夕食係と送迎係



茅ヶ崎先生と距離が縮まった俺はやりやすくなった実習に安堵しながらいつもの日常を過ごしていた。溜まっていた本も学校での暇な時間に読み終える事が出来たし、茅ヶ崎先生はきちんと実習は実習として必要な事は教えてくれている。


「ねぇ、名前」
「はい、何ですか?」


俺のゲーマーな姿知ってる事だし、面倒だから名前で呼んでも良い?なんて事を聞かれたのは二、三日前で俺は呼び方なんて何でも良かったから適当に呼んでくださいと返事をした。そしたら名前で呼び捨てになったんだけど…授業中でも何でも俺に用事があればそれで呼ぶから生徒から妙な質問を投げられた時は、面倒でしょうがなかった。


「今日、暇?」
「特に用事はありませんけど」

「じゃあやってほしいガチャあるし、夕飯作ってくれない?」
「……彼女にでも作ってもらったら良いんじゃないですか?俺、そんな料理しないですし」

「彼女いないし。いるならちゃんと頼んでる」
「分かりましたよ。何か嫌いなものありますか?」

「数の子以外」
「……嫌いなものあるんですね。分かりました」


スマホで簡単に出来そうな物を検索してみる。自分の家の冷蔵庫にあった物を思い出しながら、それに合いそうな物を見つけてスマホを鞄に突っ込もうとして茅ヶ崎先生の方を見た。今は俺に背中を向けてスマホゲームをいじっていて、背後からバレないように画面を覗くと、ゲームのタイトルロゴが見えた。思わずそれを頭の中で繰り返すようにして覚えて自分のスマホを握り締めていた。





その日の実習を終えて、スーパーに向かう。足りない材料を幾つか買ってから家に帰る。化学準備室で見た茅ヶ崎先生がやっているゲームのロゴが未だに頭から離れずに、結局俺はプライベート用のスマホにそのゲームをインストールしてしまった。料理をする合間に少しずつ進めていきながらチュートリアルが終わった所で、夕食を持っていくのにちょうど良い時間になった。本当に簡単な物だけれど、まぁ料理が得意とは言ってないんだから許してもらえるだろう。

自分の部屋を出て、茅ヶ崎先生の部屋のインターホンを押す。ドアの鍵が外れたような音が聞こえるけどドアが開かない。不思議に思っていたらスマホがバイブで何か来たことを知らせてくれて、まさかとは思いつつもスマホを取り出すと茅ヶ崎先生からLIMEが届いていて入って来てと書かれていた。


「………お邪魔します」
「いらっしゃい」


リビングの方から声が聞こえて、俺はすぐにそっちへと足を運ぶ。初めて入った茅ヶ崎先生の部屋は本当に俺が住んでいるマンションと同じなんだろうか?と言いたいくらいに汚かった。テレビの前に置いてあるテーブルにはペットボトルのジュースとスナック菓子がたくさん置いてあって、隙間は全くない。床には置ききれなかったお菓子とコントローラーは汚したくないと思っているのか大量のウエットティッシュが置いてある。


「空気が澱んでますね」
「そりゃ窓とかあんまり開けないし、カーテンもずっと閉めっぱだしね」

「開けます」
「や、俺…仕事以外で日光浴びたら溶けるから」

「馬鹿みたいなこと言わなくて良いですから」


邪魔にならないような場所に持ってきた料理とスマホを置いて、リビングのカーテンを開けて窓を開けた。夜の涼しい風が茅ヶ崎先生の部屋の澱んだ空気を入れ替えてくれる。この空気を堪能するように深呼吸をしてから、キッチンへと向かう。


「夕飯、用意してきましたからちゃんとテーブル片付けてください」
「はいはい」


キッチンから茅ヶ崎先生のいる場所は良く見えるから、どうやって片付けるのだろうかと見ていたら開けたままだったペットボトルの蓋を全て閉めてからテーブルの端から一気に腕をスライドさせて、置いてある物を床に落とした。


