2018年10月31日 
22:10 首都高速3号渋谷線 六本木付近

私が渋谷に到着した時、時刻は既に22時を回っていた。
何故こんなに遅くなったのかと言うと、タイミングが悪く私は別の任務に派遣されていて、東京に戻ったのがつい先ほどだったからです。

夜蛾学長から一本の連絡があり、渋谷で首謀者不明の大規模な呪術テロが発生、東京に戻り次第渋谷に向かうようにとの指示があり、東京駅からタクシーを飛ばしてきたところだ。

私が夜蛾学長から聞いてるのは、5つ。
@渋谷で何者かが帳を降ろして非術師の民間人を多く含む大規模な呪術テロを開始したこと
Aそれを平定するために派遣された悟くんが獄門疆とかいう謎のすごい檻に封印され完全に身動きが取れなくなってしまったこと
B悟くんに代わり学生含む術師が多数渋谷に派遣されていること
Cその派遣された術師は班分けされていたものの、既に帳内に突入していて外からは状況が把握しきれていないということ
D以上@〜Cの状況を踏まえて、首謀者の処刑或いは捕縛、非術師の救出及び五条悟の奪還、ひいては渋谷平定が本任務の大きな目的であるということ

大まかな動きを聞く限り、とりあえず厄介な帳が幾つかあってそれを破壊するために七海班と虎杖くんが動いていたことだけは聞いたけど、現状としては術師サイドが押され気味って感じなのかな。
今日はハロウィンだ。渋谷は恐らく仮装した若者でごった返しているはずで、それを狙ったテロだと考えるのは容易い。帳の内部には大勢の非術師がいたはず。

とは言え夜蛾センの話だけでは帳内部の詳しい状況は何もわからない。とりあえず私はタクシーの中で渋谷に派遣されていて尚且つ連絡先を知っているメンバーに一斉にメッセージを送った。「渋谷に向かってます、状況と情報共有出来る者は大至急連絡ください」と。
帳内は電波が届かないらしいので、何らかの理由で偶然帳外部にいる術師、或いは補助監督としか連絡がつかないらしい。各位臨機応変に動いているはずだから、返事があればラッキーくらいのつもりだった。
敬称略でいこう。連絡をしたのは日下部、冥冥、七海、伊地知、新田(姉)、猪野、パンダ、真希、虎杖、伏黒、釘崎、この辺り。

そこで本当に偶々、タイミングが合って伏黒恵から着信があったのが数分前のことだった。

『名前さん今どの辺っスか』
「東京駅から首都高を渋谷に向かってタクで走ってる。んーと、今は六本木らへん」
『そっち側か。渋谷の料金所で降りてください』
「恵どこにいるの?」
『だから渋谷料金所。救護班立ち上げてるとこらしくて、夜蛾学長と家入さんが来てます』
「落ち合う?」
『いえ、時間が惜しいので猪野さんを救護班に預けたら俺はすぐ戻ります』
「イノタク怪我してんの?」
『はい』
「現状ざっくり教えてくれる?」
『俺と虎杖で"術師を入れない帳"は破壊しました、これで術師はとりあえず出入り自由です。虎杖は五条先生の元へ向かっていて、俺も猪野さんを運び次第、そっちと落ち合うつもりです』
「了解。…イノタク死んでないんだよね?」
『…一応』

一応て。

「…ちなみに悟くんがどこで封印されたかわかる?」
『五条先生は20時半頃にヒカリエShinQsの地下1階から渋谷駅構内に侵入、渋谷駅地下5階の副都心線ホームで封印されたそうです』
「地下5階ね。じゃあ悟くんが封印されたのは21時くらいかな?」
『多分…そこまで詳しくは……。獄門疆はその場で処理落ちして動かせなくなったらしいんですが、その情報も30分前に虎杖経由で聞いただけなので、今五条先生がどうなってるかはぶっちゃけわかりません』
「…ふーん。…わかった。そういう感じね。とりあえず高専所属の術師の目的地は副都心線のホームってことだよね。他の人はみんなこれ知ってるの?」
『知ってる人も知らない人もいます。渋谷で他に派遣されてる術師に会ったら、今の内容は共有してもらったほうがいいと思います。…それと、このテロの首謀者なんですが』
「…うん」
『夏油傑、だそうです』
「!」

