一年生GW



「はぁ」
「…それで、八回目」
「数えるなよ」
「賢二郎って意外と欲張りだよな」

五日間の特別メニューが終わり、思いがけない所で初めて小渓さんと話せた。それでも、今までの俺は嬉しくて残りの五日間も乗り切れる勢いだったのに「…もっと話したい」と「俺が送りたかった」とか言い出したらキリがないから言えず、その代わりのため息であった。

モップがけでいつもより少し遅めの夕食を味わっている時に、離れたテーブルから「お!お疲れー!ちゃんと送ってきたかぁ?」と二年生の声に俺は耳を傾けた。

「おぅ、無事に送り届けたぞ」と一人が言えば、もう一人は「腹減った〜今日はなにかな?」とすぐに食事を受け取りに行った。

「毎日送り届けて少しは進展した?」
「は?別にるりちゃんとどうなりたいとか思ってねぇよ」
「えー、瀬見、あの子可愛いって言ってたじゃん」
「可愛いは言ったけど、彼女にしたいとは言ってないから」

そんな二年生の会話に集中していて、「賢二郎顔」と太一に言われて居なければ、思わず持っていた箸を折る所だった。毎日送り届けてたって、なんだよ。俺は小渓さんと付き合いのに、今日初めて喋っただけ…なんだこの差。

「まぁ瑛太くん、るりちゃんに警戒されてるもんね」と食堂を受け取って二年生の集まっているテーブルに向かったもう一人がそう言うと「語弊がある!」と否定して、言い直した。

「るりちゃんは、ちょっと色々あってバレーボール部のセッターを警戒してる、だろ?」
「…まぁ、どっちでも同じじゃない?」
「俺がなんかしたから警戒しているみたいになるだろ、さっきのは!」

と、会話を最後に俺は耳がなにも聞こえなくなったってしまった。聞き間違えか?…いや、色々ってなに?俺が知らない事を瀬見さんが、二年生のセッターが知っている…。あぁ、やばい。これは結構はくるな…。

「…賢二郎、大丈夫か?」

俺と同じように会話を聞いていた太一は、心配そうに聞いてくれたが「…」なにも言葉が出てこなかった。
その後も連休中のメニューは変わりなく続き、尽きかけていた体力に、さらに精神的なダメージで後半どんなメニューをこなしていたか正直覚えていない。牛島さんにトスを上げれるセッターに俺はなりたいのに…それが一番だ。と言い聞かせて、乗り切った。

そして、最終日が始まった。

「例年よりも長い練習をよく耐え抜きました。そんな、君たちには、今日は特別メニューのさらに特別な試合をします」
「「…?」」

朝のミーティングは大体スケジュールの確認だったので突然なにを言い出しているのか全員理解出来なかった。基礎の練習ばっかりだから、試合をしたいと連休中に考えた事はあるけど、最終日、体力も尽きかけている、このタイミングで試合か…喜びたいけど喜べない。相手はどこだ、その試合結果で、今後が左右されてしまうかもしれない…などとみんな様々な思いでコーチの話を聞いていた。

「試合相手は、白鳥沢の二、三年チームです。特にこの試合で今後を左右するかは考えていない。ただ、お疲れさま。今日は、楽しみなさいって感じだから…まぁよろしく」
「「…よ、よろしくお願いします」」

誰がどこのポジションでとかを自分達で決めている時にガラッと体育館のドアが開き、二、三年チームが入ってきた。その中にはもちろん、牛島さんもいた。あの人のスパイクがまた見れると思うと先まで尽きかけていた体力が嘘のように溢れてでてきた。
連休前にも二、三年とは練習を一緒にしていて、本来ならこれが普通なのに…今日はいつもと違うことが一つある、それは「るりちゃん!」と三年生に呼ばれて駆けつける同じクラスで、俺の好きな小渓るりさんがいると言うこと。
アップをしている間チョロチョロと動き回るそんな姿まで可愛いと思ってしまう。そして、そんな浮ついた思考でトスをあげようとした時「あっ」と思わず声が出してしまった。

「賢二郎!お前、今よそ事考えてただろ!」
「…わりぃ」
「頼むから試合中は辞めてくれ」
「…おぅ」

少しだけトスが短くなったのに太一はすぐに気づいて、その原因も察した。最後にサーブの練習をしてから試合をする事になったので、テーピングを巻き直し始めると「凄い量だね」とチョロチョロ動き回っていた彼女が俺の隣にしゃがみ込んで「お手伝いいりますか?」と聞くので、「出来るの?」なんて、カッコ悪い返事をした。

「…ちょっとだけ、連休中に二、三本のテーピングお手伝いしたから…出来るよ」

正直、人に巻いてもらうのはあまり好きじゃない。けど、他の人は巻いてもらえていて、自分だけ巻いてもらえていないのが心底嫌で「じゃあ、お願い」と彼女に手を差し出した。すると、俺よりも小さくて細い手でゆっくりと巻いてくれている時に、「…セッターが嫌いなのに、いいの?」とまたカッコ悪い事をきいた。すると、彼女は手を止めて、俺を見つめた。初めて彼女を見たときのように今日も綺麗な目で俺はその目に惹かれたんだとあらためて思った。

「瀬見先輩から聞いたの?」
「…まぁ、そんな感じ」
「…嫌いじゃないよ、ただ少し恐いの」
「なんで?」
「理由は聞いてないの?」
「色々って言ってた」
「……瀬見先輩は優しいね」

と視線をまた俺の手元に戻した。けど、俺は最後の言葉が嫌だった。俺はあの人みたいに優しくないけど、小渓さんへの気持ちは負けないから!なんて言えもしない。言えた言葉は「…俺は恐い?」だった。そして、彼女はまた俺に目を向けて、「どうして?」と不思議そうに聞いた。

「…俺も、セッターだからだよ」

そう言うと、彼女はハっとして丁度巻き終えた手を両手で包み込んで「怖くない!」といつもより少しだけ大きな声だったので驚いた。

「…ごめんなさい、いきなり大きな声出して…でも、本当に白布くんを怖いと思った事はないよ」
「…そっか。」
「うん」

彼女は少しだけ気まず空気にしてしまったと見るからに落ち着きがないその姿までも可愛いくて「ねぇ、俺が怖くないなら帰り駅まで送っていくの、俺じゃだめ?」と卑怯な聞き方をした。これを断れば、俺を恐いと思っている事になってしまう。でも
彼女のあの慌てぶりを見る限り、恐くないと思っているはずだから、答えは決まっている。

「…送ってもらっていい?ご飯遅くなるよ?」
「いいよ」
「お願いします」