もうすぐ、付き合って六年になる彼氏がいる。
同棲を初めて、二年半。もうそろそろ、結婚?なんて、周りに言われているけど、実際の所、私達の間に結婚のケの字もない。

彼は高校を卒業後専門学校へ進み、自分のお店を持つ夢を叶えた。高校の頃と変わらずに、毎日楽しいそうに厨房に立っている。彼が楽しいのなら、私も嬉しかった。

「ねぇ、明日仕事休みなんだけど、どこか出かけない?」
「うーー、これ終わっとったらええよ」
「うん、ありがとう」

パソコンとノートに見慣れた文字が並ぶのを見て、お店関係の事務作業をしているのは分かった。お店持ってまだ数ヶ月だもんね!今は、彼のお店優先しなきゃダメだよね!と私も彼を支える努力をした。

記念日だって、私の誕生日だって、我慢した。何も言わなかったら、気づかないまま一年がすぎた。でも、彼は変わらず笑っていた。

「今日なぁ、仕事でミスして先輩に怒られてん」
「…ん」
「明日なぁ、久々に友達に会える」
「んー、うん」
「…じゃ、明日早いからもう寝るね?」
「ん」


家に帰ってきたら必ず今みたいにパソコンとノートと向き合っていて、同じベットに入って寝るだけで指一本触れて来なくなった。いつからだっけ?最後にいつシたかな?もう、覚えてない程前で、時々思う。

私が治の隣にいる必要あるかな?

私ね、気づいてんだよ。
治から女性の香水の匂いが付いて帰って来ることも、知らない女性と休日会っている事も、ちゃんとそれが常連さんとの付き合いだって、理解してるよ。けどなぁ、そろそろ限界かもしれん。


それは、私の誕生日の次の日。
友人が朝早くから私のお祝いをしてくれるからって言って駅前まで約束をした。当日は彼氏やろ?だから、次の日は私と過ごしてや!と友人の気遣いに心が痛む。誕生日、昨日治は朝から仕事へ行って帰ってこなかった。そして、今朝起きた時治は居なかった。初めてではない。あぁ、たまか、と涙も出てこなかった。

「ゆりーっ、おまたせ〜」
「待ってへんよ?どこ連れてってくれるん?」
「それは、お楽しみやらまだ言わん」

駅の中は混雑するから、駅の近くにあるカフェで待ち合わせをした。ガラス張りの店内から外が見える席に座ってコーヒーの飲み掛けのグラスを口元に運ぶ手が止まった。どうしたん?と私の視線の先を確信した友人が「はぁ?」と休日の朝早く、わりと人が少ない時間帯なのに大きな声をあげたので、よく響いた。

「…まだ、残ってるから座ろうっか?」
「何言っとん!アレ、ええの?」
「……私な、昨日、一人やったから今日めっちゃ楽しみにしとんねん!」
「…は?」
「今日が楽しい日になれたらそれでええよ」


口元に運んだコーヒーの酸味さえも分からなかった。ガラス越しに腕を組んである男女に見て、あぁ、六年って呆気ないんやなぁと感じた。

気づいていただけで、目の前で彼氏が別の女性と歩いているのを見るとやっぱり心が痛かった。もう私のこと好きじゃないんだと、改めて実感したと共に別れたら、あの家出るのは私か…家探さないかんなぁと冷静な自分がいた。

「今日はいっぱい笑いぃ!」
「うん、ありがとう」
「ゆりが行きたい所あるなら全部私が付き合ってあげる!」
「本当?それは嬉しい」
「行きたい所ある?」
「…不動産?」
「何件でも付き合ったる!」


そして、その日私新しい家を探して、友人と内見も済ませて、審査のため一週間は治と暮らしていた部屋に戻らなくていけなかった。でも、そんな一週間はすぐに過ぎ去った。今まで通り、治は家ではパソコンとノートと睨めっこ。私の会話には適当な返答。

「これ先輩がくれた。美味しいみたいだから冷蔵庫入れておくね」
「ん」
「…今日も仕事大変やね、あんまり無理しんでね?」
「ん」
「また、お店行くね」
「ん」
「……別れよっか」
「ん」
「じゃあ、明日早く出るから、もう寝るね」
「ん」


一人で寝るには大きすぎるなんて、思っていたベットで今初めて一人で良かったと思った。本当にこんな簡単に終わるなんて思えなかった。
もう、この家には必要最低限の荷物しか残っていない。一週間の間、仕事前、仕事合間に私物は全て友人の家に置かせてもらった。審査が通ったらすぐにでも住めるようにしてもらってあるのを知っている友人は、数日ぐらいええよって快く引き受けてくれた。


最後の朝、目を覚ますと隣には治が寝ていた。
寝顔は付き合い始めと何も変わらない治の口元へ「ありがとう、大好きだったよ」と最後のキスを落として、部屋を出てた。

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