笑って返事を返して、薬研から泡を立てた布を受けとる。風呂のせいで薬研の顔が赤くなっていて俺もそんな顔なんだろうなぁと思う。体全体が温かくなって心地が良い。
薬研の背中に布を当てて擦る。
「痛くないか?」
「大丈夫だ」
すぐに返事が返ってきた事に安堵して、背中を洗ってお湯で泡を流した。薬研に手を引かれたまま歩き、肩まで湯に沈んだ。
「どうだ?初めての風呂は」
「気持ちが良いな。人間っていうのも良い物だなぁ。飯も美味いし、退屈もしない。それに戦にも出れるんだろう?」
「あぁ。まぁ俺達は短刀だから夜戦が主だけどな」
「楽しみだ。薬研と早く戦に行けるように鍛練しておかないとな。俺も」
何百年ぶりだろうか。数えた事は無いけれど、しばらく戦になんて出たことは無かった。蔵にいるか城の中で飾られているか、店で売られているか
そんな経験しか俺はしてこなかった。
「なぁ、名前」
薬研が声を掛けてきて隣を向くと、少し薬研の顔が近くにあって驚くが黙ったまま話の続きを待つ。俺達以外には浴室には誰もいなくて声が良く響いた。
「大将から聞いただけだから俺も良く分からねぇんだが……一目惚れって信じるか?」
「え?何だよ、突然。俺に色恋の話なんかしても良く分からねぇよ」
「あ、粟田口の兄弟の話なんだけどな……」
そう言って話始めた薬研は兄弟の話だと言いながら、照れ臭そうにして俺をずっと見つめていた。