贈り物を君に



※シスコン注意
姉ちゃんが監督になってまた劇団をやる事になってから、俺と姉ちゃんは話す機会が極端に減った。姉ちゃんの周りにはいつも誰かがいたし、今まで俺に頼んでいたことも他の人に頼むようになったから自然と話をしなくなっていた。少し寂しかったけど俺には寂しいなんて恥ずかしい事をいう勇気なんて無くて、それならこの感情を忘れてしまおうとバイトと勉強に集中した。

勉強道具を鞄に入れて、部屋を出ると姉ちゃんと古市さんが話をしていた。古市さんと目が合ったけど、すぐに視線を逸らして寮の玄関に向かう。

「あれ、名前!どこか行くの?」
「行ってきます」

「うん…行ってらっしゃい」

姉ちゃんの声が返って来ても俺が振り返るときっともう姉ちゃんは他の団員の人と話をしているんだ。やっぱり着いて来るかどうか聞かれた時に、一人暮らしする事にしたら良かった。
最近通い詰めている図書館に入って、定位置になった場所に座る。今日はこのまま閉館時間までここにいて勉強をしよう。頭良くなって大学は寮から離れた場所の国公立に行く。

「あ、あの…お隣良いですか?」
「どうぞ」

特に顔も見ないままに返事を返して、参考書に目を通す。少しだけ分からない箇所が出来たら、明日担当の先生に聞いてみよう。ノートに質問する場所をメモしながら次の問題を解いていく。勉強をしていて行き詰った時にはいつもなら、姉ちゃんに教えてもらう事があったけど劇団の寮に入ってからは摂津さんに教えてもらったらとか大学生の人に教えてもらったらとか言って、避けられるようになった。俺の事が嫌いになって関わりたくないのなら、素直に言えば良いのに。

「あ、の…いつもここに来てるんですか?」

小声で隣に座っているやつが話し掛けてきて、視線を上げる。そこにいたのは姉ちゃんの劇団の夏組に所属している向坂椋とかいう中学生。おどおどした態度で確か親戚に秋組の兵頭さんがいるとか。

「そうですけど…何か?」
「あの…監督さんが気にしてたので…」

監督さんと言われて動いていた手が止まった。視線を上げると椋の手にはシェイクスピアの本があった。何でわざわざ図書館に来てそれを読むんだ。
「それシェイクスピア…でしょ?わざわざ図書館にまで来て読まなくても有栖川さんとかが持ってるんじゃないですか?」
「あ…えと…僕、名前さんと話をしてみたくて…」

「ここ…話するような場所じゃないから」
「そうですね…えと、じゃあ…一緒に帰りませんか?それが終わってからで良いので…」

何で向坂さんはこんなにも俺に関わりたがるのか良く分からない。
参考書やノートを閉じて席を立つ。向坂さんが戸惑ったように俺を見ているけれど、それを無視して図書館を出た。慌てた様子で後ろを着いて来る向坂さんは隣には並ぼうとせずに、何故か俺の後ろをずっと歩いている。話をしたいと言ったのはお前じゃないかと考えながら、向坂さんには特に追及せず図書館が混んでいる時に良く利用する喫茶店に入った。

「あら、立花君。今日はお友達と一緒なのね」
「劇団関係の人です」

「あぁ!ならこの子は役者さんなのね」
「あ、えっと…夏組所属の向坂椋です」

「私はこの喫茶店のオーナーのおばちゃんよ。ゆっくりしてね」

穏やかな話し方をするここのオーナーさんが好きで、居心地が良くてここを利用している。一人で勉強ばかりしてコーヒーと軽食程度しか注文しないから、最初は迷惑かと思って長居することなく帰っていたけれど…俺がテーブルに広げている物を見て、あの声でゆっくりして良いのよと言ってくれた。今ではその言葉に少し甘えさせてもらっている。

「姉が何か言ってましたか?」
「何かっていうか…その…兄弟ってもっと仲良しだと思ってたので…」

「向坂さんの所では仲が良かったんでしょうね」
「え…あ…すみません!あの…僕の勝手なイメージで知ったような口をきいてしまって…こんなゴミみたいな僕が変な事を聞いてしまったから気分を害してしまいましたよね…すみません」

一気に捲し立てるように話してきた向坂さんに思わず溜息を吐いて、俺が適当に注文した物がテーブルに運ばれてくる。向坂さんにはジュースとチョコレート―ケーキ、俺は紅茶とサンドイッチ。手を拭いてから食べ慣れたサンドイッチを口に運ぶ。

「チョコレートケーキ…」

小さな声で呟いた向坂さんが嬉しそうな顔をしてケーキにフォークを刺して、食べ始めた。さっきの怯えたような表情から一変したその姿に思わず顔が綻ぶ。向坂さんに見つかる前に何とか表情を引き締められたけど…
視線を向坂さんから外に向けると、道路を挟んだ歩道に古市さんと姉ちゃんが歩いていた。その手には何かおしゃれな袋が握られている。何を買ったんだろう…。

「………」
「名前さん、食べないんですか?サンドイッチ」

「食べますよ」

ころころと表情が変わる向坂さんは今度は俺の目の前に置かれているサンドイッチが減っていないことを心配したのか、そんな言葉を掛けてくる。サンドイッチを食べながら手首につけている時計に目を移すといつもなら、図書館を出ている時間だった。向坂さんの方に視線を向けるともうケーキは食べ終わっている。
少し早めにサンドイッチを食べて、席を立つ。

「帰りましょうか」
「あ、はい…」

会計を済ませて、オーナーさんが笑顔で手を振ってくるのを何度か返してから劇団の寮へと向かう。

「あの…今日はお邪魔してすみませんでした…」
「別に、良いですよ。気にしてません。久しぶりにあの喫茶店にも行ってみたかったので、気にしないでください」

適当な嘘で誤魔化してから寮の玄関を入った。靴を脱いでスリッパを履こうとしたら、向坂さんが突然大きな声を上げた。

「あ、ああ…あの!これ!」
「え?」

向坂さんの鞄から出てきたのは小さな鞄のような袋に入った箱。それを押し付けられるように渡されて、向坂さんは多分自室の方向へと走っていった。呆然としているとそこに瑠璃川さんが通る。

「えっ…よりによって何で…椋のやつ、趣味悪」
「は?」

わざわざ立ち止まってまでそんな言葉を掛けられて、自然と眉間に皺が寄る。瑠璃川さんはそれで満足したのか廊下を歩いていった。

「何なんだよ…」

俺はどうする事も出来ないまま、それを持って部屋に帰った。