守りたいけれど苦しい
しばらく目を覚まさなかった名前を守るようにして傍には加州がいた。一日、二日と日が経っていく内に加州は段々と嫌な思いが甦ってくるのを感じた。
「あるじ」
規則正しく寝息を立てて眠っている名前の肩を掴んで、無理矢理にでも起こしてしまいたい。そんな事を考えてしまう程、加州は追い詰められていたし酷い顔をしていた。
「ん……」
「主!?」
ほんの小さな声にも反応して名前の顔を見つめる。名前が眉を寄せてゆっくりと目を開けた。
「加州、心配掛けたな」
「もう良いから。ちゃんと目開けてくれたし」
「泣きそうな顔してるぞ」
「主のせいだから」
加州の視界を埋めていく液体を名前は優しく拭って、起き上がる。頭でも撫でようかと手を伸ばそうとしたら、それよりも早く加州が名前に抱きついた。
「加州?」
「うるさい」
どうしたら良いか、少し考えて名前はゆっくりと加州の背中に腕を回す。部屋の外から足音が聞こえて視線を上げるとそこには顔だけを覗かせた乱がいた。
しばらく俺は加州を慰めるように背中を撫でた。乱は審神者という存在自体をきっとまだ怖がっているんだろう。廊下から顔だけを覗かせて、軽く会釈をしてからどこかに歩いて行った。
「加州」
「…………」
体を離した加州の頭を撫でて、服を正しながら部屋を出る。あの倒れてしまった時に宗三、燭台切と一緒にいた無口なもう一人の彼を手入れする事が出来なかった。
「……主」
「何?」
「まさかもう他の奴らの手入れに行こうとしてんの?」
「え、駄目?」
「駄目に決まってんだろ!三日寝てたけど、それだけ疲労が溜まってたって事なんだから!」
「蜂須賀虎徹って刀が……もう危ない所まで来てるんだ」
俺の言葉に加州は大きなため息を吐いて、立ち上がる。
「じゃあ俺は厨を綺麗にしとく」
「よろしくな、頼りにしてる」
「倒れるまでやらないようにね」
「分かってる。あ、そうだ。加州」
「何?」
「部屋、綺麗に掃除してくれてありがとう」
「うん」
部屋を出て廊下を歩く。蜂須賀の事を出したけれど、彼がどこにいるのかは全く分からないし適当に歩いてもし好戦的な奴等に出くわしでもしたら、面倒だ。
「どうすっかな」
「大将、どうした?」
綺麗になった白衣を着た薬研が酒を持って俺の隣に座る。お猪口を俺に持たせて酒を注ぐ。俺も薬研が持ったお猪口に酒を注ぎかえす。
「蜂須賀を見なかったか?」
「まさか手入れするつもりか?一番、難易度が高そうな所を選ぶんだな。大将は」
「やっぱり危険だと思うか?」
「まぁな。どうせもう色々聞いてるだろうから言うけどな、蜂須賀虎徹は二回目の大将の初期刀なんだ」
二回目…と思わず繰り返して酒を飲む。俺が知っているのはあの審神者だけだ。その前の審神者の事は知らない。
「一番最初の人は良い人だったらしいんだ。ただ治ってたと思ってた持病が悪化しちまって、そのまま亡くなって来たのが蜂須賀の旦那を初期刀に選んだ審神者だったらしい」
「…………」
「最初は良い人だったみたいなんだ。ただ政府から言い渡される期間が限定された刀剣とかが現れると、すぐに俺達はボロボロになっていったし…俺みたいな短刀はどんどん折れていった」
「そうか……」
「蜂須賀の旦那が責任を感じて色々と根回ししたり、声を掛けたりして頑張ってたらしいんだが……次第に普通の時も大怪我を負っても放置されるようになった。俺達は何も出来なかったし、ああなっちまったのは仕方ないのかもしれない」
「…………なぁ、薬研。ここの手入れ部屋には資材はまだあるのか?」
俺の言葉に下を向いていた薬研の視線が上がる。少し考えるようにして黙ってから口を開いた。
「最近はほとんど使ってなかったからな。新しい刀も来ていないから、余ってるくらいじゃないか?」
「そうか、なら良い。脅してでも連れて行く」
「は?」
薬研がぽかんとした顔で俺を見上げる。俺は腕を伸ばしたりストレッチをしながら、やけくそのように近くにある障子という障子を開けて回った。そこに蜂須賀がいなければ、すぐに閉める。
「見つけた」
俺が思わず声を上げると蜂須賀の傍にいた誰かの体が震えた。部屋の隅に座り込んでいた二人に声を掛けようとしたら、肩に亀を乗せた少年−脇差の浦島虎徹が俺を睨む。
「蜂須賀兄ちゃんにこれ以上、何させるつもりだ!」
刀を抜いて俺を睨む浦島も傷だらけだ。この本丸には無傷な…それか軽傷くらいの刀はいないのか?
女の審神者なら気に入った顔の刀剣のみ熱心に手入れをするという話は聞いたことがある。
「浦島虎徹か?」
「…………」
「このままだとお前の事も傷つけるようになる」
「え?」
「本当に懲りないんだな、君は」
「は、蜂須賀兄ちゃ……」
立ち上がった蜂須賀は弟の呼び掛けを無視して、俺を見つめているつもりなんだろう。俺から少し逸れた場所を見つめている。
「お前は弟が大切じゃないのか?」
「弟をどうするつもりだ?」
「さぁな。俺の気が変わらなかったら……今、お前が考えている事をするだろうな」
「っ!……俺は何をしたら良い?」
「は、蜂須賀兄ちゃん!俺はここにっ……」
「大人しく俺に着いて来たら良い」
浦島が声を掛けてもそれすら聞こえていないようで、どこか分からない空間を見つめている。蜂須賀に向かって手を伸ばすと簡単に俺の手に自身を重ねた。気が変わらない内にさっさと手入れ部屋に連れて行こうと手を引く。
「そこに座れ」
手入れ部屋に着き、蜂須賀を座らせ道具を用意する。睨みながら刀を差し出した蜂須賀は俺の行動を見逃さないようにしている。静けさに包まれた空間で少しずつ刀の傷を修復していく。蜂須賀に纏わりついていた黒く暗い空気が段々と消えていく。そして刀の傷を全て修復を終える頃には、すっかり日も落ちていた。
「終わったぞ」
「…………礼は言わないからな」
元の位置に刀を戻した蜂須賀はそれだけを言うと手入れ部屋を出ていった。蜂須賀がいなくなると体に一気に色々な物が押し寄せてきて、ため息を吐く。体が重くなりまた加州に心配を掛けさせてしまうかもしれないと苦笑いした。