思わぬ人物の名前が恵の口から出たことに私は眉を顰めた。夏油傑が生きていた?…いや、悟くんが確かに殺したはずだ。昨年の百鬼夜行で。
……まあいい、そこを深く今考えるのは辞めよう。でも夏油傑が関係しているのなら、悟くんが封印された理由も何となくわかった。
悟くんの最愛の親友にして、最大の弱点、それが夏油傑なのだから。

「わかった。教えてくれてありがとうね。落ち合えそうならまた現場で落ち合おう。死ぬと思ったら退くんだよ、わかった?」
『名前さんこそ、死なないでくださいよ』
「…当たり前じゃん」
『わかってます。でも今の渋谷は魔境です』
「どうも、肝に銘じておくよ」

何これ?フラグ?
恵の声のトーンの暗さにドン引きしながら通話を切る。
つーか悟くんが20時半にヒカリエに現着して仮に21時に封印されてたとしたら、獄門疆に入れられてもう1時間以上経ってるってこと?五条悟のいない世界が出来て1時間?信じられない。あの最強をどうやって出し抜いたんだろう。長い付き合いだけど本当に弱点のない人間なんだけどな。
それにしても五条悟の力が及ばない呪術テロってすごいなぁ。あ、いや、やばいなーの方が正しいか。
 
恵の言う通り、私も副都心線のホームに一先ず向うべきだろう。けどそこに今も今回のテロの首謀者と悟くんがいる可能性は低い。移動しているかもしれない。
あまり渋谷駅にこだわり過ぎてもなぁ。寧ろ敵シバきながら最新の情報を得る方が良いかもしれない。焦っても仕方ないし、首謀者とグルになってる呪詛師でも探してゲロらせるか。
なんて思いながら料金所に着くと、そこには確かに硝子ちゃんと夜蛾センがいて私は目を丸くした。先ほどまで通話していた恵はもういないらしく、設営されたベッドにイノタクと伊地知さんが寝かされていた。…伊地知さんも負傷してたんだ…。
電子マネーで決済を済ませてタクシーを降りると、硝子ちゃんが「よ」と手を上げた。

「…硝子ちゃんは前線に来たらマズイんじゃないの?」
「そのために私がいる」
「あー、そういうこと」
「君は帳内へ急いでくれ。悟が封印されたのもあって状況はかなり悪い」
「らしいですね」

私は片目を閉じてまつ毛を整えた。
サングラスを押し上げながら私に指示を出す夜蛾センをじっと見つめる。

「ところで学長。今回の首謀者、心当たりあったりします?」
「…さあな。恐らく交流会に乱入してきた連中と関連がある、という程度の認識だ」
「……」
「何だ」
「…信じていいんだよね?」

ぴり、と空気が張り詰めた気がした。
硝子ちゃんがポケットから煙草を取り出すのを見つめながら、私はもう一度夜蛾正道に問いかける。

「…悟くんが封印された。学生も大勢派遣されてる。貴方の息子も。貴方の大切に育ててきた教え子達がここで命を削って戦ってる。…私は貴方を信じて良いんですよね?」

夜蛾センは黙った。硝子ちゃんも黙って私を見つめながらライターを取り出した。

「…君のそういうところが、五条から絶大な信頼を得ていることは知ってる。私には話していない、緊急事態における奴とのルールブックもあるだろう」
「……」
「君は君の信じたいものを信じればいい」
「わかりました。それなら私も貴方を信用します。だから貴方も私を信用してください」
「ああ」
「因みにこれは、――です」

私が夜蛾学長のそばで小声で囁く。夜蛾学長は頷いた。
このテロ然り、交流会の件然り、そして私の同化云々の騒動然り。高専サイドに裏切り者がいなければ全て出来ない行動だと思う。あまりに用意周到で、あまりに我々の隙を縫ったようなやり口だ。だから高専内部に内通者がいるだろうと言うのは悟くんから聞き及んでいたし、その一人が与幸吉であると言うことは聞いていた。だけど学生一人では動きに制限がある。だからもう一人、あるいはそれ以上、内通者はいる。
その一人として私が常に疑っていたのがこの夜蛾正道という男だった。悟くんは「…夜蛾サンに限ってないよ」と言っていたけど、夜蛾正道が白ならもっと上の人間が黒ってことになる。

