きみが言うならそれがすべて

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「やっばい。太った」
 それはお昼休み、深刻そうな顔をした親友ハナコの言葉である。しかしその正面にいるナマエはより深刻な顔をして、絞り出すように呟いた。
「太ったなんてもんじゃない……」
 絶望という表情は、まさにこんな感じだろう。
 そもそも何故こんな話になったか。

 二人でお弁当を食べ終えた後、ハナコが思い出したように机から1枚のプリントを取り出した。「この前借りたいって言ってたプリント持ってきたよ」と差し出されたのは先日ナマエがうたた寝をしてしまった英語の授業のものだ。ナマエは「ありがとう、助かるよ」と差し出されたプリントを受け取ろうとして、その手の出し方がいけなかった。プリントで手を切ってしまったのである。いたっ、と小さく声が出たのと同時に、人差し指の中ほどに細く赤い線が入る。ハナコは慌てて謝ったが、今のは事故で誰のせいでもない。しかし、ナマエがいくらそう言ってもハナコは申し訳なさそうにおろおろするばかり。ならばと「んじゃ、一緒に保健室に絆創膏もらいに行ってくれたらそれでチャラね」と言ってナマエがその場を収め、二人連れ立って保健室に行ったのがつい先程。
 ナマエが保健室の先生に消毒をしてもらっている間、ハナコは手持ち無沙汰だったのか、壁に貼ってある保健便りを見たり、身長計に乗ったりしていた。ナマエが「お待たせ」と言うと「ちょっと身長伸びてた!」とにっこり笑っていて、ナマエも身長計に乗ってみることにした。
――あー残念、私は変わらないや。
――そっかー。
 そこで終われば良かったのだ。しかし、二人の会話はそこで終わらなかった。
――ついでに体重計も乗っちゃう?
――えー、いいけど、ハナコも乗ってよ?
――はいはい!
 ハナコの軽い提案にナマエも軽く乗ってキャッキャとはしゃいでいたが、それはすぐに後悔へと変わる。示された数値が予想と違っていたのだ、それも大きく。
 保健室から教室への帰路、二人は無言だった。
 そして教室で力なく席に着き、冒頭の言葉である。

「そんなに?」
 ハナコがナマエを窺うように見上げて問う。
「……そんなに。あー、この前の中間テストのせいだ。あと冬のせい」
「なんでテストと冬のせいよ」
「テスト勉強中ってついつい間食しちゃわない?」
「……わかる」
 ハナコも心当たりがあるようで、疚しげに頷いた。
「あと、冬は学校帰りに肉まんとかあんまん食べたくなるの!」
「あー、ナマエは部活やってるしね」
「そう! 部活終わったくらいの時間ってお腹空くんだよねー。それに寒さに耐えられなくてつい……」
「あー、ナマエめっちゃ寒がりだもんね」
 悲しいかな、心当たりと言い訳がこんなにもすらすらと出てくる。わかっている。わかってはいるけれど、それを節制できないがためにこの有様である。
「はぁ……お弁当、減らそうかなぁ」
 既に食べ終わり、きちんと巾着に包まれたお弁当箱を見る。普段ならばお弁当の後は友達とお菓子を食べたり交換したりするけれど、今日はとてもそんな気分にはなれない。
 すると横からポンと肩をたたかれた。
「おふたりさん、なに暗い顔してんの? ほら、ポッキーのお裾分け」
「スガ……。今はその優しさがつらい」
「私もナマエも、今日はちょっと遠慮しておくよ」
「え? なに? どした?」
 ポッキーを差し出したままの菅原が、訝しげに二人を交互に見た。
「ちょっとね……。今は食べられないというか」
「え。体調悪いとか?」
 ナマエの言葉を聞いて、菅原の訝しげだった表情は心配そうに変わる。ナマエは何とか具体的な言葉を避けようとしただけなのだが、そんな顔をされると少し申し訳ない気持ちになった。けれど、太ったとはっきり言いたくはないのだ。特に、菅原には。
「えぇと、いま、悪い方向に体がメタモルフォーゼ中で……」
「ん? めた? なに? 保健室行くか?」
 明言を避けようとすればするほど、優しい菅原は心配そうにする。
――あぁ、神様酷いです。節制できてなかった私が悪いとはいえ、好きな人に醜く太った事実を自ら告白しろというのですか。
 ナマエは心の中で神様を逆恨みし、ナマエの気持ちを知るハナコは気の毒そうにナマエを見ていた。
 言いたくない。けれどこのまま心配させてしまうのも忍びない。
「その……、誰にも言わないでね」
 そう前置きしてからナマエは意を決して続けた。
「あのね、ちょっと……太っちゃって……。今日からダイエットなの。だから、えっと、体調悪いとかじゃないから心配しないで」
 だいぶ太ったのをちょっと、と言ったのは許してほしい。十分な辱めは受けたはずだ。
 返答を聞いた菅原はと言うと、きょとんとした後「なんだーそんなことかー」と笑った。
「笑いごとじゃないよー」
 ナマエはぐったりとうなだれる。
「だってミョウジもヤマダも、もとが細いんだから大した問題じゃないべ」
「いや、問題なの! 大問題!」
「そうだよ!」
 もとの体重から増えたという事実が、女子にとっては大問題なのだ。それと、男子の言う「細い」は信用ならない。女子基準の「細い」と男子基準の「細い」の認識が大きく離れているというのは常識だ。
「そうかぁ?」
 菅原は納得いかなそうに首をかしげたが、ナマエからしたらそこは譲れない。
「そうなの! 菅原はどうせ食べても太らない体質とか言うんでしょ。だからわからないんだ」
「まぁ、確かに太らないど」
「ほら! やっぱり! 男子はすぐそう言うよね」
 決して太りづらい体質の菅原が悪い訳ではないけれど、つい拗ねた言い方になってしまう。ちらりと菅原を見れば学ランの下には厚手のセーターを着ていて、もちろん防寒用のインナーもその下に着ているだろうに、そんなことは意に介さないすらりとしたシルエット。そして部活帰りには毎日のように買い食いをしているなんて話をしょっちゅう聞いてしまえば、なんとも不公平だと拗ねたくもなるのだ。
「でも俺は部活で筋トレしてるからなぁ。それで代謝が良いんであって体質じゃないと思うけど……」
「私だって吹奏楽部で筋トレするよ」
「でも、運動部と比べたら消費カロリーは違うべ?」
「まぁ……それは……。だから! なおのことダイエットしなきゃでしょ?」
 結局はそういう事なのだ。太った、けれど代謝が悪い、運動部に比べて消費カロリーも少ない、ならば余計にダイエットに励まなくてはならない。それでも菅原は納得いかないように眉を下げた。
「うーん……。でも、もとが細かったんだからちょうど良くない?」
「まぁ、確かにナマエは私より身長高いしねー。私に比べたらダイエットの必要は薄いかも」
 菅原とナマエのやり取りを黙って見ていたハナコまでもがそんなことを言う。
「えー、ハナコまでそんな……。でも、ダイエットはする! するから!」
 ナマエは半ば叫ぶように宣言する。だって少しでも綺麗でいたい、それは乙女心だ。特に恋をしていればなおのこと。その気持ちはハナコもわかるようで、ナマエのダイエット宣言に「じゃあ一緒にがんばろうか!」と笑って応えた。

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