延長線上の僕ら
劇作家になりたいという夢を打ち明けられたのは大学生になってからだった。その時には俺は社会人として働き始めていて、綴の想いを言葉で応援する事しか出来なかった。そんなある日、綴の弟から劇団に入った事を伝えられた。
「………久しぶり」
「あー…うん、久しぶり」
俺が怒っている事を分かっているのか綴の言葉はどこか歯切れが悪く、俺と話を続けようとはしなかった。
「あのさ…その劇団の舞台ってもう終わったの?」
「え…あ、これから俺の所属してる春組の二回目の公演がある…けど…」
「そうなんだ。じゃあ…」
「見に来なくて良いから」
俺の言葉を遮るようにして言った綴に携帯を握る手に力が入り、胸が締め付けられるように痛んだ。家へと向かっていた足取りも重くなり小さい頃に良く綴と遊んでいた公園のベンチに座った。
「……分かった。じゃあ見に行かない」
「名前。あのさ俺は今、夢だった脚本の仕事をやらせてもらえてて、劇団員としても舞台に出て…その、忙しいんだ」
「うん、分かった。連絡もしないようにする」
「うん、じゃあ」
何か月かぶりに掛けた電話はあっさりと綴から切られて終わった。俺は知らない間に綴に何かしてしまったのかな。色々と考えるけど答えは綴しか知らないから、結局何も出来なくて連絡をするなと言われたからLIMEで謝ろうかと思ったけど、何で悪いのか分かってる?と聞かれて、答えられる自信がない。ベンチから立ち上がって、とりあえず家に帰ろうと公園を出る。
「あれ…」
「え?」
最近、会社でとてもお世話になっている人の声が聞こえてきて視線を上げる。そこには先輩の茅ヶ崎さんがいて女の人が噂をしていた笑顔で俺を見ている。
「泣きそうな顔してるけど、大丈夫?」
「……大丈夫じゃないです」
「彼女に振られた?」
「……ちょっと違いますけど、大体そんな感じです。あ、えっと…お疲れさまでした」
「俺もそこまで薄情じゃないから。酒は飲めないけど、夕飯食べに行く?」
「すいません…」
茅ヶ崎さんはどこかに電話して夕飯がいらない事を伝えていた。俺の隣を歩く茅ヶ崎さんは仕事が出来て、モテて、顔も整ってて…俺もどこか一つくらい、自慢できる所があったら綴のやってる事を手伝えたり、何か気の利いた事を出来ていたのかな。
駅の近くにあるファミレスに入った俺と茅ヶ崎さんは隅の席に案内された。
「何でも頼んで良いよ」
「すみません…」
メニューを開いて、二人でそれを見る。美味しそうなものばかりだけど、いまいち食欲が湧かない。俺の様子を見た茅ヶ崎さんは店員を呼んで、何か注文をした。何点か頼んでいたけど、軽い物ばかりだった。
「で?」
「え?…あ…引いても良いんですけど、なるべく口外はして欲しくない話なんですけど…良いですか?」
「うん、何?」
「俺、付き合ってる人がいるんですけど…その人としばらく連絡取れてなくて今日、久しぶりに連絡したら色々な仕事を任されて忙しいらしくて…しばらく連絡してくるなって言われたんです」
「あー…うん」
「その人、劇団員で脚本も書いたりしてるらしいんですけど…俺がそれを聞いたのはその人の弟からだったんです」
「………へぇ…」
「なんか…本当は付き合ってるって思ってたのは俺だけだったのかなぁとか…色々、考えちゃって…」
俺の話を聞き終わった茅ヶ崎さんは運ばれてきた食べ物をつまみにビールを飲みながら、視線を外に向ける。俺もそれにつられるようにして外を見るとそこには女性と歩いている綴がいた。痛んでいた胸も綴の事について悩んでいた頭も熱がおさまるように冷えてきて、二人から視線を逸らせなかった。親しそうに綺麗な女性と話す綴は楽しそうできっと俺と話すみたいにあんな声のトーンじゃ無いんだろうなとか…次々に女々しい考えが浮かんでくる。
「苗字さん?」
「はい、何ですか?」
「もしかしてさ、付き合ってるのって男?しかも名前は皆木綴?」
「えっ、何で知ってるんですか?」
「あー…うん、うん…了解」
「え?」
「とりあえず、これ食べよっか」
「はい、いただきます」
