「なーんか大変だったらしいじゃーん?」
「うっ」
「連絡くらい寄越せってカンジ」
「そっちがいつも音信不通なんでしょうが」

都合が悪くなると適当に流したり舌打ちをしたりするのは綺羅羅の悪い癖だ。
私は彼……いや今は彼女か、彼女の隣に並んでソファにふんぞり返ってモニター画面を繁々と眺めていた。どいつもこいつもくだらない。雑魚ばっかじゃない?

「てか何で知ってんのそれを」
「有名だって〜、そうでなくても狭い業界でしょ?てか1億の懸賞金が掛けられた時点でもうコッチでも大騒ぎよ、誰か名字名前の居場所知らないかーって、半端な呪詛師とかが噂して探し回っててさ」
「最悪ゥ」
「連絡してくるかなって思ってたけど、私にも金ちゃんにも連絡してこないんだモン」
「しましたけど?」
「……いつ?」
「金ちゃんにメールで、多分懸賞金かかったときくらいに」
「金ちゃんがメール見てるわけないじゃん」
「……」

お前らホントに……。
呆れる私に綺羅羅は「拗ねてんのぉ?」と肩を突いてくる。別にそんなんじゃない。そんなんじゃないもん。

モニターには次の私の対戦相手が映し出されている。
ここは栃木県のとある場所。私の同級生が営む……というか勝手に始めた違法賭博のガチンコファイトクラブの会場だ。厳密には会場は下にあって、ここは最上階のモニタールーム。基本的に金ちゃんと綺羅羅しか入ることができない場所だけれど、私がここに足を踏み入れたのは今日が初めてではない。

綺羅羅と小突き合いながらモニターを眺めていると、ガチャ、とモニタールームのドアが開いて私は目だけでそちらを見た。

「おう」
「おうじゃないから」
「なんかお前乳デカくなってね?」
「開口一番それかよ」
「ちょっと金ちゃん!名前のおっぱい見ないで!」

もう1人の同級生、秤金次の登場に私は唇を尖らせた。
どいつもこいつもである。

金ちゃんは「やるよ」と言って私にペットボトルの飲み物を投げて寄越すので黙って受け取る。ミネラルウォーターに口をつけながらモニターにまた目を移すと、金ちゃんは口を開いた。

「随分派手にやってたらしいな」
「……何が」
「お前だよ。こっちでも噂にはなってた。まあだからこそ呼んだわけだが」
「え?!やっぱそうなの?」
「有名人登場すると呪詛師や術師が燃えるんでね。懸賞金は取り下げられたんだったか?下げられる前に来いよ客寄せパンダ」
「誰が客寄せパンダよ」
「「だから名前」」
「ハモるな!」

二人がいつもの調子でふざけ始めるので私が唇を引き結んで突っ込む。
今回ここに来たのは他でもない、金ちゃんに呼び出されたからである。普段ならば応じないそれに応じたのは、私にもメリットがあったから。それが何かと言うと、

「で、私が優勝したら情報くれるって本当なんだよね」
「そらもちろん」
「早く帰りたいからさっさと終わらせるよ。私今彼氏と旅行中なんだからね?」











「毒麦のたとえって知ってる?」
「何だそれ」
「天国っていうのは、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。……けれども人々が眠っている間に敵がきて、良い麦の中に毒麦をまいて立ち去った」
「知らねーよ、俺学ねぇし」
「学とかじゃなくて、今話してるのは毒麦の話」

立体駐車場に大きな穴を空けて作られた試合会場は埃っぽくてあまり居心地は良くない。対戦相手の男はアホそうな顔で頭を掻いた。毒麦の話なんて適当だ。一応キリスト教系の女子校に通っていたから覚えていただけで、それが何の引用でどういう意味の教えだったかなんて覚えてない。まあでも、時間稼ぎには使える。こういう時聖書の引用するのってなんかカッコよくない?まあ仏教の教えとかの引用もカッコいいけどさ。

「ごちゃごちゃうるさ……」
「芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。しかしながら毒麦を抜くことは許されなかった。毒麦をひき抜くと。それとともに良い麦をも一緒に引き抜いてしまうからだよ」
「……」
「するとその家の主人はこう言った。収穫の時になれば、まず毒麦を集めて束にして焼き、良い麦は集めて倉に入れてくれと」

しん、と静まり返る会場。頭上に集まるギャラリーは一応私の話を聞いているらしい。

「あれ?何真面目に聞いてんの?言っとくけどこれただの時間稼ぎだから」

そっと忍ばせていた細い鎖を引っ張ると、目の前の男がぐんと背後にすっ飛んでいく。その瞬間壁に頭から激突した男はそのまま気絶してしまったようだった。

「まあオチとしては、私と君とどっちが毒麦かなっていう……あの、そういう感じで……いいんじゃないですかね」
「待てこらクソ女」

もうKO勝ちでいいでしょ、そう思って背を向けた瞬間に殺気が飛んできて私は振り向いた。曲がりなりにも呪術を扱う人間が集まった賭博ショーだ、さっきの一発であっさりやられるほどヤワじゃないらしい。

「きゃー!!」

わざと情けない悲鳴をあげて対戦相手の男に押し倒されると、男が私の服を掴んで強く引きちぎった。頭上の観客から歓声が上がる。キッショ。趣味悪すぎるでしょ。ストリップショーじゃないんですけど。
頭から血を流してにやりと笑う男を冷めた目で見つめた。……あーあ、何勘違いしてんの?
腕時計の時間を確認して小さく息を吐いた。あー、恵、怒ってるかなぁ。結構待たせてるもんなぁ。なんかお詫びした方がいいんだろうな。
……何したら喜ぶかな?

