にわ
そりゃ色んな人が居る事は知っとる。
近過ぎて人でなしの気持ちわからんようになっとんかもしれん。誰のせいとは言わん事にしとくわ。

あのカップルが来なくても、他のお客さんが来てくれたら俺は嬉しい。


バリバリに化粧しとるお姉が俺の握った飯食って、微笑んでくれたら嬉しい、幸せやねん。あ、あのおっちゃん最近顔見てへんなぁ〜…大丈夫やろか?

こんな感じで、あのカップルも最近見ていない。

そう思って片付けを始めた頃にガラガラっと扉が開き「まだ、ええですか?」と言った若い男性客に、良かった、俺が話しかけたせいで来て貰えんかなったかと思っとった…あのカップルの彼氏さんやった。


「ええですよ、どこでも好きなところ座って下さい」
「ありがとう〜」


週の始まりだったから、わりと暇でバイトくんは先に帰されせた。店員は俺だけ。
俺が、おしぼり取りに厨房を出ると、次に入ってきたのはいつもニコニコ微笑んでいる可愛らしい彼女じゃない、違う女やった。


は?

おしぼりを掴む手が止まった。

次に入ってきたのは、あんまり見ない若い男性と、また知らん女。は?なにこれ状況?…あぁ、あかん、あかん。これは仕事や。仕事。座敷に座った四人に「何にしますか?」と注文を伺った。

「とりあえず、生四つでお願いします」

あの彼氏さんがそう答えたんで、お待ちくださいねぇーと席を離れると誰もいない店内にはよう話し声が聞こえた。



「おにぎりばっかりやん!」
「そりゃ、おにぎり屋やからな?ここ結局有名やで?」
「それは知っとるけど、こんな時間に食べれんよ〜太ってまう」
「何言ったん?リカちゃん、細いやん?」
「えー、だってこれから家行くんやろ?引き締めときたいやん」
「うわ〜ヤル気満々やなぁ〜、そうゆうとこええな」


俺は、俺の店に来た客に美味しかった、また来るでなぁ?なんて笑顔になってもらえるんが好きや。だから、営業しとれる…けど、今は何でも営業しとるんやっけ?と考えたなった。

あぁ、あの子と別れたんかな?
だから違う女と居るんやな…あぁそうゆう事やな。座敷の男女隣り合わせで座っている光景は、二組のカップルと言う言葉が正しい。テーブルに生を置いた時、あの彼氏の横に座っている香水臭い女は「なぁ、ゆりちゃんはええの?」と勝ち誇った顔して言った。



「別にええんちゃう?ゆりちゃん、ホンマこいつの事しか見てへんから」

と見慣れない男性が言った。なにがええんやろな?見てへんほど好きなんやぞ?ええわけないやろ?

「うわ〜ゆりちゃん、可哀想〜、ゆりちゃんの彼氏に今日抱かれるの私やけどええかな?」
「むしろ、さっきの店で出したお金ゆりちゃんのやろ?」
「えーまじ?ゆりちゃん、色々とご馳走様さん」

ゲラゲラと品のない笑い声を響かせる煩い女達。大人になったら我慢せないかん事もようさんある。だから、我慢せないかんよな?だから、何も言わんかった…それなのに、トドメを刺したは彼氏やった。


「まぁ、ゆりは俺から離れたりしんで気にせんでええよ」


あの子…ゆりちゃんは、俺の握ったおにぎりを時間気にせず、ニコニコ旨そうに食ってくれて、いつもご馳走様って会釈してくれて、食べ終わった食器を下げやすいようにしてくれているってバイトの奴らでも知っとる程ええ客や。会計の時に出してくれるお金も毎回折れてない、曲がってない綺麗ないお札。

うちにとって、ええ客をダシにされるのは店長として見逃せへんやろ?我慢する方がアホらしい。


「あーぁ、すまん、お客さん!今日、この後、空調設備点検あったの忘れとった」
「こんな時間にあるんですか?」
「せやねん!ウチ朝も営業しとるから夜遅くしか対応してもらえんくって…」
「えーなら、早よ、家行こうや?」
「リカちゃん、そんなヤリたい?」
「当たり前やん…ンー、もう我慢できんもん」

と香水臭い女は彼氏の口を塞いで、手を胸に押し付け始めた。辞めろや、ここで気持ち悪いねん。「うわ、ここでせんでも、店長すみません、お金…」と満更でもない笑みを浮かべた彼氏はボロボロの財布からチラりと折れていない綺麗なお札を見せた。

「いや、ええですよ、こっちの確認ミスやからお代はええです」

それ、お前の金ちゃうやろ?


