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「お前もやろ?」なんて、はにかむ、赤木先輩の顔を見て、微笑むと「その顔、ひどいで」と笑われた。

一学年上の先輩でこうやって会話が出来るのは、赤木先輩だけだ。まだ知り合って間もない…一年の修了式の日、初めてちゃんと会話をした。…ちゃんと…?多分、ちゃんとだと思う。



遡ること数ヶ月前。

稲荷崎高校では、年明けは学年末試験が終わると生徒より先生のが忙しい。

一年の締めくくりのテストも終えたのなら、一人一人成績をつけて、次に来年度のクラス分けで、成績が偏らないように、担任を誰にするか等、来年度の準備が始まり、授業よりもレクレーションが多くなる。

クラス内で行うモノ、クラス合同で行うものと様々あり、クラス対抗レクレーション事、球技大会は熱の入り方が凄かった。

元から、稲荷崎高校はスポーツ推薦で入学してくれる人が多くいて、球技大会でこそ、スポーツ部員の本領を発揮できる場所で燃え上がる…けど、当時のクラスでスポーツ部員のくせに、いつも以上に冷たい人が一人。

「角名くんは、バレーやるの?」
「所属部活のスポーツには参加できない」
「あぁ、そっか!じゃあ、何やるの?」

バスケ?それとも、卓球?申し訳ないけど、角名くんがグランドで、走る姿か想像できないからサッカー、野球は声に出す事も無かった。

「…ドッヂボール」
「やっぱり、室内だね」
「悪い?」
「いえ、全然!頑張ろうね」

花篭は、保健委員だから何もしないでしょ?俺も保健委員になればよかったなんて、言われてしまった。角名くんの有志を見届けるよ〜と言えば、ただの遊びに有志も何も無い、と心の底からやる気がないという事が伝わった。



球技大会、当日。


各体育館、各グランドで、数多くの種目が同時に行われているため、結奈と一緒に応援して回っていると「花篭」と呼ばれて、振り返るとジャージを着た角名くんが立っていた。

「どうしたの?角名。今からそっちの応援行こうとしてたのに!」
「もう、終わった」
「はやっ」
「それより、花篭借りていい?突き指した」
「え、大丈夫!?」

救護用ポーチからテーピングを探すと残り、一巻き足らず……そういえば、さっきサッカー部の人でバレーボール参加者に結構使ったなぁ…と「ごめん、テーピング保健室なの…」と謝ると「分かった、行こう」と手を引かれた。

「私、出番あるから行けないや〜」と叫ぶ結奈にエールを送り、手を引かれたまま保健室へ向かった。

保健室の先生は、各グランド各体育館の巡回中で、不在。とりあえず、角名くんには椅子に座ってもらい、保健室の引き出しから新しいテーピングを取り出して、角名くんの指に巻き始めた。

「角名くん、指、長くて綺麗だね」
「…どうも」
「あ、ごめん気持ち悪かった?」
「うん」
「素直!さっきサッカー部の鈴木くんにもテーピング巻いたんだけど、鈴木くんの手を、大きいねって言ったら、鈴木くんにも今の角名くんみたいに、ジーッと見られちゃった」
「……ふぅーん」

鈴木くんの手は、私の倍近く大きさが違って、驚いた。角名くんも鈴木くんと同じぐらい大きくて、男の子ってこんなに大きいのが普通なのかって少し耐性が出来ていて、角名くんの大きさには驚かなかった。でも、鈴木くんの時には、気づかなかった。長くて綺麗な指に丁寧にテーピングを巻き終えた。

「はい、終わり」

と角名くんの手から、自分の手を離そうとしたときに、私の手を掴んで離れる事が出来なくなった。

「どうしたの?」
「…っ…」
「まだ、どこか痛い?」

問いかけても、何も返答がない。「角名くん?」と顔を覗き込もうとした時、角名くんの手が動いた。ほんの一瞬手が離れて、ホッとした時には、角名くんの指は、私の指の間に絡ませていた。

「え、どうしたの?」と混乱しつつ、角名くんに問いかけた。すると、いつものように何を考えているか分からない顔ではなくて、眉間にシワを寄せて、口角が少し下げて「…信用し過ぎ」とボヤッと呟いた。

「…鈴木にも、触りすぎ」
「え?…なに?」
「花篭はさぁもう少し危機感持ちなよ」
「…あ、えーと…うん。…どうゆうこと?」

角名くんの目を見てそう答えると、はぁーっとあからさまなため息を零す。私が理解出来ずにいると「こうゆうこと」と流れるかのように、ドラマや映画のワンシーンのように私の手の甲へ軽く、チュッと保健室では聞こえているはずのない音が響いた。

「え?」

反射的に、手を自分の元へ引っ込めるも、もう遅い。

角名くんは椅子から立ち上がって、今まで見てきた中でもっと楽しそうな顔をして「わかった?」と聞いておきながら、私が返事をする前に「テーピングありがとう〜」と保健室から出て行った。

何が起きたのか…全く理解できなかった。でも、この時、私は角名くんの理解できない行動に嫌だと感じなかった。これが私の芽生えた気持ちのきっかけでそれからどんどん育っていった。

そして、一年生最後の日、芽生えた場所で告白する予定が出来なかった。「おれ部活あるから行くね」と言って角名くんは保健室からすぐに姿を消した。


角名くんに嫌われたくない…その気持ちが大きくて、彼の前では一滴も溢さなかった自分自身を褒めてあげたい。この場に立って居られる事も、勇気を出して呼び出せた事も…何も言わないでこれからもクラスメイトとして居れる事も、全部…ぜんぶ……嬉しくない!

好きだって気持ち最後までちゃんと伝えたかった…今までみたいなクラスメイトではもう居られない…たった、数分の間に会話にやりきれない思いが溢れでた。先生が居なくて良かったと安心したのも束の間。

…ガタっ!…さっき角名くんが締めたドアが開き、角名くんが戻ってきた!?ってなんて心の中で一瞬華が咲きかけた時「っえ!大丈夫?どないしたん?」と見覚えのある先輩が私の顔を見て、問いかけた。

「ぁっ、かぎ…せ、んぱい…っ」
「…あぁ〜、確か…待ってな、思い出すから!泣いてなかったすぐ思い出せるはずやけど…んぅ〜」

保健委員で何度か顔を合わせているだけ。

だから、後輩の名前なんて覚えていないのが当然。私が先輩の名前を覚えたのは角名くんのおかげ。唯一、名前を知っている保健委員の先輩。

泣き崩れた名前もしない後輩に赤木先輩は、小さな子をあやす様に側に居てくれた。

ただの委員会が同じ先輩から、優しい良い先輩へと変わった。




NO Title運は尽きました