友好的関係を築く



客と別れてから駅に向かい、電車が来るのを待っているとスマホが何度か震えて画面を見る。さっき別れた客からと実習でお世話になっている学校の教頭、そして店長から届いている。


「……バレてるし…」


俺が勝手に服を指定してきたから+1万ねと言っていたのがすっかり店長にバレている。あの女が余計な事を言ったのかそれとも店長にはお見通しだって事なのか…。今回だけは許すという文面を見て、返事をしてから今度は客のLIMEに返信する。俺が返事をすると同じ時間にすぐに返事が来て、鬱陶しい。教頭のLIMEに返事をしてからポケットにスマホを突っ込んだ。


電車に乗り、最寄り駅に着く頃にはすっかり日も暮れていて夕食は家にある物で適当に済まそうとマンションのエントランスに入ろうした時、ふと駐車場の方に視線を移す。見覚えのある車に違和感を持つが、誰の車かまでは思い出せずにエントランスに入り、エレベーターに乗ろうとした。


「うわ…」


小さい声で思わず出た言葉はあっちに聞こえているのかは分からないけど、マンションのエントランスに入ってきた日中にお世話になった茅ヶ崎先生はまだ俺に気付いていない…ような気がする。エレベーターの閉まるボタンを必死に押して何とか茅ヶ崎先生が乗る前にドアが閉まった。


「同じマンションかよ…」


それなりの値段のするこのマンションは家族向けで一人暮らしには向いていない。まぁ、このマンションは以前世話になった金持ちのおばさんがプレゼントしてくれた部屋だから、俺の懐は全く痛くない。だから俺の友達、お客とか大学の先生とかとマンションですれ違うとかそういった事は今まで起きた事が無かったのに。

エレベーターから出て、鞄の中に入れている鍵を取り出す。すぐにドアが開いて部屋に入った。リビングに入って一人掛けのソファに座る。窮屈なネクタイを外してシャツのボタンを外してから特に見たい物も無いけれどテレビのスイッチを入れる。

その日は特にやる事もなくて、明日の実習の準備を軽くしてから風呂に入ってベッドには行かずに居心地の良いソファで眠った。


「おはよう」
「……おはようございます」

「偶然だね」


家を出ると、スーツ姿の茅ヶ崎先生が隣の部屋から出てきた。笑顔を見せて挨拶をしてくる茅ヶ崎先生に挨拶を返してから、エレベーターの方に向かう。後ろでは慣れた様に歩きながらスマホをいじっている茅ヶ崎先生がいて怪我をしないのかこっちが少し心配になる。一緒にエレベーターに乗り、しばらく無言が続く。


「あの…器用ですね」
「ん?あぁ…いつもやってるから。怪我した事は無いから別に良いかなって」

「隠してるんですか?ゲームが好きな事」
「あぁ、まぁね。何言われるか分からないし…ゲーム知ってたとしても無駄に絡まれるの好きじゃないし」

「へぇ…」


エレベーターのドアが開いて、時計を確認しながらエレベーターを出て駅に向かおうとしたら茅ヶ崎先生が俺の腕を掴んだ。


「ついでだから乗っていく?」
「ありがとうございます。乗ります」


すぐに返事をすると意外だったのか茅ヶ崎先生が小さな声で笑って、手招きしてくる。茅ヶ崎先生の後を着いて歩きながら駐車場に入る。昨日、見た車はやっぱり茅ヶ崎先生の物でドアの鍵が開いた音がして茅ヶ崎先生が車に乗ったのを見てから助手席に座る。


「……あの…」
「ん?何?」

「すいません…凄く今更な話なんですけど…実習生って車通勤駄目でしたよね」
「今、それ言うの?」


楽しそうに笑う茅ヶ崎先生は学校で見た時よりも優しそうな表情をしているような気がするのは、気のせいだろうか。人の顔を覚えるのは得意だけどこういう顔色とか空気とか小さな変化とかには未だに疎い。敏感になれと店長には何度も言われているけど、どうやって鍛えるのかも良く分からない。一度、ホストを紹介されそうになったけど丁重にお断りしておいた。


「まぁ、それは自分でどうにかして。はい出るよ」
「えっ!」


実習先では良い子ちゃんで終わっておきたいと思っていたのに、こんな所で俺のプランが崩れるとは思ってもいなかった。車が駐車場を出てしまって俺は大人しく助手席に座り直す。楽しそうに笑っている茅ヶ崎先生を横目に見ながら、外の景色に視線を移す。


