敵と味方



「名前さん、もうこれ以上は無理です」
「お前の感想は聞いてない。さっさと終わらせろ」


「名前さん。あの……この書類の事なんですが…」
「今日までといったら今日までだ。やれ」




「苗字監察官、そろそろお時間です」
「分かった。お前等、出来た書類は置いておけ。俺は監査に行ってくる」


隣に秘書を従えて今回、視察する本丸へ移動する為に椅子から立ち上がる。すぐ隣に立て掛けておいた杖を持ち、秘書の隣をゆったりと歩く。指紋認証で入るその部屋は限られた者しか入る事は許されていない。
自分の名前が書かれたロッカーを指紋と声帯認証で開けてから、刀を手にした。


「よろしく頼むぞ、一期一振」


鞘を撫でてから腰にそれを差して指定された本丸位置番号を門の前に設置された機械に入力すると、重い音を立てて門が開いた。


「今回はよろしくお願いします」


本丸へ足を踏み入れると、空気自体は通常の本丸と大して変わりは無いように見えるが刀剣男士を見ればほぼその本丸がブラックかどうかが判別できる。
挨拶に来たのは近侍に置く審神者が比較的多いへし切長谷部だ。特別に支給された眼鏡を通してみると、錬度や疲労度まで表示される。このへし切長谷部は一般的な本丸と同じような状態だ。


「…………」


前を歩く長谷部に着いて行くようにしながら、辺りを見回す。本丸の庭も手入れが行き届いている。庭では短刀達も元気良く遊んでいる。短刀達もきちんと手入れされている。


「こちらです」
「ありがとう」

「いえ……」


長谷部が廊下を歩いていなくなった事を確認してから、静かに審神者の部屋から離れた。杖を静かにつきながら廊下を歩く。しばらく歩いていくと、どこの本丸にもある倉庫があった。


「鍵……」


倉庫にしては頑丈すぎる鍵が掛けられ、鎖と札によって封じられているそこに眼鏡を掛けた視線を向けると中に刀剣男士の存在を認識出来た。細かな情報までは表示されてはいないが…


「面倒な事を…」
「おや、主さま以外の人間がいらっしゃるようだ」


「うっ!」
「ここの監査というやつを行いに来たのですか?」


突然、背後から声が掛かり振り返ろうとした時には壁に背中を強く打ち付けられていた。握っていた杖が手から離れてしまった。


「こ、ぎつね……まる…」
「ええ、こぎつねでございますよ」


身動きが取れないように首に手が回り、顔を近づけてくる。何を嗅いでいるのか頻りに首筋へと鼻を触れさせる。


「あぁ、ここか……」


俺が腰に差している一期一振に触れようとしてくる。その手を払い、小狐丸と距離を取る。床に転がった杖を何とか拾い上げて、振り返る。


「何をそんなに怯えていらっしゃるのですか?」
「お前がこいつに触れるな」


「主さまの考える事を邪魔されるつもりなのでしょう?」
「お前の言う主さまがきちんとした考えを持っているなら、俺がここに来る事は無かっただろうな」


小狐丸に背を向けて、とりあえずあの倉庫の事をどう答えるつもりなのかこの本丸の審神者に聞くとしよう。


「政府から参りました。本日の監査を担当する者です」
「どうぞ」


返事を聞いてから部屋に入ると、そこには書類を書いている審神者と近侍の燭台切がいる。


「事前に先程、この本丸内を少し見させていただきました」
「え、そう…ですか…」


「……気になる点は幾つかありますが…一つずつ聞いていきましょうか」


俺の足の事を気遣ってか用意された椅子に座り、審神者を見る。面白いくらいに視線が全く合わない。


「まずこの本丸にはどうしてこれだけ刀剣男士が揃っておきながら、脇差が一振りもいないんですか?」
「い、今……遠征に行かせているんです。一番長いやつを」

「一番長いというと、奥州遠征ですか。失敗ですね。脇差ばかりを連れて奥州遠征では」
「あ、そ、そうですね…」


下を向いて自分の膝を見つめるようにしながら審神者は話している。あの倉庫には一振り分の刀剣男士の反応は認識できたが、もしかすると他にもいるのかもしれない。


「…………では次です。政府からの物資をおさめる為に各本丸に与えられている倉庫ですが…どうしてあそこには厳重に鍵が掛けられているんですか?そこに脇差達を拘束している訳ではありませんよね?」
「さっきから聞いていたんだけど、君は主が何かしたみたいに言っているよね?」


