02
「クラス、どう?」
入学して一週間が経った日、クロに聞かれた。「…まぁ、普通」とゲーム画面を見ながら答えた。それにクロは、ふーん、で終わった。
クラスよりも部活のが苦手だと思った。今までクロが居たから、やっていたバレーも此処で続けるか…分からなくなった。クロには「やめるなよ」と言われているけど、嫌なものは嫌だ。
「孤爪くん、指怪我してるよ?」
朝練後教室で、何も考えないためにゲームをしている時、突然ゲーム機を支えていた人差し指に触れたのは、隣の席の木藤さんだった。…言われて見れば、少し痛いかも…そんな、程度の痛み。ゲームをやりすぎた次の日よりは痛くない。昨日はあまり、ゲームを触っていない。なら、朝練の時…?
「…平気、痛くないから」
ゲーム画面を見ながら答えたら、「ダメです」といつも朝、挨拶をする時の明るい声が聞こえたはずなのに、一瞬背筋が凍るような空気を感じた。視線を画面から彼女に向けると目が笑っていなかった。
「後からもっと痛くなるよ」
「…ただの、突き指だから」
「突き指は、ただのじゃ、ありません」
そう言って、彼女は鞄から少し大きめのポーチを取り出して、俺の手を引き、慣れた手つきで巻き終えた。「どう?痛い?」と聞かれたので「動きづらい」と答えたら、いつものように微笑んだ。
「だって、固定させたからね!部活の頃には外して大丈夫だよ」.
あ、これを理由に休んでもいいかなと頭を過ぎった時、いつも明るい木藤さんの声が、少しだけ震えて告げた。
「今だけだから、大丈夫だよ」
これは、固定された指が動きづらいからの話であって、部活内がどうなっているか知らないはずなのに、全てを見透かされているような言葉で思わず、彼女の顔へと視線を向けた。
一瞬、眉をハの字に下げて無理矢理口角を上げた、取り繕った笑みに言葉が出てこなかった。
でも、その顔は本当に一瞬で、すぐにいつものように「部活前に外すから声かけてね」と女子たちが集まっている輪の中へ入って行った。
それから、「孤爪くん、今日は大丈夫だね?」とか「また怪我してるじゃん」と挨拶以外にも会話が増えた。
クラスメイトの女子と話す事なんて、ほとんどなかった…中学の頃、少し仲良くしている男女がいると付き合っているんじゃないかと、騒ぎ立てる人がいたから女子とは距離を取りたかったのに、木藤さんは御構い無しにくる。
でも、不思議な事に、木藤さんが距離を詰めたからと言ってクラスで騒ぎ立てる奴は居なかった。多分、誰とでも仲良くしている彼女だからだと思った。
「孤爪くん、おはよ!勉強してる?」
入学してあっという間に、もうすぐテストが始まる時期になっていた。厳しかった三年生ももう少しで練習に来なくなる。少しだけ嬉しかった。多分、そんなタイミングだったからだと思う。
「…研磨、でいい」
「え、」
「木藤さん、毎日毎日呼ぶから」
「えーっと、つまり、お友達になってくれるの?」
「…違った?」
「ち、違いません!お友達です」
「なんで、敬語?」
えへへっと木藤さんは笑った後「ありがとう」と言った。だから、お礼を言われる事なんてしてない。また手元にあるゲーム機に視線を落とすと「じゃあ、研磨は鈴って呼んでね」と言った。
「……わかった」
テスト勉強しないのー?とまた、話を続けた。成績が悪いわけではない。ただ、上位とかでもない。平均でいるからテスト前だからと言って焦る事もない。だから「…大丈夫」と手元を見ながら返事をした。
「…ノート、提出テスト後だけど、それでも大丈夫?」
…ノート?あ、授業中ちゃんとノートを書いていれば問題ない、テスト後に授業をちゃんと受けているのか、教科担任によって異なる授業意欲点の評価の一部。普段から、ちゃんと授業を受けていれば問題ない…が、鈴の言葉を聞いた途端、流れるようにセーブ画面へ進めて、画面を真っ暗にした。
「…鈴」
「はい、研磨、なんでしょうか?」
また、敬語…だけど、さっきのは違う。
ニヤニヤしてこっちを見ている。この顔、知ってる。「…クロ、みたい」と思わず声に出した。鈴はクロを知らないから、え、誰?と言っていたけど、知らない方がいいよと伝えたら「間に合うといいね」とノートを貸してくれた。
「…やっぱり、クロみたい」
「んークロさんは、良い人?」
「うん、まぁ…いい人かな」
「なら、気にしませ〜ん!」
とピースをして笑った。それに吊られて、頬が緩んだ。鈴の周りが、いつも笑っているのは、鈴が笑っているからなんだろうと思ってはいたけど、自分までも吊られてしまうなんて…なんか…「え、何で、研磨怒ってるの?」負けを認めたくなくて、ムスッとして、鈴はやっぱり、恐ろしいと思った。