お互いの隠し事
「今日から2週間お世話になります苗字名前です。短い間ですがよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたまだ若い顔の男の子は今日から俺が指導を任された大学生だ。俺はこの高校に何の縁も無いけれど、苗字くんはここの卒業生らしい。染め直したのか糸のように綺麗な黒髪と口元にあるほくろが特徴的な顔立ち。
たった2週間の我慢だ…と1週間前から繰り返している俺は担当する実習生が女でない事に心底、安心した。顔が良いのは今までの経験から自覚しているから、女相手だと面倒な事になってもらっても困る。
「茅ヶ崎先生、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね。じゃあ早速だけど準備室行こうか」
「はい」
ほんとめんどいわ。昼休憩にクエとかやろうと思ってたのに、マジでありえねぇわ。笑顔を作りながら、準備室までの道を案内してどれだけのゲームの体力を無駄にしているのか考えたら、絶望してきた。
前日から苗字くんが3年の時の担任だったという先生が俺の準備室に入り込み、色々と準備をしていたから昨日からどれだけ無駄にしているか分からない。今日も徹夜確定かな。
学生時代にお世話になった学校で教育実習をやらせてもらえる事になった俺は大好きな化学の担当になりたくて、お世話になった先生にお願いした。詳しく話を聞いてみると俺の恩師は今はこの学校の教頭らしく直接、実習の指導をする事は出来ないという事を実習当日に知らされた。そして紹介された茅ヶ崎先生の第一印象は、仕事出来そうな人だけど、胡散臭そうだった。
俺と話をしている間も仕切りにスーツのポケットを気にしていて、誰かと連絡でもしているのかなぁ…なんて思った。
準備室に案内されると俺がいた時よりも部屋が広くなっていて、思わず辺りを見回す。お互いのデスクは本棚で仕切られていてデスクとセットの椅子に座ると、向かいの人は何をしているのか見えなかった。
「じゃあ、とりあえず今日の授業は見学と時々手伝ってもらうから」
「はい、分かりました」
「今、教えてるのが大体この辺だから」
それからは何故かあれやこれやと仕事があり、任された仕事を終えると次は授業と…あっという間に時間が過ぎて行った。
ようやく昼休憩になり自分のデスクに置いてある財布とスマホを持って、隣を覗く。
「あの、お先に休憩行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい」
書類仕事に追われている茅ヶ崎先生に一言言ってから、準備室を出る。まだ数時間しか一緒に過ごしていないけど…かなりのスマホ依存している人なんだなという事が分かった。俺も、スマホでゲームをしたりはするけどあんなに暇があれば触ってるような感じではない。何をしているのか少し気になるけど、プライベートな事だろうし茅ヶ崎先生はモテそうだからきっと彼女と連絡でもしているんだろうと思っておく。
「……金ねぇなぁ…マジで…」
財布の中身を見て札の少なさに思わず溜息が出る。そういえば実習の事ばかりで忙しかったから、最近はバイトに入れていなかった。スマホを取り出して、今日の予定が空いている事を店長に知らせると、すぐにHPに俺の情報が反映されていた。あまりバイトに入っていなかった事もあったけど、今でも俺には固定の客がついていてあっという間に予約が入った。今日の夕方、仕事終わりに会う事を約束して、学校から少し離れた駅の名前を指定する。
仕事終わりの格好のままで来てなんていうリクエストをもらったから、追加料金を請求しておいた。
「楽勝だわ、この女」
ただのスーツを見たいがために、1万上乗せ出来るとか馬鹿じゃねぇの。スマホを見て笑いそうになるのを堪えてそれをポケットにおさめた。適当に安いパンで昼食を済ませて、少し早めに準備室に戻ると前髪を縛った茅ヶ崎先生がスマホに向かって、デカい声で文句を言っていた。
「クソ雑魚!死ね」
「……お先です」
振り返った茅ヶ崎先生の顔は教室で生徒に見せている物とは全く違う。俺とバッチリ目が合った茅ヶ崎先生は、無言で髪のゴムを解いて舌打ちと共に俺に背を向ける。まぁ、俺も隠したい事はあるし別に良いんじゃないかと思っているけど、茅ヶ崎先生がどう思っているかは分からない。
「苗字くん、これの採点よろしくね」
「はい、分かりました」
昼休憩が終わってからは何事も無かったように雑務をこなし、放課後になった。時計を確認して全ての業務を終わらせた事を確認してから席を立つ。
「お先に失礼します。お疲れさまでした」
実習生が帰ったことを確認してから、溜息を吐く。俺の姿を見ても特に何も言って来なかったから良かった。別にバレても困る事は何も無いけれど、うちの頭の固い先生方に何かを言われたら面倒くさい。ただそれだけ。どうせ良い歳こいてだの、さっさと結婚して親に孫を見せてやれだのと言わるに決まってる。ウザ
俺も自分の仕事を終わらせてから、女性教師からの誘いを誤魔化すようにして逃げて今日発売の新作ゲームを買う為に少し遠くのゲーム屋へと向かう。予約するのを忘れていたけど、何とか手に入り口が緩むのを我慢出来ない。
赤信号で止まっていると、ホテルの前に見覚えのある姿が立っている。今日入ったばかりの実習生だ。
「何、あれ…」
思わず独り言を呟くと、苗字くんの隣にいた女性が万札を苗字くんに渡している。それが当たり前のように受け取って財布におさめた苗字くんは慣れた様に女性にキスをして、あっさりと別れた。あれって…そういう事だよな。
「ふーん……若いねぇ…」