運ばれた単品の料理を何とか食べて、茅ヶ崎さんが連れて行きたい所があると言うから隣を歩く。着いた先は立派な建物で茅ヶ崎さん住んでいる場所なのかと思っていたら、劇団員の寮だと教えられた。
「本当に茅ヶ崎さんって劇団に入ってたんですね」
「うん、最初はやる気無かったんだけどね…それでうちの劇団の脚本家の名前、皆木綴」
「えっ!?」
「綴に何か話したい事、あるんじゃないの?」
「や、でも…忙しいって言ってたのでこれ以上、嫌われたくないので…今日は良いです」
申し訳ないけどと茅ヶ崎さんの言葉を断ると、携帯を操作した茅ヶ崎さんが俺が良くプレイしているゲームの画面を見せてきた。しかもイベントのランキング上位…俺よりも上。得意げに笑っている茅ヶ崎さんについ悔しくなって、自分も携帯を取り出す。
「すぐ追いつきますから」
「じゃあ行こ」
そのまま茅ヶ崎さんに手を引かれて、廊下を歩く。誰とも擦れ違う事もなく茅ヶ崎さんの部屋に行く事が出来て、安堵する。柔らかそうなソファに座って携帯を操作する。たるちという名前を検索して、仲間登録してから今回のイベントを走る。やっぱり仲間に強力な人がいると自分もイベントを進めやすかった。
「何か飲み物取ってくる」
「分かりました」
いつの間にか茅ヶ崎さんの前髪がゴムで結ばれていて、オンオフがはっきりしているんだなぁとのんきに考えながら、少し眠気に襲われながらも何とかイベントを進めた。
リビングに行くとコンビニの袋を持った綴と監督がいた。俺が久しぶりに育てる事になった可愛い後輩を泣かそうとする奴には一度、痛い目をみてもらおう…なんて考えながら、キッチンの奥にある冷蔵庫に向かう。
「あ、至さん…おかえりなさい」
「ん、二人とも買い物行ってたんだ」
「はい!新しいカレーまんが駅前のコンビニ限定で発売されたって聞いて、綴くんに着いて来てもらって買ってきたんですよ!」
「ふーん…あ、今さ俺の部屋に会社の後輩来てるから綴、後で夜食よろー」
「簡単な物なら良いっすけど…二人分っすか?」
「うん。明日休みだから二人で徹夜予定」
自分のと予備に買っておいた飲み物を持って、部屋に戻ると今にも寝落ちしそうな苗字さんがいた。俺のウザい上司も言っていたけどこいつは本当に年上に可愛がられるようなタイプな気がする。何か教えたら素直に礼も言えるし、やらかしたら素直に謝って同じ失敗を二度と繰り返さない。
「あ…茅ヶ崎さん…」
「眠い?」
「まだ大丈夫です…すいません、あの…」
「ん?あ、今日、泊まって行って良いよ」
「ありがとうございます…」
そんな茅ヶ崎さんの言葉と同時に渡された飲み物を礼を言って受け取る。少し息苦しく感じて、ネクタイを緩めてボタンを一つ外す。隣に座るのかと思っていた茅ヶ崎さんがどこかに向かうのを見て、それを何となく追うように視線を向けるとクローゼットを開けて着替えていた。別に同性だからそこまで気にする必要は無いと自分でも分かっているけど、すぐに背を向けて自分の携帯に視線を戻した。
「そんな勢いよく背中向けなくても良いでしょ」
「すいません…」
背後で茅ヶ崎さんが笑っているのが分かって、居心地が悪い。携帯をテーブルに置いてふとテーブルから少し離れた所に置かれているテレビの下に置いてある見覚えのあるゲーム機を見つけた。そのゲーム機の上には俺が買おう買おうと思っていたけど、すっかり忘れて売り切れになっていたタイトルのゲームがあった。
「………」
言っても良いんだろうか…プライベートな相談にも乗ってもらって、夕飯まで奢ってもらって、家まであげてもらっているのに…こんな事言っちゃ駄目だ。そう考えて自分の携帯に視線を戻す。LIMEを見てみたけど勿論、綴からの連絡は無かった。
「眠かったら寝てても良いよ。協力してほしい所があったら起こすから」
「はい、分かりました」
眠気も限界に来ていたせいで、茅ヶ崎さんのその言葉で俺はあっさりと携帯をテーブルに置いて柔らかいソファで眠った。
課題に脚本に追われていて頭が一杯になっていた時に恋人の名前から久しぶりの電話が掛かって来て、言われる事が大体分かっていたせいもあってか電話を出るのを躊躇った。今までバタバタしていたし、バイトも…と色々と言い訳を考えるけど、名前はきっと今回も許してくれる。長年の幼馴染で恋人の関係はそんなに簡単に崩れない。
