「てか何で着替えんの?」
「秤さんは上とモメて停学くらってる。呪術規定も現在進行形で破りまくりだし、高専関係者ってバレたら逃げられるかもしれない」
「いやでもそこは名前さんが俺らのこと知ってるから、秤サンにちゃんと話してくれたら問題ないんじゃね?同期だったら仲良くそういう話もするはずじゃん?」
「……そうすんなりいくと思うな。名前さんは秤さん以上に俺達を警戒してる。正面突破で素直に会いに行っても突き返されるか良くて半殺しにされるだけだ」
「えええ?!半殺し?!いやでもさ、伏黒が来てんのにあの人がそんなことする?」
「名前さんは渋谷の後、俺に何も言わずに高専を去った。俺のことを信じられなかったからだ。……だから俺を置いていったんだよ」

俺がそこまで言うと虎杖はしまった、という顔でようやく黙った。こめかみには気まずそうに冷や汗が浮かんでいる。
別にいい。名前さんの判断は間違ってない。……ただ彼女に頼ってほしかったと、俺がまだ勝手にウジウジそう思ってるだけだ。

俺達は天元様に言われた通りに栃木のとある立体駐車場を訪れていた。訪れていたといってもその近くの森林で、着ていた制服を脱いで着替えているところだが。
天元様が名前さんを戦力に加えると条件をつけてきたことで、結果として彼女に接触するチャンスが得られた。
俺は今後のプランと薨星宮での話を反芻して頭の中でとりまとめる。
天元様が持つ獄門疆"裏"にも五条先生は封印されていて、それをこじ開けるためには幾つかの手段がある。
一つ目は天逆鉾。あらゆる術式を強制解除するこの呪具は、五条先生が手に入れた後永らく所在不明だったものの、なんと名前さんが現在所持していると思われる、らしい。話は簡単でこの呪具を獄門疆・裏に使えば五条先生を解放して死滅回游攻略もすんなり進むと思われた。だから天元様は名前さんの保護と"こちら側"への戦力引き入れを強く望んだわけだ。
これがすんなりいけば五条先生を解放するというタスクが一番イージーかつ安全に進行すると思われるが、もしもの保険に次に天元様が示したのが"天使"の存在である。現在死滅回游に参加している泳者の中に"天使"を名乗る千年前の術師がおり、彼女の術式はあらゆる術式を消滅させるものらしい。何か罷り間違って天逆鉾が羂索サイドの手に渡ったり、或いは使えなくなった場合には天使を頼るべきである、という話だった。その二つの手段以外に五条先生を解放する手立ては、現状ないらしい。

となると何れにしても名前さんの保護が最優先事項となる。乙骨先輩は回游平定のためにさっそく仙台の結界に向かい情報収集、真希さんは禪院家に戻り呪具の回収、そして俺と虎杖は予想通り秤さんの元へいると思われる名前さんの説得並びに秤さんへの協力要請に向かうことになった。
乙骨先輩が俺達に同行しなかったのは、津美紀のための情報収集の優先度を上げて動いてくれたのと、恐らく秤さんと名前さんの説得に自分が行くと邪魔であるし、俺と虎杖の二人で向かった方が交渉は上手くいくと判断したからだった。
秤さんの説得はそううまくいくかわからないが、それでも必要なことだった。もしも天逆鉾による五条先生解放に失敗した場合、俺も虎杖も必然的に死滅回游に参加することになる。その為には乙骨先輩に並ぶ戦力の秤さんの協力は何としても必要だ。

「要するに、ケーサツとドロボーみたいなもんだ」
「……んー?待って、俺達って今高専側?」
「実際はグレーだが、少なくとも名前さんから見ても秤さんから見てもクロだろ」
「名前さんも秤さんも強力してくれんのかな」
「どうだろうな。名前さんは話せばわかるかもだが秤さんはやってることがやってることだし、先輩達もみんなろくでなしって言ってる。でもあの乙骨先輩が自分より強いって言ってるんだ。……戦力として絶対に欲しい」

