進捗状態不明
「お前、まだやってんのかそれ?」
「うっせぇな…昨日、バイトで疲れて寝てたんだよ」
後ろの席から声を掛けてきたのは最近、俺に話しかけてくるようになった摂津万里という…不良?だ。その割に成績は良くてがり勉の奴らが悪口を言っているのを良く聞く。俺が摂津と仲良くなったのは本当に最近で今では何故か、放課後に良く喫茶店に連れて行かれるようになった。
「今日、バイトあんの?」
「今日は無い」
「んじゃ、最近見つけた喫茶店行こうぜ」
「あぁ、うん。良いけど…摂津のおごりな」
「はぁ?こないだもそうだっただろうが」
「お前が誘ってきたんだろ。それが嫌なら他の奴誘え」
授業が始まるギリギリに何とか宿題を終えて、授業の途中からは外で体育をしているやつらを眺めた。最近授業をサボって昼寝をしていた時にたまたま知り合った碓氷が体育を受けている。凄くやる気が無さそうだけど…。隣の席の女子が話しているのをたまたま聞いたけど、摂津とは違った感じで女子にモテるらしい。ファンクラブまであるとか
授業が終わり、昼休憩になって鞄に入れていた弁当を片手にどこに行こうか悩んでいたら摂津が俺の腕を掴んだ。
「飯食うんだろ?」
「うん、どっかで食べようかなって思って」
「別に良いだろ。ここで」
「あー、うん。別に良いけど」
立ち上がりかけた俺は椅子に座り直して、摂津の方へと体を向ける。かなり小さめの一段の弁当を取り出した俺を見た摂津はあからさまに眉を寄せる。そんな反応をされたのは少し新鮮で摂津を見る。
「お前、肉食わねぇの?」
「え?肉?」
自分の弁当を見ると確かに野菜ばかりで魚や肉が一切無い。そもそも弁当でそんなに栄養を摂るつもりが無かったし、家にある物を適当に詰めたらこうなってしまったんだけど。そういえば母さんが作ってくれる最近の夕食には魚しか出ていないような気がする。
「あんまりうちで肉出ないし、好きじゃない」
「へぇ…」
「何?」
何か言いたい事がありそうな摂津の言葉を待ちながら、弁当を食べる。すると箸を持っていた方の腕を摂津が突然、掴んできた。箸を落としそうになったのをなんとか堪えて、左手に持ちかえる。
「だからこんな腕細いんだな」
「突然、何かと思った」
「俺の指回るし」
「普通だろ。女子なら回るやつのが多いだろ」
「お前は男だろ!」
「そうだけど。俺の事は良いからさっさと昼飯食えよ」
未だに袋に入ったままになっているパンを指さして言えば、摂津は俺の言葉に従うようにパンを食べ始める。いつもはサンドイッチばかり食べている摂津が今日は菓子パンを食べていて、思わず声が出た。
「珍しいな、摂津が菓子パンとか」
「同室のやつのと間違えたんだよ」
「あぁ…兵頭だっけ?何か有名な不良なんだろ?」
「お前、知らねぇの?」
「興味ねぇもん。喧嘩売られたことなんて無いし」
「お前に喧嘩売る奴なんていねぇだろ。勝てるって丸わかりだし」
笑顔でそんな事を言ってくる摂津に反論の言葉なんて言える筈もなく、俺は自分の弁当に集中するように視線を向ける。更にからかわれるように何か言ってきたけどシカトしといた。
俺が喧嘩なんて売られる訳ねぇ。なんて話題に上がったその日にまさかこんな事になるとは思わなかった。
「お前、摂津万里と一緒に歩いてたよな?」
「まぁ…一緒には歩いてたけど…」
どこの学校の制服かも分からない学生に上から見下ろされる。今日は摂津と喫茶店に行ったから一緒に歩くのは当たり前だ。何が言いたいんだろうか…こいつらは。そして無駄に背が高い所が鬱陶しい。残念ながら喧嘩は全く強くないから、何とかして逃げないといけない。
「俺らの仲間が摂津にボコられたんだよな」
「……」
喫茶店からの帰りで、何故か彼女みたいに送っていくなんて言っていた摂津の言葉に甘えておけば良かった。そう思っても、摂津が戻ってくるなんていう漫画みたいな展開がある筈もなく、俺は摂津に負けた不良に代わりにボコられた。
「いっ…てぇ…マジでありえねぇ…」
顔にはあまり怪我はしていないが、明日は体育があるし上手い具合に着替えないとバレたら面倒だ。
「苗字?」
「あ…碓氷」
