恵に押し倒された時、髪が濡れたままだったからいつもつんつんしている綺麗な黒が垂れ下がっていた。それがどうにも"あの男"を彷彿とさせて、瞬時に私の中に苛立ちと、ある種の殺意が湧いた。
良い雰囲気でいざおっ始めようという時に本当に気分の悪い話だし、恵にしてみれば何のことやらといった感じだろう。
…でも、似ている。
私を殺そうとしたあの男に、恵は瓜二つだった。
降霊術で呼び出されたようだから、あの男は既に死んでいるんだろう。
最初は過去の強力な術師なのかと思っていたけれど、彼は恵のことを知っていた。知っていて、私と賭けをするために自害した。「お前が生き残ったら恵の勝ち、お前が死んだら俺の勝ち」と言い残して。
…恵の父親は現在進行形で行方不明だ。つまり、あれは、
「…挟んであげよっか?」
「は?」
…いや、やっぱ余計なこと考えるのやめよ。
目の前のことに集中しよう。大体、何が嬉しくて彼氏とえっちしてる時に、私を殺しに来た彼氏のお父さん?(かもしれないよくわからん暴力男)のこと考えなきゃいけないわけ?萎えるわ。やめやめ、この話終わり。
どうにか自分の気を紛らわすために、金ちゃんからしつこくアドバイスされていた「挟んであげる」を思いついて恵に笑いかけてみる。そういう技があることは知っていたけれどそんなことムッツリな恵が要求してくるわけもないし、これまでやる流れにならなかった。ならば私からお誘いする他ないだろう。
恵は一瞬ぽかんとしていたが、ものの数秒で私の何で恵のナニを挟むのか理解したらしく、頬を赤くして「何言って…」と視線を逸らした。ええ〜可愛いー。童貞でもあるまいし。AVでくらい見たことあるくせに。
「嫌?やりたくないならやらなくてもいいけど…」
「…やりたくないとは、言ってない」
赤くなったまま即座に否定する恵は、いつもベッドの上で私にイニシアチブを取りたがるくせに今回ばかりは動揺して即座に動けないでいるらしかった。でもこのチャンスを逃すまいとしている様子も何だか可愛くて、私はおいでと恵に手を伸ばした。素直に私の元にやってくる恵にもう一度笑いかける。3時間ほったらかしにしたお詫びに、挟んであげよう。で、私も経験がないんだけど、そもそもどうやってやるんだろうか。
「おかえりなさーい」
恵との旅行を終えて高専に帰ってきたのは翌日の夕方だった。どうせ強請られるだろうとお土産を多めに買ってきた結果、釘崎ちゃんがニヤニヤしながら手を差し出して来たので紙袋からとちおとめのクッキーの箱を恵が黙って手渡した次第だ。
「栃木旅行どうでした?」
「温泉がすごく良かったよ。ね、恵」
「…はい」
「部屋も綺麗だったし、すごくゆっくり出来たからまた行きたいな。今度は釘崎ちゃんも一緒に真希も誘って女子旅しよっか?オールインクルーシブで部屋風呂付きの温泉は最高だよ」
私がそう言って釘崎ちゃんに笑いかけると、恵は一度だけ大きく欠伸をして気まずそうに目を逸らしながらさっさと先に部屋に戻ってしまった。釘崎ちゃんにいろいろ問い詰められるのが嫌なんだろう。
それに、昨夜の「挟んであげる」は相当効いたらしい。私が挟んであげた結果、何があったのかは割愛するが、まあそれはそれは恵は大層ご満悦で大興奮だったということだけお伝えしておこう。お陰様で大変ご盛況いただき、恵を突然3時間放置したこともあっさり許された私は一晩中彼と仲良ししていた。もちろん、帰りの電車は二人とも爆睡だったけど。あ、金ちゃんにもお礼言わなきゃな。
