「で、何なんですかその格好」

「ん?服破られた」

「は?」


旅館に戻ってきた名前さんを見て俺は思い切り顔を顰めた。
名前さんは部屋に戻るなり着ていた服を脱いだ。それはいい。問題は服の方。スプリングコートの下から露わになった薄手のカットソーが破れていた。胸元からざっくりと。

怪我は、と思って見つめるが傷一つない身体と豊かなバストに思わず目を逸らす。というかこの人の場合怪我をしても反転術式で治せるのであまり関係ない。



「ガチじゃないよ。そういう設定」

「…何の話ですか」



イライラしながら読んでいた本を閉じて傍のサイドテーブルに置いた。

こっちは彼女との旅行中、突然何の説明もなく「用事あるからちょっと行ってくるわ!」と3時間ほど放置されて頭に来ている。マジでふざけんな。


今回の旅行は、任務が落ち着く時期だったのと彼女の処遇がお咎めなしなのが決定して、名前さんが「恵と二人で温泉旅行したい♡」と言い出したのが事の始まりだ。断る理由もない俺は二つ返事で了承した。

次の日には旅館も交通手段も全て彼女が手配していたから、余程行きたかったんだろう。まあ彼女が行きたいところならどこでも良い。そんな風に思っていたのに。



「女には秘密の一つや二つあった方が魅力感じるでしょ」
「…俺を3時間も放置してその言い訳はキツいです」
「ごめん!許して!おっぱい触る?」

「後で触る」


…別に許す許さないに関わらず触るつもりだ。

そう言ってウインクをすると部屋に置いてあった浴衣を名前さんが羽織ったのを見て、俺は寝椅子から立ち上がった。彼女の浴衣を少し乱暴にずり下げると白く艶かしい名前さんの胸元が露わになる。傷がないのを再度確認して安堵する。

名前さんは下着しか身に纏っていないから少しだけ恥ずかしそうに固まるが、俺が腰に手を回すとにやりと笑った。

「…温泉、入りますよ」

「恵ってばえっち」

「そっちから誘ったくせに」

「…のぼせるの嫌だからね」

「それは名前さん次第です」










「で、何してたんですか」



名前さんが予約した部屋は、部屋風呂付きの広々とした和洋室だった。源泉掛け流しらしく、二人で浸かるには少し広いくらいの檜の浴槽。
名前さんは髪をかきあげてヘアクリップで留めて外の景色を眺めながら首を傾げた。…後れ毛が少しだけ垂れる頸に目が離せない。そこに噛みつきたくなるような衝動を抑えながら、今日の彼女の秘密を紐解くことに集中する。
旅行に連れてきた俺を3時間放置してまでやらなければならなかった秘密とやらを。


「気になるよね」

「はい」
「一先ず、恵のことほったらかしにしてごめん」

ちゃぷ、と透明な湯を掬い上げながら名前さんは俺を見る。温泉の熱で少しだけ赤くなった頬と胸元がいやらしい。…いや、まだダメだ。我慢だ、我慢しろ俺。



「それで?」

「恵」



ざば、と湯が立って名前さんが俺の膝に対面で乗ってきた。あまりに官能的な状況にどくんと心臓が跳ねる。誘われている。



「怒ってる?」

「怒ってないです」

手を取られて名前さんの胸に置かされた。柔らかい感触。何回も揉んだことがあるから知っている。いつになく積極的な名前さんにイライラする。俺のことナメ過ぎだろ。色仕掛けで折れるほど俺は簡単な男になったつもりはない。



「…俺に言えないようなことしてきたんですか」

「……」

「答えろよ」

つつ、と胸から首筋を辿り、背骨のラインを撫でると名前さんは擽ったそうに少しだけ身を捩り、俺の肩に手を置くとそのまま抱きついてくる。柔らかい胸が温泉の湯と共にぴったり肌に吸い付いく。
…堪んねぇ。今すぐに抱きたい。抱き潰したい。早くめちゃくちゃにしたい。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか耳元で囁かれる。



「……誰にも言わない?」

「…それ言うってことは、悪いことしてきましたね」

名前さんの肩口に吸い付いて痕を残すと彼女は少しだけ身体を震わせた。くっきり咲いた赤を確認して、今度は鎖骨に吸い付いく。玉のような温泉の水滴が、さらりと彼女の胸元を流れて落ちる。
名前さんは小さく息を漏らして俺を濡れた目で見つめていた。自分から誘っておいてそんな顔すんの卑怯だろ。


「私の同級生の秤がやってる違法賭博があるんだけど、そこで情報提供してもらう代わりに賭け試合に出てきたの」

「……」


思ってもみなかった斜め上の事実に俺は黙った。彼女とのセックスを想像して膨らんでいた熱が少しだけ冷める。

違法賭博?賭け試合?それを秤さんが?