「綺麗になったよ」
「それは綺麗になったんじゃなくて…ただ邪魔な物を落としただけですよ」

「掃除なんてそんなもんだよ。ダルいし」
「……コップとか適当なの使って良いですか?後、冷蔵庫開けます」

「良いよ」
「………」


まぁ、多少は想像できていたけど…−冷蔵庫を開けてみたらそこにあるのは酒とビールばかりで後は調味料が幾つか入っているだけ。お茶くらいは置いてあるだろうと思った俺が馬鹿だったのか。
ラップを外して一応は綺麗になったテーブルに作ってきた料理を置く。まだ湯気が出ているそれは久しぶりに自分で作ったまともな料理だった。


「……オムライス」
「何ですか…文句があるなら俺が食べます」

「や、ちょっと意外だなと思っただけ。ありがとう、いただきます」


手を合わせて、俺の作ったオムライスにスプーンを入れた茅ヶ崎先生はそれを口に運ぶ。きちんと味見をしたから不味くは無いと思いたい…。反応を確かめようと茅ヶ崎先生の顔を見つめる。


「美味しい」
「良かった…」


安心して自分の分のオムライスにも手をつける。一口食べてからは茅ヶ崎先生はゲームをしながらオムライスを食べていた。俺もスマホで本読みながら食べたりするから何も言えない。置いていたスマホを起動させると、チュートリアルまで終わらせておいたゲームのBGMが鳴りだした。すぐにそれを消して、何も無かったような態度で買ったばかりの本を開く。


「……突っ込んだ方が良い?」
「何も言わなくて良いです」

「顔真っ赤」
「だからっ!何も言わなくて良いです!…あっ、ちょっと!」


俺のスマホを奪った茅ヶ崎先生が慣れたような動作で俺のスマホを操作している。隣で画面を覗いてみても何をしているのか良く分からない。不思議に思いながらも止める事は出来ずに隣でオムライスを食べながら、その作業が終わるのを待った。


「はい」
「…何したんですか?」

「…簡単に言うと俺の仲間にしただけ。まぁ、まだまだ雑魚だから、当分は一緒にしたりは出来ないだろうけど」
「へぇ…良く分かんないですけど、ありがとうございます」


オムライスを食べ終えて、茅ヶ崎先生の物と重ねて立ち上がる。さっさと帰って皿を洗ってしまおう。


「じゃあ俺、帰りますね」
「今日はありがとう、またよろしく」

「前日には連絡してください」
「じゃあ今度、イベある時は夕飯とか色々よろ」

「よ、よろ…」
「今日のお礼にこれから送迎したげるよ」

「えっ!?や、そんな…良いです。申し訳ないので…」
「……じゃあ明日は連れて行くから」


意外と強情なんだなと感じながらも、今の所仕事を入れるつもりは無いしお言葉に甘えておくことにした。皿を持って玄関に向かうと何故か茅ヶ崎先生が着いて来る。名前くんに似合うと思ってと言って、客がくれたセンスの欠片も無い俺には合わない色のサンダルを履いてドアを開けた。


「じゃあお邪魔しました」
「また明日ね」

「はい、明日もよろしくお願いします」


軽く頭を下げてから、ドアを閉めて隣の自分の部屋に帰った。




「顔も良くて料理も出来て、おまけにセックスまで上手いとかチートか」


名前が帰った後に思わず呟いた言葉。誰にも聞かれる事は無いから、一人でそんな言葉を吐きながらリビングへと戻る。俺がゲームを止めて、他人を見送るなんて以前の彼女が知ったらどう思うだろう。開けっ放しで帰っていった窓を閉めて、いつものようにカーテンを引く。


「………」


何となく窓を開けて、ベランダに出ると隣の部屋である名前の部屋には当たり前だけど、電気が点いていて安堵する。


「彼女でもあるまいし…」


何となく意味が分からないけれど、胸が締め付けられるように痛い。何に対してこんな感覚になっているのか…きっかけが今、隣の部屋にいる人なのは分かってるけど理由を考える事はしたくなかった。


「実況でも撮ろっかな」


スマホに映った俺と同じように名前と苗字を少しだけいじったような名前に初期設定の挨拶が載った新しい仲間がどこまで飽きずにプレイしてくれるんだろうかと考えながら、新しいゲームを起動した。