一日代行



※監督兄主


いづみが演劇に興味を持っていた事は知っていたから俺も出来る範囲で手伝うよと声を掛けた。その日から劇団の寮で暮らす事になり、少しずつ劇団員も集まってきた。春夏秋冬の一回目、二回目の公演も無事に終わり春組三回目の公演も迫ってきている。俺は自分の仕事の傍らでいづみのサポートや団員の人達の手伝いをしている。


「名前さん」
「おはよう、天馬」

「おはよう。あの…」
「ん?」


朝、起きてきた天馬は寝起きでもやっぱりそんな事を感じさせない位に落ち着いている。いつもならすぐに自分の席に座っているのに何か俺に用事があるんだろう、少し言いにくそうにしている。


「その…今日、井川が…」
「あぁ、天馬のマネージャーさんだろ?」

「体調が悪いらしくて…」
「なら今日は誰か代わりの人が来るのか?」

「今日は仕事が雑誌の撮影だけだから…その…」


何となく天馬が俺に何をして欲しいのか分かったけれど、言いにくそうに視線を泳がせている天馬を見るのが少し面白くて何も言わずに待っている。いつも天馬が朝から仕事に行く時に出る時間まで余裕がある。


「っ…名前さん分かってんだろ!」
「はっきり言ってくれないと分からないな」

「だからっ…今日だけ俺のマネージャーの代わりをして欲しい」
「はい、良く言えたな」

「やっぱり俺で遊んでたのか!」
「ごめんごめん」


小さな声で何か言いながらも俺の作った朝食を食べ終えた天馬は壁に掛けられた時計を確認して、席を立った。俺も朝食を済ませて、出かける準備をしておかないといけない。二人分の食器を洗ってから自室に戻る。車の鍵と最低限必要な物を持っていづみの部屋へ向かう。


「いづみ、こんな時間にごめんな」


ノックをしながら声を掛けると、眠そうな顔をしたいづみが部屋のドアを開けた。本当にさっきまで眠っていたようで今日は隣町の舞台の手伝いに行くとか言っていたような気がするが、いつまでも寝てて良いのか?と続ける。


「えっ!?あ、忘れてた!」
「俺は今から天馬を仕事場まで連れて行くから」

「井川さんどうかしたの?」
「体調不良らしくて…今日はしごとが1つで終わりらしいから、代わりの人も立てなかったらしい」

「そうなんだ。じゃあお兄ちゃん、いってらっしゃい」
「行ってきます」


準備を終わらせて寮の玄関の前で待っていたら、いつもの制服姿や稽古中の姿とは違う私服姿の天馬が来る。こうしてみるとやっぱり芸能人なんだなぁと思う。思わず歩いてくる天馬の様子を見つめてしまっていたら、不思議そうな視線を向けられる。


「何だよ?」
「何でもない。ただやっぱり天馬は芸能人なんだなと思っただけ」

「当たり前だろ」
「それでどこに行けば良い?」

「井川から当日、送ってもらう人に渡せって言われた」
「えーっと…」


井川さんには何でもお見通しなのか…それとも天馬の考えてる事なんて分かり切っているからなのか、渡された手紙にはきっちり俺の名前が書かれていた。立花名前さんへと書かれたそれは、簡単な挨拶から始まり今日の仕事の事と仕事の流れ、場所まで細かく書かれている。俺からしてみればわりと近くにあるスタジオだけど、天馬から見るとそれが何倍も過酷な物になるんだから、井川さんも大変だなと思わず苦笑いする。


「じゃあ行くか」
「あぁ、よろしく」


天馬を車に乗せてからスタジオに向けて出発する。行った事は無いけれど見た事はある程度の場所で助かった。迷わずにそこに辿り着いて、天馬を先に車から降ろして俺は井川さんに指定された駐車場に車を止める。本当に細かく書いてくれて助かった。
スタジオの玄関で待っていた天馬と共にスタジオに入る。慣れた様に関係者用の入口から入っていく天馬の後を着いて行く。


「天馬、今日撮影する部屋の場所分かるのか?」
「分かるに決まってるだろ。何回来たことあると思ってんだ。こっちだ」


井川さんのメモの中に天馬くんが自信満々に案内しようとすると大抵、迷子になるので先に誘導してあげてください。と丁寧に書いてある。あるんだが今ここで俺が井川さんのメモ通りに、撮影場所まで案内しようとしたら復帰明けの井川さんに天馬が文句を言いそうな気がする。まだ時間は余っているから少しなら大丈夫かと、天馬の後を着いて行く。