「ええんですか?」
「ええよ、ええよ?」

だから、早よ帰ってくれ。

腕を絡めて、ヨタヨタと帰っていく二組のカップルは品のない話題を続けながら出て行った。初めてや、初めて客を返した。


後悔はしてへん…なのに、なんやろこのダルさ。臭い香水のせいかもしれん…換気や、換気。窓を開けて、換気扇付けた。…は?点検なんてあるわけ無いやろ。定休日使ってやっとんねん。

座敷に残ったジョッキを片付ける前にカウンター席に腰を落とした。

「おぉーっ、寒!お前、なんで、窓全開やねん!風邪ひくやろ?俺が!!」
「…うっさい、今お前の相手しとる余裕ないねん」
「はぁ?こっちは遠征から帰ってきたばっかりだって言うのに、挨拶もなしに何座っとんねん!」
「…営業なら終了したわ」


一つ空けて座り、土産と、白い紙袋をテーブルの上に置いてから「んで、何があったん?」なんて聞いてくれるツム。いつもなら、こいつだけには絶対言わんのに…言いたない。


けど、今日は、自制が効かん。


二週間前、俺が今座っとる席に座った…さっき名前を知ったあの子と会話した事、俺はこの仕事が楽しいんや、でも、初めて客を返した事…気持ち悪いぐらいにツムは俺の言葉を全部聞いてから、ひとこと言った。


「奪ったらええや?」

お前ほどその言葉が似合うやつ俺は知らん。


「…俺は、人に優しくするって決めてん」
「んで?自分の客、傷ついてるの見んようにするんか?そっちのが、人でなしやろ?」


わかっとる…ツムの言う事が珍しく正しいねん。見て見ぬふりするのは優しくないやろ?それでも、やっぱり…「奪うんは…あかんやろ?」

俺、奪われた事、良おあるから、奪われた身の気持ち分かるから隣を睨んだ。……めっちゃ腹立つねん。


「ほな、俺がゆりちゃん奪ってこよかな」


お前ならいけるんちゃうん?人でなしやから、何しても怖くないやろなぁ〜けど、それはあかん。


「絶対やめろよ」


一釘刺した。
おぉー怖っなんて、わざとらしく身震いさせた。ツムの口から次に出てくる言葉がわかってしまった…わけではない。ただ、俺が口ずさんだ言葉とツムの言葉が重なった。


「「攻める、タイミングは逃したらあかん」」


「わかっとるやん?なら、次はグイグイいけよ?」
「…その次がないかもしれん」


この店に近いんのは、ゆりちゃんの家じゃない。彼氏の友達の家。この前来た男の事やろか?どうでもええわ。
どっちにしろ、彼氏は浮気相手を連れてきた後、すぐにゆりちゃんをここへ連れてくるだろうか?ましてや、あのカップルが来っとたんは毎週じゃない。多くて月二、三回。その程度。

そのぐらいの頻度で、きてくれても、いつも座るのは厨房から離れたら座敷。彼氏が電話で席を外したからって喋る距離じゃない。俺が厨房から出て座敷に行くわけにもいかん。


ホンマに、攻めるタイミングを逃した。



ツムに話してから、自分の中で冷静を取り戻したか分からんけど、片付けして、仕込みもしてさっさと帰って寝よう。


逃してしまったもんは、もうどうしょうもないねん。いろんな想いを込めておにぎりを握り続けていた翌日。
ランチ後、客もだいぶ引いた。次は、夕方からそれまでに在庫確認しょう…そんな時、ガラガラっとゆっくり入口が開いた。

「……っ…ゆり、ちゃん…?」

俺は、手に持っていた在庫を確認するためのメモ帳をガサっと落とした。
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