「苗字くんってゲーム得意?」
「いえ、やった事はほとんど無いです。子どもの時も本ばかり読んでたので」

「ふーん…じゃあ、俺のポケットに入ってるスマホ出して」
「え?まさか運転中にもするんですか?」

「やる訳無いでしょ。苗字くんがやるの」
「え?俺ですか?」

「やったこと無いならやってみれば良いでしょ」
「……ゲームの友達作りたくないんじゃ無かったんですか?」

「同じ職場の奴とは嫌なだけ」
「そうですか…」


茅ヶ崎先生の指示に従うように操作をして毎日の日課であるガチャを引いてくれというので、ゲーム内での限定ガチャという物を引いてみた。説明をされたけど良く理解できずに現れた俺の趣味じゃないとりあえず胸だけはデカい女のキャラが虹色の光と共に現れた。


「どんなのが出た?」
「あの…茅ヶ崎先生…こんな胸がデカいだけの人が好きなんですか…」

「は!?名前は?名前!」
「え?えっと…」


カードの表示された名前を読み上げると、わざわざ路肩に寄せてから俺が持っているスマホを覗いてくる。子どもみたいな視線を向けてくる茅ヶ崎先生に意味も分からずに俺は、茅ヶ崎先生の携帯をスーツに戻そうとしたら今度は違うゲームのガチャ画面を表示させられた。


「これもよろしく」
「もしかしてあれが目当てだったんですか?趣味悪いですね」

「あの女キャラが欲しかった訳じゃなくて、あの女キャラが持ってる特殊能力が魅力的なだけ。全然俺の趣味じゃない」
「あ、そうですか…」


それから車内で何度か同じようにガチャを引かされて、学校の駐車場に着く。辺りを気にしながら他の教師がいない事を確認してから車を出る。


「茅ヶ崎先生、今日はありがとうございました」
「良いよ。ついでだから。それにガチャ引いてもらったし」

「良く分かんなかったんですけど、良い結果が出たんなら良かったです」
「良い結果ていうか最高の結果。ありがとう」


学校に着いたらまるでスイッチが入ったみたいに女が喜びそうな表情を貼り付けて、俺よりも先に教員用の下駄箱へと向かう。


「苗字先生!」
「ん?何?」


登校してきた生徒から声を掛けられて、微笑んで振り返る。そこでふと俺はもしかしたら…ゲームの事は理解出来ないけれど…少しだけ茅ヶ崎先生と似ている所があるかもしれないと思った。隠し事がある所とか。媚びを売るように人工的に光っている唇から次から次へと甘い声色で、俺の個人的な情報を聞き出そうとする生徒の言葉をバレないように適当に流しながら、教員用の下駄箱に向かう。


「じゃあ、またね。」
「はい、ありがとうございました!」


靴を履き替えて化学準備室に向かう。さっきの生徒に教えた個人情報の内、どれだけが本当の事なんだろう。適当に喋ったから良く覚えていない。準備室のドアを開けると、茅ヶ崎先生はいつものスタイルでゲームをしている。
俺はプライベート用のスマホを取り出して、席に着く。大学の友達への返事をして読みかけだった電子書籍を開く。昨日は全く読めなかったし、茅ヶ崎先生はスマホを出していても怒るような人種でも無いってことは初日で分かったから安心して授業開始時刻まで続きが読める。


「あれ?スマホ…昨日、持ってたのと違わない?」
「え、あぁ…二台持ちなんです。もう片方の方は、ちょっと前に使ってたやつで結構大量に写真とか入ってるんで容量すぐに一杯になっちゃって…」

「そうなんだ」




人の事は言えないけど、こうも簡単に嘘がぽんぽんと出るもんだと感心する。
そんなにお金が必要なのか…。あまり考えたくはないけれど、もしかしてあのマンションの部屋も誰かに買ってもらったんじゃないかとか。本人に聞いたら絶対に鬱陶しがられそうな事ばかり考えている事に気付いた。

そして…昨日はあんなにも他人行儀だったのに、俺にしては結構距離を縮めている方だと思う。準備室に行くまでに教頭に一緒に車に乗って出勤したのを見られて、これからも頼むよ。と声を掛けられ肩まで何度も叩かれた。ガチャも限定のそれも能力が優秀な方を引いてくれたし、これからはお隣さんでもある苗字くんにガチャを頼んでみるのも良いかもしれない。