「天馬、ここトイレだぞ」
「ちょうどトイレに行きたいと思ってた所だったんだ!」

「そうか。なら行ってこい。俺は外で待ってるから」
「……」


これからどうしたら良いのか戸惑っているような表情をしている天馬に、俺は口を開いた。


「そういえば…さっきここに来るまでの間にこのスタジオの地図が貼ってあったな」


ちょっと見たから案内出来そうなんだ。と俳優でも何でもない俺のバレバレの言葉に天馬は何も言わずに、俺に手を差し出す。その手を取って、今日撮影する部屋まで案内する。入口の前まで来ると少しスタッフさんが出入りしているのが分かる。


「じゃあ俺は先に帰るからな。終わったら連絡くれたら良いから」
「え!?…あ…その…撮影終わるまでいてくれないのか?」

「え…でも俺は天馬のマネージャーじゃ無いから、あんまり長い時間いる訳にも行かないだろ?」
「…じゃあ俺がスタッフに話をつける」

「いや、それは…」
「天馬くんの関係者の方ですか?」


入口の近くで揉めていたからか、スタッフさんの一人の男性が声を掛けてきた。俺が経緯を説明しようとするよりも早く天馬が俺の腕を引いて、近くに引き寄せてくる。


「今日はマネージャーの井川が体調不良で休みなので代わりにこの方が今日一日俺のマネージャーなので撮影が終わるまで待たせてもらって良いですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ行きましょうか」


撮影部屋のドアをスタッフさんが開けてくれて、二人でそこに入る。俺は邪魔にならない所に移動して、今回の事について他のスタッフさんにも話をして了解を得た。
撮影が始まると慣れた様に次々に違うポーズを決めていく天馬がそこにいて、こちらとは空気が違うような気がした。


「天馬くん格好良いですよね」
「そうですね」


俺に話しかけてきたのは天馬のヘアセットを担当していた女性で人懐っこそうな笑顔を浮かべている。そういえば劇団にはヘアセットやメイクをする人がいなかった事を思い出して、その女性に俺は色々と聞いてみた。メイクはいづみがどうにかするとして…髪についてはいづみは普段から何もしない事が多いからあまり参考にならない。今後の為にもとつい熱中して話を聞いていた。すると突然、誰かに腕を引っ張られた。


「終わったから帰るぞ」
「分かった。じゃあ色々とお話ししてくれてありがとうございました。今回はお世話になりました。失礼します」


スタッフさんに挨拶を済ませてからスタジオを出る。


「天馬くんってあんな表情もするんですね」
「今日の撮影はいつもよりもっと良い表情が撮れたけど…あの人のおかげかな」



車を駐車場まで取りに行こうとしたら天馬が俺の後を着いて来る。スタジオを出てからずっと不貞腐れたような顔をしていたけど、俺が何かしたんだろうか。スタジオに入ってから俺がした事と言えば、スタッフさんと話をしていたぐらいで特に何もしていない。まさかそれが気に障った訳では無いだろうし…。

車に乗ってからしばらくすると赤信号でブレーキを掛けた。それまで一切喋っていない天馬の頬をつついた。


「天馬」
「……名前さんが…女のスタッフとずっと楽しそうに話しているから」

「え?」
「付き合ってもいないのにおかしいだろ」

「そんな事無いだろ。いづみなんか小さい頃、俺が友達と遊びに行くのが俺を取られるみたいで嫌だったらしくて、なかなか遊びに行けなかった時だってあったんだから」
「……そうか、変じゃないなら良い」


安心したような表情になった天馬の頭を撫でたところでちょうど、青信号になった。車を発進させてしばらく走ると寮に着いた。天馬を先に降ろしてから駐車場に車を止めて寮に入ると、何故か天馬が玄関で待っていた。


「どうした?何か言いたい事でもあるのか?」
「別に」


俺の手を引くようにして歩き出した天馬が連れて来たのは食堂で、テレビの前に置いてあるソファに俺を先に座らせて俺の居心地が良いとは言えなさそうな膝の上に天馬が頭を置いた。そのまま鞄から出した台本を読んでいる。


「何だか弟が出来たみたいだ」
「………」


俺のそんな言葉を聞いた天馬は台本をテーブルに置いて、俺の腰に両腕を回してくる。何も言わずに天馬の頭を撫でて、髪の毛を触り心地を確かめるように指に絡ませたりと遊んでいたらいつの間にか天馬は眠っていた。


「いつもお疲れ」


俺の腹に顔を押し付けるようにして眠っているせいで、寝顔を見る事は出来ないけどまぁ良いかと息を吐いて天馬の頭を撫でた。