君に命令されたのなら



「おっ、来たか!名前」
「大将から酒をもらってきた」


「今日は来れないみたいだからなぁ」
「俺達で飲んで良いそうだ」


日本号の隣に座っていると目の前にお猪口ではなく、徳利が置かれた。またこれに直接口をつけて飲めというのか。周囲を見ると日本号や次郎も同じようにしていた。博多も。


「どこ行くんだい名前!」


お猪口を取りに立ち上がろうとしたらすぐにそれが次郎に見つかって、腕を引っ張られた。蛍丸が行きたい行きたいと駄々をこねていたが連れて来なくて本当に良かったと思う。


「おちょっ……うぐっ!」
「飲みな飲みな!」


俺の言葉を遮って、次郎が俺の口に徳利をつけて酒を流し込んできた。それを何とか飲み干して次郎から離れ、自分の座布団が置かれた場所に戻る。


「まだまだ酒はあるからねぇ!」
「つまみもこじゃんとあるきに!」


「あぁ、ありがとう」


陸奥守が差し出してきた皿のつまみを食べながら、行儀が悪いような気がするが徳利ごと酒を飲む。俺もたまには政宗様のように料理でもしてみるのも良いかもしれないな。あまり手先は器用ではないが。






しばらく飲んで大体の奴等がいびきをかき始めた頃に俺は部屋を出て、縁側に座って残った酒を飲んだ。今日のつまみは誰が作ってくれたのか美味かった。


「あれ?まだやってたんだ」
「あ……」


廊下を通ってやって来たのは政宗様が使用してきた刀の燭台切光忠だった。未だにどういった反応をしたら良いのか分からずに、避けてしまっている刀剣の中の一人だ。残った酒の入った徳利を持って自室に帰ろうと立ち上がると、名前を呼ばれた。


「名前」
「…………何でしょうか?」


振り返るとどこか寂しそうに見える表情をした燭台切と目が合う。そんな表情を俺がさせてしまったのだろうか。でも俺は何て言葉を掛けたら良いのか分からない。片倉様のように政宗様の事をいつも考えて、最適な言葉を選んで正しい場所へと導いていくようなそんな最良の言葉選びを俺は出来ない。


「……あの、さ……」
「申し訳ありませんが、飲みすぎてしまったようで自室で休みたいのですが良いでしょうか?」


「え、あっ……そう。分かった。ごめんね、邪魔して」
「いえ、失礼します」


頭を下げてから自室へ帰り、石切丸を起こさないようにしながら布団に座り残った酒を飲み干した。その日は片倉様の夢を見た。片倉様が持っている刀が俺ではなかった。俺も片倉様には大切に扱っていただいていたけれど、良く分からないその刀の方が良かったのかもしれない。


「…………名前!」


体を揺らされる感覚がして目を覚ますとそこには、心配そうに俺を見る国俊と蛍丸がいた。背中には汗をかいている。ゆっくりと起き上がると二人が俺の服を握っていて、声を掛けてくる。


「大丈夫?ずっとうなされてたよ?」
「石切丸に祓ってもらうか?」


「もう大丈夫だ。嫌な夢を見ただけだから。ありがとうな、二人とも」
「うん、俺……出陣があるから行ってくるね」


「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けてな」


蛍丸が立ち上がって俺に向かって手を振るのに答えてから、まだ目の前で不安そうにしている国俊の頭を撫でる。


「どうした?いつから国俊はそんなに心配性になったんだ?」
「兄ちゃんが来てからだ」


震えた声でそう言う国俊に罪悪感を感じて、頭に腕を回して国俊の体を引き寄せた。


「ほら、俺は無事だろ?ちゃんと温かい」
「……そうだな、兄ちゃんは元気だ」


頭を撫でてから体を離すと国俊はすっかり元の様子に戻っていた。元気一杯の様子で笑って、部屋を出ていった。今日は粟田口の短刀達と遊ぶ約束をしていたらしい。


「元気だな」


その時、床が軋む音がした。ゆっくりと歩いているように聞こえるその音は俺の部屋を通った時にこちらを向いた。化粧は綺麗にしているが明らかに体調が悪そうな次郎だった。


「おい、大丈夫か?」
「あんたに付き合って飲むんじゃなかったよ…」


掠れた声がして一瞬、誰の声かと疑ってしまいそうだったが目の前の次郎から出た声だ。酒に強いみたいだが飲みに飲みまくった後はその後が大変な人間なのかと理解した。


「薬研の所に行くか?」
「そうする」


俺の部屋の近くに薬研が眠る部屋はある。次郎を何とか支えるようにしながら俺は薬研のいる部屋まで運んだ。驚いた様子の薬研に、経緯を説明すると溜め息を吐かれて了承された。
次郎を薬研に頼んでから特に宛もなく、廊下を歩いていたら正面から大倶利伽羅が歩いてくる。


「…………」


視線が合うことが無かったのが良かった。廊下の端に寄りながら背を向けて歩き出そうとしたら、腕を掴まれた。


「……俺は伊達政宗じゃない」
「えっ?」


真っ直ぐに俺を見る大倶利伽羅がそう言って俺が思わず聞き返すと、舌打ちと共に視線が逸らされる。


「俺は大倶利伽羅という名のただの刀だ。使っていた奴がお前の主より位が上だっただけだ。俺には何も関係ない」
「それは……」


「敬語も何も必要ない」
「……分かった」


俺が頷くのを見てから大倶利伽羅は手を離した。話は終わったのかと思って背を向けようとしたらまた声を掛けられる。


「……光忠が気にしていた」
「…………分かった。話をしてみる」


と言ってみたがそう簡単には話せそうにはない。恐らく今頃、昼食の準備をしているだろう事は分かっている。


「…………」


後ろを振り返っても大倶利伽羅はもういない。いつ話をすると言った訳ではないのだからその内、俺自身に余裕が出来てから話をしてみても良い気がする。