一年生GW



連休五日目。特別メニューに、慣れる事はない。
日によって組まれている内容は異なる。今日は、行った何キロ走ったのだろう。この五日間でフルマラソンを何度完走したのだろう。何本サーブを打ったのだろう。そんな数を思い出す事すらできない。

「えーっ特別メニュー折り返し地点にやってきました。残りの五日間も気を抜かないように、体調管理をしっかりして、沢山食べて、ゆっくり休みなさい」
「「はい!」」
「それでは、片付けをして解散」
「「お疲れさまでした」」

コーチの挨拶が終わり体育館を出た瞬間、五日間分の疲れがドッと体を襲った。ヤベェ、後五日もあるのかよ、早く終わってくれと、心の底から願った。

「賢二郎、俺ら今日モップだぞ」
「…最悪」

一年だけでの練習だから片付けも自分たちでやるため、あらかじめ分担されている。そして、モップはネットやボールが全て片付いた後に一番最後に体育館全体を吹いていく。つまり、ご飯がすぐに食べれないという事だ。
成長期の胃袋はもう空っぽだって言うのに…ほんの数分でもいいから、早く腹に何かを入れたい。コートの隅で太一とストレッチをしながらネットやボールが無くなるのを待っていると先ほどコーチが出ていたドアの隙間から人影を感じた。

「太一、あそこ、だれか居ねえ?」
「は?俺ホラーむりだから、やめろよ」

「そんな、情報いらねぇよ」と投げかけて隙間の空いているドアに近づいて、ぐっと思い切りドアを開けた。すると「わぁ!」と高い声が上がり、俺まで驚いた。

「…何してるの?」
「えへへ、偵察…?」

なんて、少し前髪を整えながら照れ隠しのように言うその姿がホラー番組を見てゾッとする感覚に近い程、可愛かった。「…偵察って同じ男子バレーボール部内を?」と精一杯感情を押し殺してきいた。

「…この、期間で辞めちゃう人も多くいるって聞いたから、白布くん達はいるかなって覗きにきました。…ごめんなさい」
「怒ってないから、謝る事じゃないでしょ」

そう言えば、俺へ向けて「残っててよかった」と満面の笑みを浮かべた。そんな顔をさせても…必死に平然を装って「…おぅ」とだけ返すと、はっ!思い出したかのように鞄の中をゴソゴソと何かを探しはじめて、小さな細くて白い手で何かを握り、俺の手の前に伸ばした。「…なに?」の彼女の手を見つけた。

「もう、二つしか残ってなかった。塩分補給にどうぞっ」

俺は小さな掌に置かれた塩飴二つへゆっくりと手を伸ばして、ちょんっと俺の指先が彼女の掌に触れた。

「ありがとう」
「こんな物しかなくてごめんね、川西くんにも渡して」
「おぅ、わかった。小渓はんはこれから帰るの?」
「そうだよ」

俺にしては自然に会話ができている。そして何よりももっと話をしていたいなら「大丈夫?結構暗いけど、良かったら…」送っていくよって言い終わる前に、二、三年の体育館から誰かが出てきて「るりちゃん!ごめん、いこうっか」と叫んだ。

「お邪魔してごめんね、ゆっくり休んでね」
「…おぅ、小渓さんもね」
「ありがとう、バイバイ」

そう言って彼女は先輩の元へ走っていった。暗くてよく見えないけど、ただ、羨ましい。練習も見ててもらえて、送っていけるなんて…「痛ッ!」考え事をしていると予想だにしていなかった後頭部への痛みに振り返る。「顔が怖い」と言うながら、モップを二本持った太一がいた。

「初めて話せたんだから、それでいいだろう。欲張るなよ」
「…っわかってるよ」

とモップ掛けを始めようとした時「ん」と太一が手を俺に向けた。

「なに?」
「いや、何じゃねぇだろう、飴!貰ってたじゃん」
「…太一、飴好きだったのか?」
「いや、別に好きでも嫌いでもない。腹が減った何でもいいから食いたい」
「じゃあ、モップでも喰えば?」
「食いもんじゃねぇだろう」
「今、なんでもいいって言ったのお前だろ」
「いや、食べれる物だったらの話だよ」
「ふ〜ん、早く終わらせて食堂いこうぜ」
「……そうだな」

小渓さんから貰った物を太一でも、渡したくねぇと思ってしまった。むしろ、自分で食べる事すらできねぇかもしれない。