「分かったよ、死滅回游の平定には協力する」
「……!」
「名前もそれでいいな?」
金ちゃんの言葉に私は黙って小さく頷いた。……もとよりそのつもりではあった。虎杖くんがニッコリ笑い、ほっとしたように恵も息を吐く。私は腕に刺さった点滴のルートを眺めながら金ちゃんの話に耳を傾けていた。
「勘違いすんなよ?情に流されたワケじゃねぇ、これはあくまで取引だ。死滅回游に方がついたらお前らが俺に協力すんだぞ」
「……てかそれさぁ、具体的にどうするつもりなの?」
金ちゃんの言う「俺に協力しろ」というのは呪術規定の改訂のことだ。保守的な規定を改訂して、ここのファイトクラブの運営を公に認めさせるような内容に変えるということだろうけど具体的な話は私も知らない。
「どうあれ難しくはないと思いますよ」
「あぁん?お前に何がわかんのウニ頭コラ」
しかし私の質問に答えたのは金ちゃんではなく恵だった。私の目の前で立っている恵を目線だけ上げてみる。
「根拠は?」
私が上目遣いで尋ねると、恵は一瞬だけ躊躇った後に口を開いた。
「俺、禪院家当主です」
「……は?」
腕を組んだまま、表情一つ変えずそう言う恵に一時思考が停止する。……禪院家?当主?誰が?――恵が?
「……え?」
「先代の当主が渋谷の後、息を引き取りました。遺言に俺を指名する記載があったそうです」
「受けたの?」
「受けました」
何でよ、と喉まで出かけたけどそれは何とか押し込めた。恵は何でもないことのように言うが、かなり大きな問題だ。次期当主は直哉だって噂だったけど、まさか恵がなるなんて。待って、じゃあ直哉は?アイツが易々と恵に当主の座を引き渡すことなんてある?いや絶対そんなこと有り得ない。
問い詰めたい気持ちで恵をじっと見つめると恵は気まずそうに私から目を逸らす。……後で問い詰めよう。
「ウニ頭!!」
「伏黒です」
「伏黒くん!!仲良くしようネ」
「……はい」
途端に掌をくるくると返す金ちゃんを私がうんざりして見つめる。「お前の彼氏がいいっつってんだからお前も協力しろよ」と金ちゃんに言われて別にソレ彼氏関係ないだろと思いながらはいはいと流す。呪術規定改訂に禪院家当主の恵の権力を利用しようとしてるな……。まあそうでなくても同期のよしみと今回匿ってくれたお礼も兼ねて手伝うべきだろう。
恵自身もそこは折り込み済みでの発言らしく、特に気に止めるでもなく私に向き直った。
「次は名前さんです。高専に戻ってきて五条先生を助けてほしいんです、お願いします」
恵が丁寧に頭を下げるのにならって、虎杖くんもぺこりと頭を下げる。パンダもその後ろで小さく頭を下げるので私は舌を巻いた。後輩にこれだけされて応えない先輩なんていないだろう。
でも……
「協力する……と言いたいけど、実は問題が一つある」
「問題?」
「私が持ってる天逆鉾を使って悟くんを獄門疆から解放するって話だったよね。えーと……申し訳ないけど、結論から言うとそれは不可能デス」
「……!」
「何でだ?」
戸惑う後輩達を見ながらどう言うべきかと私は気まずさから頭を掻いた。息を吐くと、私はワイシャツのボタンを一つ外す。虎杖くんが「おお?!ちょっと、」と途端に顔を赤くして目元を手で隠すのと同時に、恵が思い切り眉を顰めたが無視してブラの隙間に隠していた呪符に巻かれたそれを手に取る。
「これなーんだ」
「……何ですか」
「天逆鉾の欠片。粉々に破壊されたものの一部だよ」
「……!」
「私が高専に戻った時、既にこうなってた。多分羂索の仕業だと思う。何かに使えるかもしれないから形として残っていたものは拾って包んで持ってきた。全く使えないわけじゃないけど、獄門疆をこれだけでこじ開けるのはちとキツいんじゃないかな」
素手で触ると私も弊害を被るので、呪符を巻きつけたまま恵と虎杖くんに見せると二人は呆然としていた。そりゃそうなる。
「羂索は高専にもとっくに潜ってたってことか?」
「潜るも何も、上層部は羂索に掌握されてると思っていいでしょ。今回の総監部からの通達は不当。内容は何もかも事実無根だし、羂索にとって良いように改変されてる。だから私は高専の指示でここに派遣される術師を警戒してた。……例え学生だとしても、後輩だとしても、彼氏、だとしてもね」
「……」