「伏黒、なんか様子おかしくてキモいんですけど」
「……男の子の日なんじゃない?」
「名前さんてたまに五条並みにめちゃくちゃキモいこと言いますよね」
「え、ひどー」
寮の談話室で釘崎ちゃんとそのまま話しながら買ってきたとちおとめのクッキーを開封していると、ケトルにお湯を沸かしてくれたので紅茶を淹れてもらうことにした。確かこの前買ったティーパックがあったはずだよ、と釘崎ちゃんに言うと、彼女は後輩然としてマグカップとティーパックを手にケトルのお湯を注ぎ始めた。
私はだらんとソファに寝そべりながらそれを見つめる。
旅行で遊んできて疲れたなんて言ったらダメなんだろうけど、賭け試合の後にえっちしすぎて疲れたし眠い。恵、付き合い始めの頃よりかなり体力ついてきたし、ノってくるともっとしたいばっかり言うし。まあそれは良いんだけど…。
「アイツ、名前さんの護衛任務の一件からめちゃくちゃわかりやすくなりましたよね」
釘崎ちゃんがマグカップを二つ手に持ちながら私の向かいに腰掛けた。ことりとマグカップが二つテーブルに置かれる。よく見ると"INU"と剽軽な犬のイラストが描かれたマグは恵のものだ。彼女がそれをずいと私の方に押し付けてくるので、突っ込むのも面倒くさくてその犬と視線を合わせながら「あー…そう?」と適当に返事をする。
「だって、あの時名前さんを助けるためなら自分が死んでもいいって言ったんですよ」
「…それ本当に恵がそう言ったの?」
「私と虎杖にはそう言いましたけどね」
「ふーん」
ぺり、とクッキーのパッケージを捲る釘崎ちゃんの指先を見つめる。薄桃色のネイルラッカーに彩られた指先が可愛らしい。彼女は黙って箱を開けて一枚クッキーを手に取って齧り取った。
私のドライな返事に釘崎ちゃんは不思議そうな顔をしている。普通そんなこと言われたら驚くだろう、と言わんばかりに。でも別に驚かない。恵はそう思っているだろうし、私も恵にそう思っている。みんなが思っているよりも、見かけよりも、私達はもっとべったりと互いが互いを深く求め合っているのだから。
「…で、どうせイチャイチャしてきたんでしょう?」
「普通に考えて彼氏とお泊まり旅行してイチャイチャしないわけないよね」
「さあ、私彼氏とお泊まり旅行したことないんで」
「そうなの?早く経験しな、お泊まり楽しいよ。非日常って感じで。そういや釘崎ちゃんは良い人いないの?」
「いないですね」
「この際さ、もう虎杖くんでもいいんじゃない?一回ちゅーしてみなよ。何かときめくものがあったりするかもしれないしさ」
「なんで私が虎杖と一回ちゅーしないといけないんですか?アイツだけはマジでない。寧ろ良い人いたら名前さん紹介してください」
「私の周り変な男しかいないからなぁ……あ、七海さんとかどうよ?絶対に良い人だと思う」
「七海さんほどまともな大人が学生をそもそも相手にするわけなくないですか?」
「美味そー、一枚頂き」
「あ、真希さん」
まったりと私と釘崎ちゃんが喋っていると、いつの間にいたのか真希が私のソファの後ろから腕を伸ばして勝手にクッキーを一枚手に取った。ジャージ姿に肩には薙刀を引っ掛けた真希がニヤニヤしながら私を見下ろしている。
「色男との旅行楽しかったか?」
「かなり燃えた」
「おっさんみたいでキモい」
私が寝そべるソファの肘置きにガバッと足を開いて真希が座る。君ら二人とも先輩に対してキモいキモいって酷くない?