横にいた燭台切が不愉快そうに眉を寄せて、俺を見てくる。どいつもこいつも…建前上は監査だが、告発をきちんと受けてからの物だという事を誰も知らない。この本丸の管理者である審神者でさえ。
何も言わない審神者を見て、思わず溜め息を吐く。


「お前は審神者を何だと思っている?私達にとってお前はただの駒だ。指示された事も出来ず、報告事項も期日を守らずにいる分際で偉くなったつもりか?お前が偉いんじゃない。お前は刀剣男士がいなければ何も出来ないただの人間だ。勘違いするなよ」
「はい、すみません……」

「答えろ、脇差をどこにやった?」
「………………」


口を開こうとしない審神者に胸ポケットにおさめた書類を取り出す。これには審神者の今までの鍛刀、ドロップで入手した刀剣男士の数や本丸の刀剣男士に関する事がまとめられている。


「政府は面倒な事はしないと思っている審神者が何人もいらっしゃるようですが…きちんと管理しているんですよ。何を鍛刀や錬結しただとか、何回この刀剣男士は出陣しただとか」
「…………」

「どうしても言わないのなら…こちらも考えがありますよ」


俺が指を一度鳴らすと、首に掛けたネックレスが短く光り審神者の横に座っていた燭台切が刀の姿に戻った。


「えっ……光忠」
「脇差を使いたくないと思っていらっしゃるなら使わないといけない状況にしてあげましょう」

「止めてください!」


審神者が大声を上げて、刀になった燭台切に霊力を与えようとその刀を抱き締めるように握った。だがその刀はもう人間の姿を取る事は無い。


「素直に言った方が自分の為だったというのに」
「っ……ストレスが…溜まってて」

「何だって?」
「だからっ!ストレスが溜まってたんです!」


刀剣男士達は個々に少しずつの差があるとはいえ、皆大体は顕現された審神者に従うように作られている。だから審神者が何かをしていたとしても、止める者はいない。


「鍵を寄越せ」
「…………」


無言で鍵を俺に渡してきた審神者からそれを受け取り、杖を片手にゆっくりと立ち上がった。


「お前は今後一切、審神者という業務をするな。この本丸も解体だ」
「えっ……嘘、嫌です!待って!」

「大した霊力も持っていないのに、ここまで良くやったな。だがそれも今日で終わりだ」


すがりついてこようとする審神者を振り払い、さっきの倉庫へと向かう。鍵を開けて鎖を解き扉を開けると、そこには青あざや血を流している脇差達がいた。自分達が所持していた方は奪われているようだ。


「…………本丸番号、千六百一番。監査官苗字より。この本丸の解体、並びに刀剣男士達を保護し、保管せよ」


何もない空間にそう命じると、次々とこんのすけが召喚される。後の事はこんのすけに任せて俺は職場へ帰る事にしよう。そう思っていたら、聞き慣れない声が聞こえて腕を引かれた。


「余所見はいけませんよ。主」
「なっ…!お前…」

「退いてください!」


振り返るとそこには自分の刀を握り締めた平野がいた。一期一振はその事に気付いて、俺を守った…のか?
平野は俺を睨むようにしながら、刀を構えている。


「…………平野藤四郎だったか。」
「…………僕達の主君に何をした!」

「仕える先を間違えさせてしまったな」
「え?」


平野が一瞬、気を緩めた時…何もない空間から飛び出てきたこんのすけが意図も簡単に平野を元の刀の姿へと戻し、乾いた音を立てて床に転がった。


「…………」
「俺がお前に刀剣男士としての形を取らせなかったのは…そんな顔、見たくなかったからだ」

「……申し訳ありません。主の意思に反した行動をとって…っ、しまいました…」
「助かったよ、一期一振。帰るぞ」


泣きそうな顔をした一期一振が俺の半歩後ろを歩いて、静まった本丸を後にして本部へと戻った。