「ま、それに関してはこの子らは心配無さそうだし、あのぉ……その辺はお互いゴメンネってことで」
金ちゃんの問いに頷きながら髪をかき上げた後、胸元のボタンを閉める。ぷに、とその前に綺羅羅におっぱいを人差し指で突かれたが無視した。一方、恵は顎に手を当てて黙って何か思案していた。
「じゃあ天逆鉾があったら俺たちが五条先生復活させちゃうって向こうも気付いて先回りして破壊したってこと?」
「それだけじゃないよ。さっき話した死滅回游自体をコレで壊せる可能性があるからね。羂索が私から奪って所持するより破壊する選択をしたのも頷ける」
「死滅回游の結界はあくまでも遠隔術式による結界だから天逆鉾で結界諸共破壊して回游そのものを破綻させることができる……ってことですか?それだと死滅回游の永続性を否定する危険因子になりますね」
「その通り。とはいえ精々結界をすり抜けられる程度で、これ自体を結界の核本体に使わないとそんなこと出来ないと思うけど……。まあだからこれを破壊することも回游を成り立たせる為の縛りだったのかもしれないね。虎杖くんと恵は憂太くんと会った?その感じだと黒縄も手に入れられなかったんでしょ?」
私の問いに恵は「知ってたんですか」と目を丸くした。知ってたというか、まあ悟くんから薄っすら聞いてはいたけれどそれが何のためで何に必要なのかまでは当時知らなかった。でもこうなることを予測して悟くんが動いていたのだとしたら、羂索はその上を行ってる。一筋縄で行く相手じゃないだろう。
つまるところ、悟くんを復活させるための最短ルートはこの時点で完全に封じられていた。それをわかっていたから私もあの通達が出た瞬間に高専を去ったのだ。
「だから、やっぱり私達は死滅回游に参加して回游自体の平定を目指しつつ、その"天使"っていう泳者を見つけ出して獄門疆の封印を解くしかないね」
「天元様は天逆鉾の破壊に気付いてなかったんですかね」
「どうだろうね?天元様の術式も無効化する呪具だから、そもそも天元様はこれ自体を正しく感知出来てなかったかもしれないよね」
「……」
「なら結局やることは変わんねーか!先輩らも協力してくれるってことだし死滅回游に参加して総則を書き換えたり、天使を探したりするって流れね?」
虎杖くんの言葉に私が頷く。
「でも名前サン、身体の調子良くないのに参加できんの?実質デスゲームだろ?」
「それはそうなんだけど、私もいろいろあって君達の如何に関わらず参加しなくちゃいけないことになっててさ」
「いろいろって?」
「……まあ話すとめんどくさいから、いろいろ。でも大丈夫、恵達には協力できるよ。点滴のおかげでそこそこ回復してきたし、まあなんとかなるでしょ」
お腹の辺りをそっと撫でて目を伏せる。痛みは今はほとんどない。ここ数日、ずっとここで寝ていたのと点滴+反転を回していたおかげで傷はある程度治癒出来ていたようだった。万全とまではいかないが、そこそこ動ける身体ではある。何より日下部先生との約束があるし、死滅回游に参加しないわけにはいかない。
さて後は各々が出向くコロニーとやらの割り振りか、と顔を上げた時だった。
『リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン
!!!!』
「なんだ?!」
突如謎の呪霊……いや……何これ?小さな骸骨のようなものが現れて大声でアナウンスを始める。
『泳者による死滅回游へのルール追加が行われました!!<総則>9 泳者は他泳者の情報――"名前" "得点" "ルール追加回数" "滞留結界" ――を参照できる』
丸い骸骨頭に羽がついた虫の蜂に似た外見のそれは、そう大声でアナウンスをすると、今度はフランクに話し始める。
「俺はコガネ!!泳者と死滅回游を繋ぐ窓口さ!!」
「なんかさっきとキャラ違くねぇか?」
「さっきのは死滅回游からのアナウンス!!今は泳者 虎杖悠仁に憑いている窓口として喋ってるぜ!!」
「ああ、そういや天元様が言ってたな……」
「……いやいやおかしいでしょ、何で結界に入ってない虎杖くんがもう泳者としてカウントされてんの?」
コガネという小型の式神を見つめながら私は顔を顰めた。虎杖くんは私の発言に一瞬ぽかんとした。いやなんで自分のことなのに君はそんな感じなの?
