桜の木の下で思う



自室に入ると俺は他の誰かと同室のようで幾つか見たことのない私物が置かれていた。部屋には本棚が置かれ同室の奴の趣味なのかそれとも大将の趣味なのか、写真関連の書籍が並んでいる。大将は立派なカメラを持っていたからこれは大将のか。


それを手にとって暇潰しの為に目を通していると、誰かの足音が聞こえてきた。視線を上げて本を片手に持ったまま部屋を出る。


「おや、新しい刀が来たと聞いたけど……同室だとは思わなかったよ。」
「今日からここで世話になる名前だ。よろしく頼む」


「私は石切丸。ちょうど加持祈祷を終えた所でね、少し休憩をしようと思っていたんだ」
「そうか。なら俺は少し席を外す事にする」


この建物の中を歩き回ってみるのも良いだろうと本を片手に部屋を出ようとしたら、石切丸が俺の腕を掴んだ。


「君も一緒に休憩しないかい?少し話し相手が欲しいんだ」
「……分かった」


俺が了承すると少し童顔に見える顔が柔らかく動いて微笑んだ。


「じゃあお茶と菓子を持ってくるから待っていてくれるかい?」
「あぁ、ここで待っている」


縁側に座り、カメラについて書かれていた本を読む。特に興味もないが今は腕や足がある。戦場しか行けないが趣味なんて物を作っても良いのかもしれない。


「待たせたね」
「いや、大丈夫だ」


本を隣に置き、石切丸に差し出されたお茶の入った湯飲みを受けとる。熱さが手に伝わってくる。今まで埃の臭いや血、体の中の感触は感じた事はあるけれどあまり熱さを感じた事はない。


「君の事を色々と聞かせてもらっても良いか?」
「あぁ。俺は片倉景綱様に使用された刀で、太刀だ。来国行が作ってくれた」


「そうか。なら彼は君の兄ということになるんだね」
「そうだな。だが俺は……仕事をしない奴は嫌いだ。自分に仕事を与えられているにも関わらず、きちんと全うしない。やりたくても出来ない奴だっているかもしれないのに」


熱そうなお茶にゆっくりと口をつけて飲む。体の芯から少しずつ暖まっていくのが分かる。人間はいつもこんな感覚で生きているのか。湯飲みに入ったお茶を眺めながらそんな事を考えていると、視界に無理矢理石切丸が入ってきた。


「うわっ!」
「浮かない顔をしているね」


「別に。いつもこんな顔だ」
「君は色々な主の元を渡り歩いてきたのかな?」


無言で首を左右に振り、湯飲みを撫でる。


「あの方だけだ」
「そうか。私はね御神刀だったからほとんど戦に出た事はないんだよ」


刀なのにおかしいだろう?そう言って穏やかに笑う石切丸は、俺に小さな皿に乗った菓子を差し出してきた。それを受け取って一口食べた。


「甘いな」
「でも美味しいだろう?」


「そうだな、美味い」
「名前ー!石切丸ー!」


また庭の茂みから突然、登場した大将は草を頭や肩につけたまま興奮した様子でカメラを構えた。


「こうやって指立てて、そうそう。それで笑顔な!」
「た、大将…さっきから…」


「名前」


隣に座っていた石切丸が穏やかな声で俺を呼ぶ。視線を上げると大将の指示通りに人差し指と中指を立ててポーズをしている石切丸がいる。


「…………」
「不満そうだね」


可笑しそうにそう言ってきた石切丸には何も返さずに指示された通りのポーズを取って、すぐにその場から逃げた。


俺は別に綺麗な刀でもないし、どちらかというと古くさい埃を被っていたようなどうしようもない刀だ。片倉様の手に渡ってからは、そんな事を思う事は無くなっていたのに。


「…………」


この姿になったら片倉様には使ってもらえないけれど、片倉様とお話が出来たかもしれない。刀の時よりも長く一緒にいられたかもしれない。
宛もなく屋敷の中を歩いていると一本の桜の木があった。近くに置いてあった履き物に履き替えて、その木に近づく。


「…………」


生暖かい風が俺の髪を揺らし、桜の木も揺らす。花弁がいくつも枝から離れて落ちていく。


「かた……」
「名前」


国行の声がしたがそれを無視して、桜を眺める。


「名前!」
「いっ!」


強く腕を引っ張られて痛みに顔を歪める。振り返ると国行が見たこともないような表情をしていて、言葉を無くす。


「今の主はカメラ好きの若者の方やろ」


「っ……そんなこと分かってる」
「分かってないわ…………桜見とる名前見たら、どっか飛んでいくような気ぃした」


「……来たばかりで戸惑ってるだけだ。一人にしてくれ」
「はいはい」


国行は呆れたような表情になり、俺の頭を国俊達にするように撫でてから屋敷の方へ戻って行った。


「…………」 


飛んでいけるものなら飛んで行っている。






石切丸は逃げるようにして廊下を走って行った名前の背中を視線で追い、自分の分の菓子とお茶を飲んだ。


「なぁ、石切丸。俺、何かマズいことした?」


不安そうな表情で石切丸に聞いてきたのはここの本丸の審神者
成人していると聞いていたがどこかまだ幼さが残っているような気がすると、石切丸は常日頃から感じていた。新しい刀が来た時には余計にそれを感じる。


「何も変な事はしていないけれど、私達刀は本体を撮られる事はあっても自身を撮られるなんて経験したことがないから戸惑ってしまったんじゃないかな」
「そうか。悪いことしたな」


カメラを大切そうに持って落ち込む審神者を手招きして、石切丸は隣に座らせる。


「でも私は君のそういう所、嫌いじゃないよ。新しい刀剣が早く皆に馴染むようにしてくれているんだろう?」
「そうだけど…大倶利伽羅みたいな奴もいるしな」


「そうだね、まぁ気になるのなら本人に直接聞いてみるのも良いんじゃないかな?」
「そうだな。夕飯の時に名前のこと紹介しようと思ってたし、落ち着いたら聞いてみるか」