「答えてください。疑うべきは上層部ですか」
「……わかりかねる」
「ちなみに、現時点で獄門疆の開け方がわかる者はいますか」
「わからん。……或いは天元様なら存じておられるかもしれん」

私が舌打ちをすると学長は唇を引き結んだ。
それでは、取り返したところで開け方がわからないと言っているようなものだ。……天元様は信用ならない。つまり悟くんをすぐに解放できる可能性が低い。…面倒なことが起こりそうな予感がする。

「渋谷平定後に仮に貴方か私、或いは両名に何らかの不当な処遇を下す通達が認められた場合、私は高専を去ります。五条悟が復活するまで高専に一切の協力をしません。これは警告です」
「……」
「もう一度言います。これは警告です。……良いですね」

救護班を上の判断を仰がずに独自で設営して、硝子ちゃんまで呼んだのは夜蛾学長だ。信用していいとは思う。
もし夜蛾学長が白なら、槍玉にされるのもやはりこの人だろう。……それと、私。

「…君は本当に、まだ学生なのか」
「五条悟にこういう風に育てられたんです。…夜蛾学長こそ、いいんですか?」
「何がだ」
「……私、今回は結構好きに暴れるつもりですよ」

今自分がすべきことは至ってシンプル。
獄門疆を手に入れて封印を解く方法を見つけ、五条悟を解放する。
その為に渋谷にいる呪霊を祓って祓って祓いまくって、呪詛師を殺して殺して殺し尽くすこと。
それだけ。









2018年10月31日
22:15 渋谷Cタワー前

「いやそれにしてもまじでむちゃくちゃやん」

湧き出る呪霊の数に欠伸をする暇もない。
このテロの首謀者が放った呪霊、それに吸い寄せられるように他所からやって来た呪霊、さらには呪詛師も入り乱れてまさにテロ。
すごいな、こんなこと現代で可能なのかぁ、てかこれ防げないって高専マジで無能過ぎる〜恥だ〜!やっぱり内通者偉い奴らの中にいるじゃんどう考えても!と思うけれど、それを今騒ぎ立てたとて状況は変わらない。

諦めて低級の呪霊を祓除しながら、私はCタワーから渋谷駅を目指してひとり走っていた。
この分だと渋谷駅に近付くに連れて特級呪霊もウヨウヨいるんだろうなという感じはする。
恵は私の心配をしてたけど、彼はもう少し自分の心配をした方がいい。ここは正しく魔境だ。この渋谷で1級に満たない術師が単独行動をするのはあまりにも危険。

「…誰かと落ち合えたらいいんだけど」

それにしても私なんも情報ないんだよなー。とりあえず恵が言ってた通り、悟くんの封印を解くのが先決。ただ恵以外からも情報が欲しい、誰かいないの?と思いながらソラスタの通りを抜けてマークシティの前を通りかかった時だった。
駅の方から痺れるような巨大な呪力を二つ感じる。一つは私の知ってる恵の呪力。もう一つはそれを上回る大きな呪力。多分呪霊。ま、大穴で呪詛師。

恵が戦ってる。それも彼にしては珍しく、結構派手に。しかしその呪力は突然双方打ち消された。…まさか相討ち…?
嫌な予感がして駅に向かって走る。パリン、とガラスが割れる音がして井の頭線のアベニュー口のガラス張りの壁面から何か黒い影が二つ飛び出してきたのが見えた。

恵ともう一人、別に誰かいる。
そのもう一人からは呪力を一切感じない。
…真希に似てるけど違う。真希はもう少しだけ微弱だけど呪力がある。それに体格的にどう見ても男だ。
まさかね、なんて思いながら一目散にその場を駆け出していた。駅方面から異質な呪力を感じる。…虎杖くんと混ざって感じていた気配に似ているから、宿儺の指だろうか。ということはあっちに虎杖くんが?まあ今はそれはいいか。

「…で、なんで君がまたいるのかな」

ぎりぎり目で終える速さでその男が渋谷の街に降り立ったのが見えた。
私はその男を知っている。
悟くんにも引けを取らない大柄な体躯。少しだけ伸びた黒髪。口元にある特徴的な傷。手に尖った槍のようなものを持っているその男。
私の天敵。

「伏黒甚爾、だっけ……?」





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