結局、名前からの電話で脚本や劇団員をしている事を伝えて、二回目の公演がある事も伝えた。だけど自分が演じるのが耳をつけた白ウサギだという事に恥ずかしさもあって、来るなと言ってしまった。それでも名前はすぐに返事をしてくれて、通話を終わらせた。心のどこかで名前は俺の事を全て受け入れてくれる人だと思い込んでしまっていた。
「え、名前?」
至さんの部屋に頼まれた夜食を届けに来て、部屋のドアを開けたらそこには何故かスーツを着たまま至さんの膝の上で眠っている名前がいた。
「あ、綴。ありがとう、後で食べるからそこ置いといて」
「あの…その人…」
「あぁ、うちの会社の新人で俺が教育担当なの。可愛いでしょ?」
普段なら俺が来たくらいじゃ、ゲームをいじる手を止めない至さんが今日はわざわざ手を止めて優しく名前の頬を撫でる。のんきに寝ている名前はそんな行為を受け入れていて、しばらく感じた事も無かった汚い感情が生まれた。
「綴。それテーブルに置いて。後で二人で食べるから」
「すいません…あの、そいつ俺のなので…ちょっと借りても良いっすか?」
「脚本もバイトも大学も劇団もあるのに良いの?」
「っ…それ…」
「久しぶりに俺が育てる可愛い後輩だからさ、あんまりイジメてもらうと困るんだよね」
「分かってます」
夜食をテーブルに置いて、心配になるくらいに細い名前の体をゆっくりと起き上がらせる。時間帯がもう深夜なのもあってか名前は目を覚まさない。そのまま俺がおんぶして至さんの部屋を出る。自分の部屋に連れて来て、さすがにベットまで上げる事は出来ないから布団を床に下ろして名前を寝かせた。
その日は俺は徹夜で脚本をようやく半分程度仕上げて、朝方にまだ眠っている名前の隣で眠った。
「ん……」
俺が目を覚ますと何故か目の前に綴がいて、思わず声が出そうになったのを慌てて止めた。目の前にいる綴は眠っていて疲れているのか目の下にクマがあった。思わずそこに手を伸ばして、なぞるようにして触れる。それでも綴は起きなくて、俺は綴を起こさないようにしながら布団を抜け出した。
「わっ!」
「名前」
茅ヶ崎さんに眠ってしまったことを謝りに行かないといけないと思っていたら、綴の腕が俺のお腹に回って引き寄せられる。思わず綴を見るとどこか不満そうな表情をしているのが分かって、名前を呼んだ。
「綴?」
「……至さんのとこになんて行かせない。今までごめん」
色々、立て込んでて余裕無かった。と言った綴は起き上がって俺の正面に座った。俺の頬に触れた綴が顔を近付けてきて、自然に目を閉じた。触れるだけで終わったキスだけれど久しぶりのその行為が嬉しくて同時にこんな単純な事で嬉しがっている俺自身が恥ずかしくなってきた。
「綴が大変なのは分かってるし、俺も社会人になったばかりだからまだまだ慣れない事も多いし…落ち着いたらで良いからどこかで…デ、デートしたい…です」
「何で敬語なんだよ」
「別に…」
「んじゃ、今度の名前の誕生日に近場だけどどこかに行くか」
「やった!ありがとう、綴」
「最近は全然そういうの行けてなかったし…あと、これ…」
綴がパソコンの置いてある机の方に行ったと思ったら、封筒を渡してきた。不思議に思いながらもそれを開けると第二回春組公演『不思議の国の青年アリス』と書かれている。
「え、これ…」
「俺の役、白ウサギなんだ。それで…耳と尻尾つけなきゃいけなくて…だから名前には見て欲しくなかった」
「それが理由だったんだ…」
「でも、やっぱりちゃんと見て欲しくなったから…見て感想が欲しい」
「うん、分かった。じゃあ見に行く。チケットありがとう」
その日、よれよれになってしまったスーツで帰る訳にも行かず、綴の服を借りて部屋を出ると昨日、綴と一緒に買い物をしていた女性がいた。お互いに驚いてしばらく何も言えなかったけど…綴がこの劇団の監督だと紹介してくれた。俺は勝手に勘違いをしていた事が恥ずかしくなって、挨拶をしてから綴には何も言わずに帰った。
でも翌日には茅ヶ崎さんが喋ったのか綴が知っていた。
綴×幼馴染