「マジで何やってんですか」

「だから情報提供のため」
「いやそうじゃなくて」
「別にウチらの代のアウトローっぷりは今に始まったことじゃないじゃん?…高専にも悟くんにも絶対絶対絶対ナイショにしてね。バレたら停学もんなの。私と恵の二人だけの秘密だから」

そう言って俺の唇に人差し指を立てる名前さん。ぽた、と湯の雫がまた彼女の首筋を伝って流れ落ちる。
秤さんも知ってるから二人だけの秘密ではないだろ、と思ったがそれを言うとムードをぶち壊すのでさすがに言わないでおく。何にせよ彼女が五条先生に知られたくない秘密というのは、俺にとってやはり甘美な響きだったから。



「良いですけど、何でそんなことしてるんですか」

「この前のツギハギ呪霊を助けにきたフード被った呪詛師がいたでしょ。特級呪霊を飼い慣らせる人間なんてそういない。呪詛師のことは呪詛師に聞くのが早い」

「…あの件、単独で深入りするのは危険ですよ。宿儺の指が絡んでるんですから」

俺が彼女の頬を撫でながらそう言うと、名前さんは少しだけ頬を膨らませた。


「…その宿儺の指が高専から盗まれたのは私の責任だし。…大体、恵だって津美紀の呪い一人でコソコソしらべてるでしょ。2級術師単独で手に負える案件じゃないと思うけど?」

つんつんと額を突かれて俺は黙った。…気付いてたのか。
時間がある時に津美紀の呪いについて一人で調べていることは確かにあった。もちろん五条先生も調べてくれてはいるが、寝たきりになってもう1年半。俺は正直何の手掛かりも掴めず焦っている。

「ねえ、お互いに協力しようよ。ただの呪いじゃないなら人為的なものが絡んでるかもしれないし、その場合必然的に呪詛師も当たるべきだよ。私は津美紀の呪いを解く手助けをする、だから恵は私を助けて。OK?」
「…良いですけど」

「ふふ、決まり。じゃあこれも二人の秘密ね」


何だかまたいいようにされている気がする。俺の膝に跨ってくすくす笑う名前さんの、さっきからうるさい人差し指を掴んだ。



「なに」

「俺から一つ、いいですか」
「どうぞ」

「まだ隠してることがあれば今のうちに話してください」

「…え?」
「もう抱きたいので。その前に俺に話しておくことがあれば」

ぴたり、と名前さんが動きを止めて固まった。ちゃぷ、と湯船で温泉が跳ねる。
まん丸な瞳を数度瞬きして、名前さんは俺の手から人差し指を抜け出させて指を絡めるように握り直した。



「…ございません、恵様」

「…」
「なんて。ちょっとムラッときた?」
「別に最初からきてます」

これ以上話しておくべきことはないらしい。
柔らかい胸を撫でて乳首を摘むと名前さんが露骨に反応する。鼻から抜けるような小さな笑い声が漏れてぞくぞくする。胸を刺激しながら腰を撫でていると、名前さんがまた顔を寄せてきた。

「恵、ちゅーしたい」


熱っぽい濡れた瞳で誘われて、答えるより先に名前さんの唇に口付ける。しばらく唇を堪能していると、流石に熱くなってきたのか名前さんは唇を離して「のぼせちゃう」と目を細めた。


タオルを適当にかけて身体を拭くと、ベッドに名前さんを押し倒した。温泉の熱と期待で火照る身体に、室内の温度はちょうど良く涼しい。部屋風呂から出る直前に濡れた髪が気になり軽く流したので、頭をタオルで拭いて名前さんを見下ろすと、彼女は少しだけ驚いたように目を見開いて、何とも言えない表情をしていた。



「…何ですか」
「……別に」


さっきのいかがわしい雰囲気はどこへやら、少し不機嫌、ともすれば殺意すら僅かに感じる視線に面食らう。…何だ?俺何かしたか?

「髪、濡れてぺたんてしてる」
「ああ、拭きま……」

と思ったら頭を掴まれて強引にキスされた。歯が当たりそうになるのをなんとか回避してちゅう、と舌を絡めてくる名前さんに俺も応える。何だ、一体。

「…似てるね」
「…は?」
「何でもない。…髪の毛拭いてあげる」
 

誰と?と俺が聞き返す前に名前さんはタオルを俺の手から取りあげるて、丁寧にタオルで水分を拭き取った。されるがままになっているとくすくすと名前さんが笑う。


「なんか犬みたい。…髪、乾いたら元に戻るよね?いつも」
「癖毛なんで」
「…うん、乾いてる方がいい」

「…?」

「いつもの恵って感じで好き」

髪にやたらと拘るな。何だ?



「あー…ごめん、忘れて。…続きしよ」

名前さんは雑念でも払うように首を振ると、俺の首に腕を回して抱き寄せてくる。問いただしたい気持ちもあったが、名前さんはこれ以上この話はしたくないらしい。わざと甘えるように何度もキスをしながら胸を押し付けてきた。柔らかいそれがむにゅ、と何度も俺の胸元をくすぐる。



「…勃ってる」
「この状況で勃たない男なんていませんよ」
「確かに」

ふふ、と名前さんが可笑しそうに笑った。




 



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