「毒麦だか麦茶だか知らねぇが、」
「いやいや、誰も麦茶とか言ってないけど?」

転がっていた礫を男の顔面に向かって投げながら足を引き抜くと、そのまま右足を思い切り折り曲げて顔面を蹴り上げる。あっさり足を掴まれて、また観客から歓声が上がった。

「下手くそなダンスでも踊ってるみたいだな」
「触んな変態」

掴まれた足をそのまま引いて男の身体ごと思い切り引き寄せてばちん、と平手打ちをする。一瞬怯んだ男の隙を見計らって足を外すと、そのまま肩に飛び乗って首を押さえた。

「……ったく、これだから素人は」

押さえた首を捻るとゴキっと嫌な音がする。あ、外しちゃった、と思った時には男はつんのめって倒れて、私はそのまま華麗に地面に着地した。
レフェリーにウインクすると、あっさりと私の勝利が告げられる。天井に備え付けられた監視カメラに向かってピースすると、キュル、と電子音がしたのが聞こえた。
ま、いいんじゃないですか?こんなもんで。










「もうちょい盛り上げろや」
「盛り上がってたじゃん」
「毒麦のたとえはないよねぇ」
「知的な私を演出したかったの」
「そういうのここではいらないから」
「君ら文句ばっかり……」

金ちゃんのパシりの術師に案内されるままモニタールームに戻ろうとすると、既に立体駐車場の屋上で金ちゃんと綺羅羅が待ち構えていて私はにっこり笑って手を振った。
パシりの術師くんは察したのか私と金ちゃんを一瞥すると駐車場のスロープを下り黙ってその場から去っていく。

「客寄せパンダが来てやっただけでもありがたく思ってよ?懸賞金1億ですよこちとら」
「だからそれ取り下げられてんじゃん」
「経歴として申し分なしでしょ。実質ルフィと一緒だし」
「いやルフィが1億だったのアラバスタの直後だろ、一緒にすんな」

綺羅羅と金ちゃんから的確なツッコミを入れられてむすくれているとメモ用紙らしきものを差し出される。折りたたんで少ししなっとしたそれを受け取ると開いて確認する。それはいわゆる私が欲していた情報だった。金ちゃんのクセのある字で顔写真の横に名前と年齢、特徴が書かれている。

「これが知ってる情報全部?」
「お前の言う案件に関係してそうなのはな」
「出し惜しみしないでよ」
「今日の盛り上がり方イマイチだったから仕方ねえだろ」
「だから盛り上がってたじゃん」
「お前がわざとやられそうになってた時だけな」

ぽりぽりとこめかみを掻くと金ちゃんは気だるげに空を仰いだ。夕闇どころか完全に闇だ。夜になってしまった。

「つーかまた乳デカくなってねぇか」
「まあ揉まれてるからね」
「え!何?例の年下カレシ?」
「そ」

にっと微笑んでピースするとさほど興味もなさそうに金ちゃんはケータイをいじり始めるし、綺羅羅は何とも言えない表情で「ふーん」と髪の毛を触り始める。何なの?もうちょっと反応あってもいいんじゃないの?
あ、もしかして私が羨ましいか?年下のイケメン彼氏が羨ましいのか?

「揉まれてるってかどうせ揉ませてんじゃん」
「そんなことないもん、エッチしてる時自ら揉みにくるもん」
「それ以外のどのタイミングで揉むんだよ」
「まあそれはそうなんだけど……ってそうだ、その彼氏、今、待たせてるんだった!!」
「どこで?」
「近くの旅館」
「ウワー、サイテー」

ケラケラと笑いながら「あり得ないよねぇ」と金ちゃんに笑いかける綺羅羅。金ちゃんはそれすら無視してケータイをずっといじっている。マジで君ら私に興味なさすぎじゃない?

「なんかお詫びしなきゃ……てか怒ってる気がする。……どうしよう金ちゃん」
「知らね。挟んでやりゃいいんじゃねぇの」
「あれってぶっちゃけどうなの?」
「どうって?あんなもん結局視覚的な興奮だろ。普通に突っ込んだ方が気持ち良いに決まってるし」
「やっぱりそうなんだ……」
「ちょっとー、二人で猥談繰り広げるのやめてくんない?」
「まあでも普段そういうのやらねーなら興奮するんじゃね。乳派と尻派の派閥はあれど乳を嫌いな男はこの世に存在しねぇし」
「そういうもんなの?」
「その証拠にさっきのガチンコバトルも観客が湧いてたろ。結局男はみんな乳のデカい女が好きなんだよ。ついでにその女がやられそうになってると興奮する、この世の変わらぬ摂理だ」
「嫌な摂理すぎる」

有益なのか無益なのかわからない男性の意見を耳に挟んで、私はとりあえず挟み方をググるかあと思いながらポケットの中のリストを指で撫でたのだった。




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