「……確かに、羂索に術式や呪物を配られた奴以外は結界に侵入して初めて泳者になるはずです」
恵も意味を理解したのか、私の言葉に頷いた。
「あっ……じゃあ多分、宿儺だ。宿儺も羂索と契約して呪物になった術師の一人だったんじゃねぇかな?」
「……」
宿儺、という言葉に私は首を傾げた。死滅回游への参加が契約に含まれてるってこと?でもそれっておかしくないか。
「私が聞いてる話だと、宿儺の指は虎杖くん自身の意志で取り込んだんだよね?」
「……!」
「それは間違いないです。俺が証人だ」
「……」
「……後にしましょう。虎杖、早速コガネに泳者の情報を出させてくれ」
恵の指示に虎杖くんが頷く。私はその宿儺の受肉というのがどうも気になっていて口を噤んだ。恵の言う通り今はそこを深く考えるタイミングではない、とは思う。だがこれではまるで、宿儺が虎杖悠仁に受肉することを羂索はあらかじめ知っていたかのような……。
「コイツだ」
コガネが顔から下にディスプレイのようなものを表示させて泳者の情報を羅列していた。私は座ったままその様子を見つめる。
どうやら得点の履歴も見られるらしく、もともと200点持っていて100点使って今総則を追加したやつを見つけたらしい。点の振り分けから察するに、少なくともここ数日で40人以上は殺してることになる。気持ちの良い奴じゃないってことは確かだろう。総則追加に必要な点は100点、だったな確か。
「コガネ、だっけ。得点が100以上の泳者を点数が多い順にソートしてリストアップ出来る?」
恵の考えを察して私がそう問いかけるとコガネは「俺は虎杖悠仁に憑いてるからなぁ」と難色を示したが、虎杖くんがいいよとまた了承したことで新たに検索中という文字が表示される。
「死滅回游に巻き込まれて参加させられている泳者はもちろん、もっと言えば羂索と契約した過去の術師達も含めて、全員が全員死滅回游に対するモチベーションが高いわけじゃない」
「受肉した術師は、基本的に何か他の思惑があるだろうしね」
「ええ。鹿紫雲のように点を持て余している奴らがいるとしたら……」
「そっか。100点以上持ってて総則追加をする気がない奴!そいつを伸して」
「津美紀が回游を抜ける穴を作らせる」
私も同じことを考えていた。なるべく人は殺したくない。……いや、自分はいいけれど、後輩達にその罪を背負わせたくない。例えそれが致し方のないことだとしても。
なるべく人を殺さずに、点を稼いで総則を有利に追加していくならこの手段が最善だろう。
コガネがソートした人物の中には該当者は2名いたらしい。
「鹿紫雲一と日車寛見……」
この二人が100点を取っているなら、この二人に私らに有利な総則を追加させるか、或いは点の譲渡を可能にしてウチらが点数奪えばいいってことだ。
「鹿紫雲は東京第2結界で、日車って奴は東京第1にいるってなってる」
「じゃあ第1と第2でここにいるメンバーは二手に分かれたほうがいいね。もう一つ、天使はどこにいるの?」
「天元様は東京の東側……第2結界にいるって言ってたな」
虎杖くんは今度は天使を探すためにコガネの表示させたディスプレイをずっとスクロールしているが、どうやら"天使"と言う名前の泳者はいないらしい。……まあそれもそうか、天使っていうのは過去の術師の名前で、死滅回游には参加した受肉体の名前がプレイヤー名として表示される。……天元様ってヒントはくれるけど肝心なとこで役に立たないな……なんて私は眉間に皺を寄せた。
「姿はわかってんのか?」
「見ればわかるそうです」
「大丈夫かよソレ」
恵の言葉に金ちゃんが目を細める。天使って言うからには見た目も天使っぽいのかな。羽根生えてるとか?その受肉体が男か女かも知らないけど、そんなファンシーな奴がいたら確かに目立つしすぐわかるか。
「ま、いいや。なら俺と名前とパンダが東京第2、伏黒きゅんと虎杖が第1、綺羅羅は結界外で待機――でいいだろ」
「根拠は?」
「得点だけ見れば一番強い鹿紫雲と俺がやんのが妥当」
「えー?私仲間はずれぇ?」
「パンダは鼻が効くし、名前の術式は巻き込まれた奴らからも手っ取り早く情報収集するのに向いてる。っつーわけでお前ら一人と一匹は天使捜しに注力すんのがベスト。名前も内臓完全に治ってるわけじゃねぇし、鹿紫雲であれ日車であれ今のお前が相手すんのはキツいだろ。どっちもそこらの呪詛師とは違う受肉体の可能性が高いしな」
「優しー、金ちゃんが私の内臓の心配してくれるなんて……♡」
「俺はいつもお前とお前の内臓に優しいだろうが。後、乙骨から連絡ねえってことは結界の中じゃ携帯は使えねぇ。外の状況を把握できる奴はいたほうがいい」
「はぁい」
金ちゃんの言葉に私も綺羅羅も頷いた。この金ちゃんのリーダーシップある感じ久しぶりだなぁなんてしみじみしてしまう。……ってか私の内臓に優しかった時っていつ?
いやまあそれは置いとくとしても、となると第一で日車を潰すのが虎杖くんと恵の二人ってことになるけど……大丈夫だろうか。ちらりと虎杖くんと恵を見ると虎杖くんが小さく挙手する。
「待って、俺と伏黒は別の方がいいかも。宿儺が……」
「うるせぇ」
「うるせぇ?!」
「お前今話聞いてただろ。先輩達の役割は動かせない。我儘言うな」
「ワガママ?!」
虎杖くんと恵が言い合いを始める。我儘はどっちだか、なんて思いながらそんな二人を見つめて、私は少しだけ笑った。
← top