俺はそこまで言うと虎杖と並んで立体駐車場の車用のゲートバーを潜った。大柄な男とスーツの男が腰掛けていてこちらに近づいて来る。

「帰れガキんちょ。一二のサンで回れ右だ、それ以外の選択肢はオレに殴られる」
「……金がいる。ここでやってる賭け試合に参加させてくれ」

そこまで俺が言うと、大柄な男が殴りかかってきた。俺は動かない。額で寸止めされた拳を睨みつけながら黙っていると、男の方が口を開いた。

「ルールその1、"賭け試合について口に出してはならない"。答えろ、誰に聞いた?お前を殴るのはその後だ」
「名前は知らない、殺したから。一月くらい前だ、威勢だけのいいクズがいたろ」

俺がデタラメを言うと、後ろに控えていたスーツの男がハッとした様子でケータイを取り出した。誰かに電話をかけている。……しめた。

「その穴を埋めてやる。なんなら胴元の前でアンタを転がして見せようか?」

適当にカマをかけてみたがうまくいきそうだった。こういう場所は人の入れ替わりが激しい、と昔名前さんが言っていたのを思い出す。だから下っ端には適当にかまかけて潜入すんのよ、と。トップが秤さんなら、この辺りにいるゴロツキはただの下っ端兵隊だ、内情や人の入れ替わりの理由までは詳しくないはず。
俺と虎杖の顔は名前さんだけに割れてるから、名前さんから秤さんに対してどういうアクションがあるかで俺達への対応も変わる。そこを見て判断していく必要があるから、要するにここからは俺と彼女の化かし合いだった。……彼女が無事なら、の話だが。

「そこまでだ。胴元からお許しが出た」
「……」
「今日のシード枠に当ててやる。ただし出るのはソッチだ」

そう言ってスーツの男は俺の隣に並ぶ虎杖を指差した。――好都合だ、試合は虎杖の方が向いてる。

「ダメだ俺が出る」

とは言えここですんなり引き下がるのも不自然なので、俺がそう言ってちらりと駐車場の天井に取り付けてある監視カメラをみると、ジジ、と音がして微かに動いた。間違いなく見られている。名前さんが秤さんと一緒にいるなら、俺と虎杖の情報は秤さんにすぐ流すだろう。その時点で潜入作戦は終了、その時は力づくでの交渉という最終手段になる。
ってことは今現在、二人は一緒にはいないのか?
それか俺達が来たのを知って彼女に様子見されている?
3年は仲は良いが多分一枚岩じゃない。名前さんが秤さんに俺達のことを黙って何か企んでいる可能性もあるか。

「胴元はテメェは食えねぇとよ。嫌ならこの話はなしだ」
「……分かった、それでいい」

スーツの男の言葉に舌打ちをしながら頷いて、俺と虎杖は立体駐車場を後にした。シード枠の試合の時間までまだ少しあるらしい。次の動き方を考えるべきだろう。虎杖はこういう経験は少ないし、名前さんはこういう時俺以上に頭がキレる。ボロが出ないようにさせねぇと。










「お、いたいた」

運というものがあるなら、それは今俺に傾いていると思っていいんじゃないだろうか。
虎杖がシード枠で対戦した相手はパンダ先輩だった。運営側のスタッフの陰に潜んで俺も様子を伺っていたが、警戒されているのはあくまで俺だけで虎杖はお咎めなし。その証拠にパンダ先輩を形式上のしたあと、虎杖はすぐに胴元である秤さんに呼ばれた。どうやら早速秤さんに気に入られたらしい。
その隙に立体駐車場から離れた林で、俺はパンダ先輩と落ち合っていた。

