好かれたくなんてない



顕現してからすぐに出陣という事はなく、しばらくはここの本丸での手伝いをする事になった。同室の石切丸と共に行動する事が多く何故か国行が不満そうにしていた。俺は来派だからといってお前と組まされた方が嫌だよと返しておいた。


「好かれているんだね」
「っ……うるさい!こらっ!離せ!」


服を噛んで離そうとしない馬を何とか振りほどこうとしても全く動じない。挙げ句の果てにはもう一頭の馬に髪の毛まで噛まれてしまう。


「い、石切丸……助けてくれ」


思わず震えてしまった声で助けを求めると穏やかに笑った石切丸が俺の腰に腕を回し、頭にも手を回して優しく引き寄せた。


「後で一緒にお風呂とやらに入りにいこうか」
「そうだな。付き合わせて悪いな」


「本当に君は動物に好かれるね。五虎退の虎や鳴狐の狐にも懐かれていたね」
「動物は嫌いじゃないがこうも好かれると少し……な」


言葉は告げずに苦笑いしながら馬から少し離れた場所で掃除をする。馬の毛を整えたりする事は石切丸に任せ、俺は床の掃除を主に行った。


「主、少し風呂に入ってきても良いかな?」
「良いけど、どうかしたのか?」


まさか大将に許可を取らないといけないとは思わなかった。馬の睡液くさい俺は石切丸の背後に隠れるようにして、やり過ごそうとした。その時いつものようにカメラを構えた大将が石切丸の背後に隠れている俺の事を指摘してきた。


「何で隠れてるんだ?名前」
「い、今はその……大将に見せられるような格好をしていない」


「そんなの俺は全然気にしてないぞ?」
「主、風呂に入った後に私が責任を持って主の元に連れて来るよ」


石切丸からの助け船に安堵して、大将の答えを待つ。


「分かった。風呂に入ったあとはゆっくり休んでてくれて構わないからな」
「悪いな、大将」


「もうすぐ夕飯だから早めに来いよ」
「あぁ、分かった」




石切丸に何故か手を引かれるようにしながら、風呂場に向かい馬当番の服を脱ぐ。これは服も洗ってもらわないといけない。


「入ろうか」
「そうだな」


今日の掃除当番がもう風呂を洗ってくれていて、風呂も沸いている。未だに慣れないが泡立てた布で体を擦ってからそれをお湯で流す。


「気持ち良い」


風呂に入ると馬の睡液で固まっていた髪の毛も体を纏っていた臭いも無くなる。石切丸も隣に入ってきて二人で息を吐いた。


「名前」
「何だ?」


濡れた髪の毛を耳に掛けて、返事を返す。俺を見ていた石切丸の視線が逸らされた。


「……いや、何でもないよ」
「なら良いが。先に上がっているからな」


「分かった。私はもう少し入っておくよ」


先に風呂を上がって体を拭いてからいつもの服へと着替える。冷えた廊下を歩きながら自室へと向かおうとしたら、俺の背後に誰かが突っ込んできた。


「名前!」
「蛍丸か。どうした?」


笑顔で俺の腰に腕を回してきた蛍丸の体を抱き上げて、目線を合わせる。片倉様が幼いまだ梵天丸と呼ばれていた頃に政宗様にそうしていたように体の前で蛍丸を支える。


「夕飯出来たってー」
「あぁ、教えに来てくれたのか。ありがとう」


「今日は俺の隣座ろ?」
「良いよ。苦手な物はきちんと自分で食べるんだぞ」


俺がそれを言うと唇を尖らせた蛍丸はぶつぶつと何か文句を言っている。蛍丸の愚痴を聞き流しながら、食事をする部屋に入ると何人か座って仲の良い者と話をしていた。


「名前ー!後でこっち来て飲もうぜ」
「後でな」


日本号からの誘いに答えながら国俊と蛍丸の間に座る。次々に部屋に入ってくる刀剣達に声を掛けられそれに答えながら、気付けば今日の食事担当の手で膳に食事の皿が並べられていく。


「……国俊、国行はどうした?」
「えっ、あー…またどっかで寝てんのかな?」


「探してくる」


ため息混じりに言って席を立って部屋を出て適当に廊下を歩く。あの馬鹿はどこに行ったんだろうか。しばらく歩いてあまり人通りの少ない奥まで来ると、静かな廊下に国行が寝転がっていた。


「おい、国行」
「…………」


寝転がっている体を軽く蹴って、国行が起き上がるのを待つが起きる気配は無い。暖かい日の光に照らされて心地良い温度になった廊下の床が寝心地が良いのは分かるが、お前が一人来ないだけで皆が待つ羽目になる。


「国行!さっさと起きろ!」
「いったいなぁ…乱暴やなぁほんま」


俺に向かって両手を伸ばしてきた国行の手を掴んで無理矢理起こそうとしたら、俺の力よりも国行の力の方が強かったようでバランスを崩した。


「うわっ!」
「おー、熱烈やなぁ」


「ふざけるなっ!」


俺を抱き締めるようにして膝に座らせた国行から離れようと抵抗するが、変な所でやる気を出した馬鹿が腕の力を強くして抜け出せなくなる。


「おい、国行」
「あんまり他の奴と仲良くするのはよろしゅうないなぁ」


「っ、くに……」
「名前」


俺の頬に触れた国行が微笑んで顔を近づけてくる。こいつのこういう所も嫌いだ。抜け出そうとしてもまだ力じゃ敵わない。同じ太刀なのに来たのが少し遅かっただけで、こうも違うなんて。


「名前」


さっきまで聞いていた穏やかな声で名前を呼ばれ、慌てて振り返るとそこには驚いた表情をした石切丸がいた。その時、国行の手の力が緩んですぐにそこから抜け出す。


「さっさと来い。皆、お前を待ってるんだからな」
「はいはい」


俺にこんな事をするくらいなら国俊をもっと気遣ってやれば良いのにといつも思う。