唇を尖らせて真希を見上げるともう一枚勝手にクッキーを頬張り始めた。…なんだろう、良いんだけどなんか一言私に断ってくれないかな。
「それにしても何で栃木?箱根とか行けばいいのに」
「栃木を遠回しにバカにしているな?」
「そういうわけじゃないですけど」
「…えっとー…行ってみたかった温泉があったの。そしたらたまたま空いてたからさ。恵は私が行きたいとこならどこでも良いって言うし」
「へー」
「で、恵と何回ヤったのお前」
「100回くらい」
「お前ら猿なの?」
真希はこう見えて猥談が好きだ。絶対に振られるだろうなと思った話題を難なく躱して「猿でーす」と寝転びながら適当にピースすると釘崎ちゃんが何とも言えない呆れた顔で私を見ていた。
「同級生のこういう話気まずいよね。ごめんね」
「…いや、別にいいんですけど伏黒が100回ってワードがあまりにも繋がらなすぎて…」
「マジで100回ヤってるわけねぇだろ」
「いやそれはわかってますよ!」
真希が笑いながらINUと書かれたマグカップを手に取って私の紅茶を勝手に飲んだ。それ私のなんですけど……釘崎ちゃんが私のために淹れてくれた紅茶なんですけども……いやもういいか。いつものことだから慣れたけど。
それにしても、ソファに横になっていると一気に眠気が襲ってくる。はあ、疲れた…。金ちゃんから得た術師と呪詛師の情報精査、津美紀を呪った奴の調査、卒論も進めなきゃだし…そういや今私の両サイドにいる釘崎ちゃんと真希を始めとした1年と2年の準1級昇級の審査もあるんだった…それから…そう、あの件も気になる。あれもこれもそれも、やらなきゃならないことがたくさんあるのにさらに明日からまた任務。はーやだわー…1級術師楽じゃねえ〜…!休みたいー!!人手不足最悪!!学生でも容赦なし!!術師の待遇改善求む!!金ちゃん早よ帰ってこい!!!
「おい寝るなよ。寝るなら部屋で寝ろ」
「うん…」
「名前さん、この後は何もないんですか?」
「ナイヨ…」
「やあやあ、お嬢さん方♡楽しそうだねぇ」
「いや、たった今用事できたわ、部屋戻りますおやすみさよならまた明日」
うとうとしかけていた私は、聞き慣れた声に意識を覚醒させた。
五条悟が愉快そうに私たちのテーブルに颯爽と現れて、やはり私のお土産のいちごクッキーを勝手に頬張り始めたからである。逃げよう、絶対に厄介ごとだから。そう思って立ち上がった瞬間に悟くんに肩を掴まれて固まる。
「恵と旅行楽しかった?何回えっちしたの?」
「…何か用?」
めんどくさくなって悟くんの質問をガン無視していると、あーあと真希と釘崎ちゃんに憐れみの目で見つめられる。悟くんが寮にまで足を運んでくるなんて何か緊急の用事に決まっている。
「帰宅早々悪いけど、任務行こうか♡」
「…ええ…ヤダ…行かなーい…」
「行こう♡ガチガチの1級案件だよ」
「嫌だ…行きたくない…嫌だぁ…休ませてぇ……」
「恵と100回えっち出来るんだから、任務なんか余裕でしょ?」
さっきの冗談まで聞かれていたらしい。最悪だ。この変態教師どっか行けよ。
「出来ない…もう腰が立たないよぉ」
「その時は僕が介抱してあげるから」
「あ、それは大丈夫です。触らないで」
「冗談はこれくらいにして、はいこれ任務の詳細」
「……」
悟くんの唇がゆるく弧を描く。笑ってやがる。私の今の状態を薄々察した上で笑ってやがる、コイツ。
渡された小ぶりのタブレットを渋々受け取り、任務の詳細に目を通した。とある呪詛師の捕縛任務だった。…ああ、そりゃ私が適任ですよね。だって生け捕りは一番の得意分野ですから。
……でも嫌だ、眠い、行きたくない。部屋に戻って寝たい。
「昇級査定中の誰か連れて行っていい?」
「ああそれ、悠仁と行って欲しいんだよね。悠仁には伝えてあるから、外でもう待ってるんじゃないかな」
「Oh…」
同行虎杖くんか…。何かあってもパワーでボコって何とかしてくれそうだしまあいいか。
「マジの寝不足?で、何回したの?」
「女の秘密の花園に男子は立ち入り禁止」
「僕男子じゃなくて、セ・ン・セ・イ♡」
「センセイでもちんこついてたら男子でしょ、どっか行け」
「うわ今ナチュラルにちんこって言った!」
「ちんこだってー!名前のエッチ!!!」と叫びながらご機嫌にまたクッキーを頬張る悟くんに、白けた目を向けた釘崎ちゃんと真希。私はそんな三人を横目に、項垂れながら立ち上がるのだった。
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