家に向かって歩いて帰っていると、聞き慣れた声がして振り返るとそこには碓氷がいた。片手には茶色の紙袋を持っていて、最近女子達が話をしているのを聞いたカレーパンの店のロゴが印刷されている。何でカレーパンだけを取り扱う店をオープンしようと思ったのかめちゃくちゃ聞きたい。絶対、儲からないだろ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「万里のせい?」
「あぁ、まぁ…うん。そうだと思う…」
「呼んでこようか?」
「いやいや、良いから。っつーか、俺と会ったこと摂津には言わなくて良いし、それに怪我の事も言うな」
「分かった。じゃあこれ」
「何?」
茶色の袋の中に手を入れた碓氷が一つ、カレーパンを取り出して個別に入れる為の袋に入れて渡してくれた。まだ温かいそれに思わず頬が緩む。
「あったかい」
「あげる」
「ありがとな。じゃあまた学校で」
碓氷と別れて温かいカレーパンを一口食べてみようと口を開けようとしたらめちゃくちゃ痛くて、唇は切れてるわ口の中は切れているわで散々だったし母さんにはイジメを受けているのかとめちゃくちゃ心配された。母さんに綺麗に消毒や処置をしてもらって、その日は眠った。
後日、学校に行くと物凄く機嫌が悪そうな摂津がいてすぐに目が合ってしまった。
「摂津、おはよう」
「お前、ちょっとこっち来い」
「えっ…」
教室を出て、俺を引っ張るようにして歩いていく摂津の後を足がもつれそうになりながら着いて行く。まさか碓氷…言うなって言ったのに言ったんだろうか。でも俺が殴られただけでこんなに怒るか?
「なぁ、摂津。何処行くんだよ?」
「うっせぇ」
「………」
黙って着いて行くと摂津が向かっていたのは屋上で、鍵が掛けられている屋上のドアを何の躊躇いもなく針金か何かを使って鍵を開けて俺の腕を引っ張っていく。日陰の部分に連れて来られて摂津が床に座る。自然と摂津を真似るように俺も近くに座る。何をするつもりなのか、のんきに摂津を見ていると俺の制服のネクタイを外して、シャツのボタンを外していく。
「おい!ちょっ、何だよ?止めろって!」
「お前、その傷どこでつけた?」
ボタンを外そうとする摂津の手を慌てて止めたら、今度は俺の頬に貼ってあるデカいガーゼを指さして言う摂津に登校している時に会った友達に言った言い訳と同じ物を伝えた。
「野良猫に引っ掻かれた」
「もっとマシな嘘つけ」
「本当の事なんだからしょうがねぇだろ!」
「……真澄が言ってきた」
シャツを握り締めていた手に摂津の手が重なって、力を緩めた。シャツを広げられてあざが出来てしまっている体が晒される。無言で俺の体を見る摂津は顔を歪め、眉を寄せると俺を抱き締めた。摂津がつけている香水か何かの匂いが広がって、日頃こんなに近くにいる事なんて無いから恥ずかしさばかり感じてしまって女子みたいな初心な反応をしてしまった。
「せ、摂津?」
「わりい」
掠れた摂津の声が耳元で聞こえて、俺はどうしたら良いのか分からなくてようやく摂津の背中に手を回した。俺のそんな行動に摂津は少しだけ体が動いて反応したように見えたけど、何も言わなかった。
どれだけの時間、そうしていたかは分からない位に時間は経ったような気がする。少なくとも授業は始まってる。
「摂津…俺は大丈夫だから」
「万里って呼べ」
「万里。ほら傷はすげぇ残ったけどそんなに痛くないし」
「そういう問題じゃねぇ」
とりあえずこんな状態になってしまった万里が言う事には従っておこうと名前で呼んでみた。
授業の開始か終了かも分からない位に何度も聞いたチャイムが屋上にまで届く。あれから全く反応してこない万里をあやすように背中を何度か叩いてみると、俺の肩に手が置かれて距離が離れた。
「ガキみたいにやってんじゃねぇ」
「泣いてんのかと思ったから」
「泣く訳ねぇだろ」
「だよな。もし万里が泣いたらどんだけ俺のこと、大事なんだよって話だろ」
ふざけてそんな事を言いながら、ボタンを留めてネクタイを締め直す。ポケットに入れていた携帯を取り出そうとして摂津から声が掛かる。
「名前」
「……何?」
「泣きはしねぇけど大事には思ってる」
「へぇ、ありがとう。万里、次体育だから早く行くぞ」
携帯で時間を確認すると5時間目には間に合いそうな時間で、万里に声を掛けると昨日の不良よりも迫力のありそうな舌打ちが聞こえてきた。
「てめぇ、覚悟しとけよ」
「何怒ってんだよ。さっさと行くぞ」
「へいへい」
万里×ノンケのクラスメイト