「パンダ先輩」
「虎杖は秤と接触できそうなんだな?」
「逆にパンダ先輩は何でまだ秤先輩と会えてないんですか」
「居場所は分かってんだけどな。屋上にあるモニタールーム、そこが定位置だ。でもなぁ、近づけないんだよ」
「近づけない?」
「屋上に出てからドアに近づいても距離が縮まらないんだよ。歩いても走ってもダメ。感覚としては悟の術式に近い感じがする。多分綺羅羅の術式なんだが俺はよく知らん」
「……きらら?名前さん以外の三年って二人とも男でしたよね?」
「男だよ」

パンダ先輩の一言で大体のことを察して俺は一瞬黙った。

「それって綺羅羅さんがモニタールームにいる時だけ起こる現象ですか?」
「分からん。秤と綺羅羅が一緒じゃない時がない」
「……名前さんは?見かけましたか?ここに来てるって情報は得てたんですけど」
「いや、俺は直接見てない。だが多分来てる。秤と綺羅羅がここ二日、モニタールームからあまり離れたがらない。それまで頻繁に出入りしてたけどここのところほぼ籠りきり。監視の奴がモニタールームにでかい段ボール運んでてな」
「中身は」
「医薬品ぽかったが、覗いてたパッケージからして点滴だと思う。硝子が前使ってたのと同じならな」
「……点滴」

嫌な予感がして俺は黙った。パンダ先輩も頷く。点滴が必要で、尚且つ秤先輩も綺羅羅さんも出てこないってことは名前さんを匿ってると考えていいだろう。その場合、名前さんの状態はあまり良くない可能性が高い。……クソ、どうする。

「名前の状況も考えも全くわからん。だが虎杖とお前は名前に顔が割れてるだろ?お前ら二人を排除しようって動きが向こうサイドから今の時点でないなら、どっちにしても"秤自身はお前らが高専生だってまだ気付いてない"」
「ですね」
「一旦状況がわからん名前の動向は置いておいて、まずは秤を説得する方向で動いた方がいいんじゃないか?ここの胴元はあくまでも秤だ」
「……虎杖はうまく説得できると思いますか?」

パンダ先輩は眉間に皺を寄せた。

「厳しいな、虎杖云々よりも秤自身の問題だ。名前と秤が何をどこまで話してるのかってのもある。でも時間次第だとも思ってるよ。虎杖の根明で人たらしな性格は秤と相性良いとは思う。でもアイツ嘘下手だろ?」
「下手っていうか嘘をつくっていう発想が出にくいタイプですね。俺からはある程度指示出してますよ」
「そうか。まあ仮に虎杖が高専関係者だってすぐにバレたとして、ろくに秤や名前と話もせずに部屋から摘み出されたり、ここのファイトクラブの仲間に割って入られるのは一番良くない。つーわけで、俺は虎杖がモニタールームに入った時点で立駐をコッソリ制圧、扉の前を俺らで固めて秤と虎杖が話す時間を稼ぐべきだと思う」
「いや、それは……」

パンダ先輩の発言に俺は唸った。言うは易しだが実際問題は厳しいだろ。何より一般人に手をかけるのは……

「大丈夫、殺すわけじゃない。寝ててもらうだけだ」
「でも防犯カメラがあるでしょう。交渉の場がモニタールームならすぐバレますよ」
「カメラの配置と死角は把握してる。それに俺の方は多少見られても問題ないしな。ここでまともな術師は高専三年の3人だけだ。まあその3人が超手強いんだけどナ」
「ちなみに見張の数と配置は?」
「入口4、屋上以外の各フロア2だ」
「……いけますね」

パンダ先輩の情報を頭の中で組み立てながら俺は顎に手をやった。俺一人だとややキツいがパンダ先輩も協力してくれるならそんなに難しい話じゃない。幸い俺の術式はこういう時の潜入にもかなり向いてる。
……やるか。

「懸念事項は綺羅羅さんの術式、あとは名前さんの状態がよくわからないってことですね」
「だな。ワープのように虎杖を出したり仲間を入れたりできる場合は秤の説得は諦めよう。名前が出てきた時は話が通じるかもしれんが状況がわからんから……まあそこは臨機応変にいこう」





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