全ての傷が癒えた時
「主……」
週に何度か長曽祢が夜中に俺の部屋にやって来るようになった。思い詰めたように眉を寄せて俯き、震えた声で助けを求める。
「長曽祢、おいで」
パソコン作業を途中で終わらせて、部屋に入ってきた長曽祢に手招きをする。日中は良い兄で蜂須賀の言葉も苦笑いで流してしまうようなやつだが、夜になって皆が眠り始めた頃にどうしようもない罪悪感とこの本丸には今はいない短刀達から罵られるような錯覚に似た物を良く見るという。
「主…もう無理だ」
「長曽祢、大丈夫だ。短刀達はそんな事言わない。それにお前がやりたくてやっていた事じゃないって皆、知っている」
長曽祢を抱き締めて落ち着くように穏やかに声を掛ける。何度か長曽祢を呼んで、背中を優しく撫でる。俺の肩に頭を置いて何も言わないまま、背中に腕を回してきた。
「主」
「何?」
「俺は……ここに…」
震えた声が恐る恐る言葉を紡ごうとしていて俺は黙って続く言葉を待った。長曽祢の言葉を待つ間が異様に長く感じて、心臓がうるさく鳴る。俺の背中に回った腕の力が少し強くなり苦しくなる。ただここで俺が苦しいなんて言ってしまったら長曽祢が次の言葉を言うのを止めるかもしれないと思ったら、俺は何も言えなかった。
「俺は……」
「長曽祢兄ちゃーん!」
浦島の声が聞こえてきて、長曽祢はすぐに俺から体を離した。少しだけ赤くなっている顔を隠すようにして俺に背を向け部屋を出ていく。すぐに浦島と長曽祢が会話をする声が聞こえた。
「寝るか……」
押し入れから布団を取って、畳に敷いて潜り込んだ。冷たい布団が気持ち良い。廊下に掛けてある風鈴と蚊取り線香の匂いが障子の隙間から入ってくる。そのまま俺は眠り、朝になると誰かの声が聞こえてきた。
「おい、起きろ」
「ん……」
「……光忠が呼んでいる」
「みつ、ただ?」
目を開けると俺の布団の隣には所々体に傷がついた大倶利伽羅がいた。何で大倶利伽羅がこんな所にいるのか考えたが、光忠という名前を思い出して布団から出た。
「なぁ、大倶利伽羅」
「…………」
無言でこっちを見てきた大倶利伽羅は俺の話の続きを促す。体の一部にでも触れたら治せるだろうかと、大倶利伽羅の手に自分の手を伸ばそうとしたらすぐに避けられた。
「余計な事をするな」
「…………燭台切が何か言ってたのか?」
今日は諦めて大倶利伽羅の手を掴むのを止める。きっと燭台切はまだ治っていない大倶利伽羅をどうにかして、俺の手入れを受けさせようとしてくれているんだろうが本人が乗り気じゃないのなら俺は、どうする事も出来ない。とは思っていたけれど強制的に審神者にさせられたとはいえ、そろそろ政府から出陣の催促や鍛刀の催促が来てもおかしくはない。
「朝飯だ」
「ああ……そんな時間か…」
布団を畳んでいる間も大倶利伽羅がずっと背後に立っていて、少し居心地が悪い。ただ俺が何か言っても大倶利伽羅は言うことは聞かないだろう。
「なぁ…悪いんだけどさ…着付けてくれね?」
「…………」
ため息を吐いた大倶利伽羅が俺の背後から手を伸ばしてくる。慣れたように布を合わせて、腰紐を俺の腰に回してきた所で大倶利伽羅の手を掴んだ。すぐに俺の霊力を大倶利伽羅へ注ぐ。
「余計な事をするな」
「着せてくれないのか?」
小さな舌打ちが聞こえてきて正面を向いた俺の腰紐を慣れた手つきで結んで、大倶利伽羅が俺の手を引く。
「腹が減った」
「俺も」
のんきに返事を返しながら食堂に向かうと、俺が治した刀と同田貫が連れてきた刀がいた。何故か同田貫の体に少しだけ傷がついてしまっている。この建物の中で暴れでもしたんだろうか?
「主、おはよう」
「おはよう、燭台切。大倶利伽羅なら治しておいたから」
「ありがとう、主」
「仕事だから気にしなくて良い……それと…えーっと、同田貫…その二人は?」
同田貫の隣にいる男二人は、まるで最初からそこにいたように違和感も無く、そこに座っている。とりあえず手入れするのは当たり前なんだが、同田貫はどうやって彼らを連れて来たのか少し気になる。
「こいつらが一部屋占領して寝てるからちょっと喧嘩して、連れて来ただけだ」
「そうか、ありがとう。同田貫。……とりあえず燭台切が朝飯作ってくれたから先に食べよう」
右に加州、左に燭台切が座っている。俺の感想でも期待しているのか燭台切が自分の飯を食べずに待っている。
「ん、美味しいよ。燭台切」
「良かった。前の主の時はあまり作っていなかったから」
「そうか。これからは作ってもらう事が多くなるだろうが、よろしく頼む」
「うん、分かったよ」
朝食を食べ終えて、燭台切に後をお願いして同田貫と共に二振りを連れて歩く。俺の横には近侍の加州が一緒に歩いている。
「さて、手入れするか」
手入れ部屋に着き道具を準備すると、自分の槍を持って御手杵が前に出てくる。
「俺は刺すしか出来ねぇから早く戦に連れて行ってくれよ?直したら戦に行けるんだろ?」
「あー、まぁ…そうだな」
御手杵の槍を預かりまだ慣れない手つきで手入れを行っていく。御手杵本人を見ると傷口はすっかり癒えているみたいだ。安堵の息を吐いてから道具を片付け、槍を返す。
「ありがとう」
「正三位の槍だから大事に扱ってくれよ」
「分かってるよ」
次に御手杵の隣にいた男に槍を渡される。日本号は体に幾つも傷を作っていて、御手杵より傷が多い。資料で見た姿では日本と書かれた酒瓶を持っていた筈だがそこには紐だけが残っていた。俺が手入れをすると中身が入っているのかどうかは分からないが、日本と書かれた酒瓶が紐に結ばれた状態でまたそこにあった。
「審神者の力ってのはすげえんだな」
「お前らの方が凄いだろ。これからぼちぼち働いてもらうからな」
とりあえず今日は解散という事で皆をそれぞれの部屋に返してから、俺は自室に向かった。パソコンに表示された刀剣達の練度を見る。前の審神者はほぼ仕事をサボっていたとはいえ、戦に出ていた刀剣達はカンスト手前まで成長している。蜂須賀と長曽祢の二人はもうカンストしている。
「主様」
「こんのすけ」
俺の横にふらりと姿を現したのはこんのすけだ。小さな体で俺のパソコンが置いてある机の上に飛び乗った。そして刀剣達の練度が表示された画面を眺める。
「主様、初期刀の加州清光と他の刀の練度が離れすぎていますので…ここは鍛刀をしてはどうでしょうか?」
「……あー、そうだな。一つの部隊を作るのに六人の刀剣がいるから…資材も余りまくってるし、五人分鍛刀するか」
「以前はいましたが現在のこの本丸には大太刀がいませんので、重めの配合で大太刀を狙ってはどうでしょう?」
「そうだな。やってみるか」
あの小さな神様は俺の為にどんな刀を生んでくれるんだろうかと思いながら、鍛刀部屋へと足を運んだ。